川野眞治さんによる小出裕章の著作:『原発のウソ』『原発はいらない』紹介「科学・社会・人間」119号(2012.1.)

川野眞治「科学・社会・人間」119号(2012.1.)
紹介 小出裕章の著作:『原発のウソ』 :扶桑社.新書版182頁740円+税: 2011年6月
『原発はいらない』 :幻冬舎ルネッサンス:新書版238頁:本体838円: 2011年7月

 昨年3月11日東北地方を襲った大地震とこれに伴う大津波により、あれほど安全を喧伝されてきた原発がいともあっさりと水素爆発やメルトダウンを起こした。現在でも事故は収束しているわけではなく、放射能を外部に放出し続けている。その福島第一原発からの放射能により、私たちはいやおうなく放射能と生活の中で向き合うこととなった。空気や土壌、海が汚染され、そこで育てられる野菜や茶などの農産物や海産物、肉などの放射能汚染は毎日のようにメディアで報告されている。このような事態をどのように考えるべきか。なぜこのような事態になったのか。この事故はそもそも収束できるのか。収束できるとしてもどのような形になるのか。直接の当事者は東電ではあるが、国も強力に原発政策を推し進めてきたのはなぜか。その推進の理由として環境に優しい(炭酸ガスを出さない)、安い、エネルギーセキュリティ対策などが主張されているが、本当なのか。今となってはフクシマ原発事故の現実に驚き恐れ、さまざまな疑問をこれまで他人事としてしか考えてこなかったことを悔やんでいる人は多いであろう。改めてこのような大きなリスクをもつ原発とは何なのかを考えてみたいと思っている人達には、格好な新書本である。
 著者は原子力に夢をもち、原子力研究に足を踏み入れたが、原子力を学んでその危険性の大きさを知って、研究姿勢を180度転進し、アカデミズム内で原発を止めるために原発を研究することを選択したと云う。そのため各地の反原発運動や原子力に関心を持っさまざまなグループと積極的に関わってきたにもかかわらず、フクシマ原発事故ではずっと懸念していたことが現実になってしまった。若い次の世代を担うべき人達、特に原発事故に何の責任もない子供達には申し分けない気持ちと、自分の非力さを情けなく思うが、絶望はしていない。今回の事故についても「起きてしまった過去は変えられないが、未来は変えられる」との信念で、調査研究活動にだけでなくその成果をもって反原発や関連する市民運動にも積極的にかかわり、原発を止めるための活動を更に発展させたい。それが著者の研究活動に対する社会的責任のとり方である。一般に、アカデミズム内の人は専門性の中に閉じこもり、内部の業績競争に囚われ、研究活動の社会性を忘れ、アカデミズム内の利益を守りがちである。これが極端にまで肥大化したのがいわゆる原子力ムラと云われる特殊なムラの住人達であろう。
 以下に両書の内容に簡単に触れる。まず著者が40年間原発に反対してきた理由を、生い立ちから東北大学時代の経験、現在の職場(京都大学原子炉実験所)での研究活動などに触れながら、著者の活動の原点である女川原発での経験「そんなに安全ならなぜ仙台につくらないのか!」の声に応えて第ーに「原発を差別の問題」としてとらえ、原発を含めた核燃料サイクルが差別の上に成り立っていることを分かりやすく説明している(原発はいらない)。次にフクシマ原発事故の6月時点での状況(原発のウソ)とこの事故はこれからどうなるのか(原発はいらない)。その中で、「想定外」の主張の誤り、情報隠しにより不必要な被曝を住民に受けさせ、パニックに陥ったのはむしろ政府や東電側であったことなどが分かりやすく記述されている。放射能については、その発見の歴史とその危険性をJCO事故などを例に述べ(原発のウソ)、安全な被曝などないこと、特に成長期にある子供は被曝によるガン発症リスクが大きいことを理由とともに示している。「ただちに健康に影響を及ぼすことはない」、「直ちに避難の必要はない」と云うことは、髪の毛が抜けたり、吐き気がしたりなどの急性障害が出ないということを説明しているに過ぎない。ついで放射能汚染から身を守るためには具体的に何をしなければならないかを箇条書き的に上げているのは(原発のウソ、原発はいらない)、今回の事故で日常的に放射能と向き合うこととなった私達には大変役に立つ。
 ところで文科省は福島県内の学校の安全基準を1時間あたりの空間線量率を3.8マイクロシーベルトとしている。これは児童の年間の積算被曝線量が20ミリシーベルトに相当する。一般の日本人の年間の許容量は年間1ミリシーベルト(自然放射線による平均的な年間被曝線量に相当)なのに、成長期の子供達にその20倍の被曝を許すとは、何を考えているのであろうか。この件に関連して、1985年にノーベル平和賞を受賞した核戦争防止国際医師会議(IPPNW)は、8月22日付けで、今回の危機に対する包括的な助言と要請の書簡を菅総理大臣宛に出している。その中で「自国の一般公衆にふりかかる放射線に関連する健康上の危害をこれほどまで率先して受容した国は、残念ながらここ数十年間、世界中どこにもありません」と云うくだりが、世界が日本を見る目、IPPNWが書簡を出さざるを得なかった日本政府の事故対応の状況をよく表している[1]
 さらに大量に炭酸ガスを出す原発システム(核燃料サイクル)、コストは安くない、石油資源枯渇対策のまやかし、電力企業が原発を推進する電力料金の仕組み、環境を破壊し続ける原発、破綻している核燃料サイクル、電力不足は現状ではないこと、多くの国では原発からの撤退が始まっていることなどを平易に説明し、最後に原発運転で必ず出て来る死の灰の幾世代にもわたる安全な管理などありえないと易しい言葉で説明する(原発のウソ)。
 フクシマ原発事故を受けて、菅内閣は東海地震の震源域のど真ん中にある浜岡原発の再稼動を止めた。しかし、危険なのは浜岡原発だけでない。著者は浜岡原発と計画中の上関原発で破局的事故が起こった場合のシミュレーション結果、プルサーマル運転の危険性を示し、六ヶ所再処理施設運転に伴い放出される放射能は、原子炉規正法の規制の枠をはずさなければ運転できないほどの膨大な量であり、先輩格のイギリスのセラフィールドやフランスのラ・アーグ再処理工場の周辺では小児白血病が多発していると云う(原発はいらない)。
 特に読者に分かりやすいのは、原発Q&Aの項目で内部被曝を丁寧に説明していることである。その中で食品汚染が避けられなくなった今となっては、食品にも「R-指定」つまり放射線感受性の低い、被曝に強い高齢者が積極的に被曝に弱い子供達[2]を守るために、汚染の責任を引き受けるべきではないか(原発はいらない)。誰でも汚染食品は食べたくないが、大人はそれほどの覚悟が必要であると云う。
 最後に著者は、限られた地球環境の中では人類はエネルギーを使いすぎている。しかし、それは工業文明国といわれる全体の1/4の人口にすぎず、20%弱の絶対的貧困を含む中では2~3 秒ごとに1 人の子供が死亡していると云う現実を顧みることなく、更に大量のエネルギーを使う差別的な世界をどうすれば良いのかと問いかける。著者は宮沢賢治の言葉「世界全体が幸福にならないうちは個人の幸福はありえない」を引用して、我々のエネルギー消費を現在の半分にすることを提案する。半分といっても70年代の消費レベルに相当するが、省エネ技術の進歩した今では当時より豊かな生活が可能である!そして、目先の補助金などに頼らず真っ当に生きることの大切さを淡々と述べている(原発はいらない)。両新書は、原発技