「安全な被曝は存在しません」疑い尽くしてなお残るものが真実-小出裕章 『婦人公論』

1ヶ月ほど前になりますが小出裕章さんの記事が掲載された『婦人公論』(2011年10月7日号)をお借りしました。

最終ページ、小出さんのサングラスをかけた通勤姿のスナップ写真をお見せできないのが残念です。
多分このあとは”30段変速の愛車にまたがり颯爽と走り去った”と思われますので、毎日放送の深夜放送の映像で脳内変換してお楽しみ下さい。

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「安全な被曝は存在しません」-疑い尽くしてなお残るものが真実-

  3.11後を生きるための3つのポイント
   1 パニックを避けるには、危険を大きめに評価し、正しい情報を知ることが大切
   2 安全な被曝基準値はないと知り、暮らしの中の放射能と向き合う
   3 地球環境を守る=電力を浪費するいままでの社会を見直す

 安全神話の中で推進されてきた原子力発電について、40年前から危険性を訴えてきた専門家の発言が注目されています。事故から6カ月、福島第一原発はいまだに深刻な状態であること、電力が足りていることや放射能汚染のこと、原子力は生命と共存できない「核のゴミ」をつくること!--私たちが知らなかった”原発の姿”がここにあります

 平和利用という夢を抱いて

 この40年間、私は原子力発電所の破局的な事故が、日本でもいつか必ず起きると警告してきました。残念ながら今年3月日日の東京電力福島第一原発の事故によってそれが現実となり、いま私たちは未曽有の原子力災害の中を生きています。原子力の専門家として、これほど危険な原発を止めることができなかったことをお詰びしなくてはなりませんし、自分の非力を痛感しています。
 日本で最初の原発、茨城県東海村の東海第1号炉が動き出したのは1966年でした。広島・長崎の原爆のような形で原子力を使うのは許せないけれど、平和的に使えば人類の役に立つ--大半の日本人がそう確信していたことでしょう。私もその一人で、原子力の平和利用という夢を抱いて、68年に東北大学工学部原子核工学科に入学しました。当時は学生運動が盛んで東北大学も同様でしたが、私は勉強一筋でした。
 ところがそんな私に衝撃を与える「事件」が起きました。大学のある仙台市から60キロほど離れた女川町で東北電力の原発計画が動き始め、一部の人々が反対を表明したのです。
「原発が安全というなら、なぜ仙台に作らないのか!」と。その問いへの答えを探し求めた私の結論は「原発は都会では引き受けられないリスクを持っている」でした。70年10日、私は女川の反原発集会に参加。その日から、原発をやめさせるために原子力の勉強を始めたのでした。
 福島第一原発で事故が起きていることを私が知ったのは、東日本大震災の翌日、3月12日早朝のラジオでした。テレビを見ない私は毎朝ラジオでニュースを聞くのが日課になっています。「全交流電源が喪失した」という報に接して、ただならない事態だと思いました。私たちはブラックアワト(停電)と呼んでいますが、これは原発が破局的事故に陥る最大の要因なのです。
 インターネットで情報を集めていたところ、午後には「1号機で水素爆発が起き、原子炉建屋が吹き飛んだ」との情報が映像とともに流れました。チェルノブイリのような大事故になる、メルトダウン(炉心溶融)になるだろうと感じて、ネット上に情報を発信し始めました。最初は、放射能が環境に出てくること、気象情報に注意して風下に入らないようにすること、周辺に住んでいる方は避難する覚悟をして情報収集してほしいといったことなどを配信しました。

 いま一番恐れていること

 原発は簡単に言うと「巨大な湯沸かし器」のようなものです。水をお湯にしてその蒸気でタービン(羽根車)を回し、それにつながる発電機で電気を起こす仕組みです。石油や石炭を燃料にする火力発電も同じ仕組みですが、ウランを燃やす原発には火力発電にない危険性があります。
 火力発電所の事故なら、トラブルの場所を特定して修理すれば問題は解決しますが、原発事故では建屋に近づくことさえ大きな危険をともなうのです。すべては原子炉の中で生まれる、「死の灰」と呼ばれる核分裂生成物(放射性物質)に起因します。これは生命体にとってあらゆる意味で有害な”毒物”ですから、環境に出きないことが至上命令。本来は「炉心」にあるものですが、爆発が起きると環境に出てきてしまうわけです。
 事故後、一番大切なことは、まず炉心がどうなっているのかを知ることです。今回のように電源喪失などで冷却系がストップした場合、放置すれば炉心は摂氏2800度超の高温になってしまいますから、注水して冷却させます。東電は事故発生以来、「炉心の中に水は残っている」と言い続けていた。それが2ヵ月後の5月12日になって、1号機の水位計を調整したら「すでに水がない状態」で、「燃料が形状を維持せず、圧力容器下部に崩れ落ちている」とメルトダワンを認めました。さらに5月24日には2号機、3号機にも同様の可能性がある、と。
 福島の原発事故が今後どのように収束していくかについては、わからないというのが現時点での答えです。なぜなら東電や国が公表するデータ自体に信頼性がない。なによりも現状では、誰も中の様子を見ることができていないからです。
 今後起りうる最悪のシナリオは2つです。まず2号機、3号機はまだ危機的な状態にあります。炉心が圧力容器の中に溶けずに残っていて、ある段階で冷却に失敗して溶け落ちた場合、その時点で水蒸気爆発を引き起す可能性があるのです。大量の放射性物質が空気中に噴き出してくることを私は一番恐れていますし、東電が今現在も原子炉の中に水を入れ続けているということは、その可能性を認識していて、そうならないように苦闘が続いているということです。
 2つ目は、汚染水の問題です。1号機はメルトダウンどころか、メルトアウトが起きていて、2800度のウランの塊が厚さ3センチの鋼鉄でできた格納容器の底を破り、原子炉建屋のコンクリートを溶かして地面にめり込んでいると思います。その場合、放射能が地下水と接触するのを防ぎ、とてつもない量の汚染水が海に溢れ続けるのを食い止めなければなりません。地面にめり込んだとしても5~10メートルで留まると予想されますので、建屋周辺にそれより深い穴を掘り、コンクリートの壁を築くべきだと訴えているのですが、東電は1000億円かかるからやらないという。本当に被害総額を賠償しようとすれば、何十兆円になるかわからないというのに、とあきれています。
 現時点では、福島原発事故によって環境に出た放射性物質の総量は、86年のチェルノブイリ原発事故の約40%。大気中に放出されたものが20%、汚染水として出たものが20%。チェルノブイリ事故はセシウム137換算にすると広島の原爆の800発相当なので、福島からは大気中と海とにそれぞれ160発分がぱら撒かれたことになります。大気に出たものは風に乗って、また、汚染水の一部は海に放出されて、日本全国どころか、地球規模で汚染を引き起こしています。汚染総量は増加していくでしょう。

 電力は足りている

 事故当初、政府もメディアも「大丈夫です」「直ちに影響はありません」と事故を小さく見せ、被曝の影響を過小評価することに腐心していました。国民に正しい情報を知らせるとパニックが起きると考えていたようです。こうしたパターナリズム(父権的温情主義)は国民をパカにしていることになります。
 科学にとって欠かせないことは「疑う」ことなんですね。疑って、疑って、疑い尽くしてなお残るものが「真実」だというのが基本的立場ですから、私は、まずは何でも疑ってかかります。長い間、「原発がなくなれば電気が不足する」と政府と電力会社がこぞってPRしてきましたが、本当でしょうか?
 公表されている電力統計によれば、水力、火力、原子力、自家発電を合わせた日本の全発電設備の年開設備利用率は、2008年度で48%です。しかも最大電力需要が火力と水力を合わせた発電能力を超えたのは、90年代の数年だけ。それも真夏の数日間の、その午後の数時間という、「ピーク時」に限られたことでした。
 事故後、東電管内では「計画停電」が行われたほか、その他の管内でも節電要請がなされて「原発がなくなると困る」という意識が人々の聞に醸成されていきました。けれども、全発電電力量の29%を占めている原発をいますぐすべて廃止しても電力が不足することはないのです。
 一時、原子力はエコ・エネルギーと喧伝されましたが、実際にはウラン採掘から送電まで膨大な二酸化炭素を排出する事実は隠されていた。さらに、1年365日、エネルギーの3分の2を温廃水として海に棄てている巨大な「海あたため装置」なのです。
 被曝限度や基準値についても疑ってかかってください。「年間100ミリシーベルトまで大丈夫」と言うとんでもない学者がいますが、たとえ微量であっても被曝することは危険であり、「安全な被曝」「安全な被爆基準」はありません。事故が起きるまで政府は法律で「国民に年間1ミリシーベルト以上の被曝はさせない」と約束していたのですから、それを守る手立てを講ずるべきでした。ところが逆に事故後、子どもを含めて年間20ミリシーベルトに引き上げた。これは私のような「放射線管理区域」で働く大人の被曝限度と同じです。放射線管理区域は、ひとたび入ると水も飲めないし、用がすんだらさっさと出てきなさいと言われている、そんな恐ろしい場所です。
 被曝の影響には、99年の東海村JCO臨界事故で2人の男性が大変な苦しみの末に亡くなられたような「急性障害」のほか、5年、10年、それ以上たって出てくる「晩発性障害」があります。一般の人たちが気にしなくてはいけないのは後者です。「直ちに影響はない」は、裏返せば「将来はわからない」ということであり、暗に晩発性障害の可能性があると言っているようなものです。

 食品の汚染値を公表すべき

 チェルノブイリの場合は、事故原発から700キロ離れたところまで放射線管理区域にしなければならないほどの汚染が広がりました。そして、200~300キロ離れたところに「ホットスポット」と呼ばれる汚染度の高い地域ができました。同じように、福島から離れた東京や千葉などでもホットスポットが見つかっています。
東京の下水処理場の汚泥の放射能汚染も深刻です。それを焼却して建築材料にしていきますから、将来、東京のピルは汚染コンクリート製という時代になるかもしれない。ただ、いま私たちが汚染と呼んでいるものは、もともと東電の原子炉の中にあったものですから、東電に返すのが一番いいと思います。現実的には、原発を囲む石棺や地下壁などにする方法を考えなければなりません。
 人々の直接の被曝という意味で一番恐ろしい大気中の放射性物質については、事故後10日ほどの間に大量放出の時期を過ぎましたが、これからの生活で問題となるのが、食物から放射性物質を取り込む「内部被曝」です。7月にはセシウム汚染された牛肉、が全国に流通していたことがわかりました。豚や鶏がまったく汚染されないとは考えられませんし、すでに漏出している汚染水によって魚にも影響が広がるでしょう。この秋の新米は各自治体で検査を実施するようですが、地域による濃淡はあっても、食品の汚染はまぬかれません。
 内部被曝するのが怖いから、汚染食品は食べませんか? 私も食べたくはありませんが、農業・酪農業・漁業などの一次産業を守るために、私は食べます。ただ、子どもたちにはできるだけ汚染していない食品を食べさせなくてはいけません。そのためには、東電が責任を持って全食品の放射能検査を行い、数値を公表すべきです。さらに映画の「R18」(18歳未満は禁止)と同じように、「R20」「R30」などに分けて流通させる。私のような60歳以上の人聞は、細胞分裂が活発な子どもに比べて放射能感受性が低いので、子どもたちに代わって汚染された食品を引き受けたいですね。政府は「基準値」を設けていますが、安全な被曝などありませんからそれは無意味です。食品の汚染値を公表したうえで、一人ひとりが自分の生き方に照らして選択する、それしかないと思います。
 子どもたちには何の責任もないのに、被曝の危険性は全年齢平均の危険度に比べて4倍もある。原発推進派であろうと反対派であろうと、大人たちには相応の責任があると思います。子どもの被曝と、一次産業の崩壊をなんとしても避けなければなりません。
 チェルノブイリ事故当時、日本は食品の放射能汚染規制値を1キログラム当たり370ベクレルとし、ヨーロッパなどからの輸入を規制しました。一方その頃、イギリスの放射性廃棄物再処理工場では日本から送った廃棄物が再処理され、廃液がアイリッシュ海に垂れ流されていた。日本のせいで放射能汚染が引き起こされていたにもかかわらず、日本人は輸入品を「危険だから食べない」と拒否したのです。さらに私たちが拒否した放射能に汚染された食品は、貧しくて日々の食糧にも事欠き、原子力の恩恵に浴したことなどない、途上国の弱い立場の人々に回っていきました。自分さえよければいいという考えは恥ずベ主ことだと思います。

「差別」と「犠牲」の上に成り立つ電力

 私が原発に反対し続けている理由は、先に話したようなテクニカルな危険性があるからですが、一番の問題は「差別」です。事故を起こした福島第一原発は福島県にありますが、東北電力ではなく東電管内に電気を送っています。同じ東電の火力発電所は東京湾に並んでいるというのに、原発は管内に1基もありません。なぜでしょうか? 学生の頃、結論づけたように「都会で引き受けられないリスクがある」からで、そのことは今回の事故で実証されました。
 東京で暮らしている人たちは、これまで原発の危険について自分の問題としては考えてこなかったことでしょう。原発立地を狙われた人たちだけが、「どうして自分たちだけが?」と抵抗したり、「お金がもらえるならまあ、いいや」と思ったり。長年強硬に抵抗し続けた人たちがいたおかげで三重・芦浜、新潟・巻、和歌山・日高のように阻止できた地域もありますが、たいていは反対と賛成に分断されて地域がずたずたになった末に、原発とともに生きることを余儀なくされる。挙げ句に事故が起きれば福島のように人々はふるさとを追われ、家族がばらばらになるなど、生活を破壊されてしまいます。これを差別と言わずして何と言えばいいでしょう。
 私は、電力が足りようが足りなかろうが、すべての原発をすぐに廃止してほしいと考えています。けれども廃止しても、その後処理に膨大な費用と手間、年月がかかります。さらに、これまでに生み出された放射性廃棄物による汚染は100万年にわたって続き、その管理も必要になるのですが、捨て場所さえ確保されてはいません。
そのための原子力の研究者の養成も必要です。廃炉したからといって安全が確保できるわけではなく、原発は子々孫々まで核のゴミを押し付ける、まことに無責任でやっかいな代物なのです。
 また、「エネルギーを使えば使うほど豊かになる」と思いこんできた生活が、自然や生物を破壊し絶滅させ、気候変動の原因の一部になっていることも本当でしょう。代替エネルギーを探すことを考える前に、私たちが日常使っているエネルギーが本当に必要なのかを真剣に考え、一刻も早くエネルギー消費の抑制にこそ目を向けなければならないと思います。世界全体が持続的に平和に暮らし、地球の生命環境を子孫に引き渡したいのであれば、その道はただ一つ、「少欲知足」しかありません。
 福島原発の事故後、人々が一人ひとりの思いを持って、「原発はいらない」と声を上げ始めました。そこに私は希望を感じています。私の力もどなたの力も小さいけれど、横に広がってつながれば大きな力になる可能性があります。40年間できなかった、原発のない新しい時代が、ひょっとしたら実現できるのかな、と小さな期待を抱かないわけではありません。

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放射能をめぐる報道について

 食品の暫定基準値

チェルノブイリ原発事故の際、日本政府は輸入食品について、セシウム134とセシウム137の合計で1キログラム当たり370ベクレルという上限値を設定していたが、8月3目、米の規制値を500ベクレルと発表。

「国による安全基準値の51き上げは許し難いことですし、そもそも基準より高いものは出荷停止、低いものは安全だという規制自体に私は反対しています。とくに肉の基準値を500ベクレルにした後で、毎日の主食である米の500ベクレルは高すぎる。国民の不安を取り除くためにも、数値はすべて公表すべきだと思います」(小出さん)

 子どもの被曝量

政府は、4月19日に学校等の子どもの屋外活動を制限する放射線量を年間20ミリシーベルトに引き上げたが、8月26日、それを廃止し年間1ミリシーベルト以下を目安とする方針を発表。

「あまりにも遅すぎたと思います。子どもに関しては、国がもともと法律で定めていた、学校と家庭と合わせて1ミリシーベルトになるように、除染などを考えなければいけない。ただ、福島全域を完全に除染することは難しい。たとえば小学校の校庭や幼稚園の園庭などの土を取り除くことはできても、森林の土や野原や田畑の土をすべて剥ぎ取ることはできない。残存する放射能汚染の影響を考えると、私はもっと早く国が住民を避難させ、生活を別の形で復興できるようにしなければいけないと思います」(小出さん)

カテゴリー: 小出裕章 タグ: パーマリンク

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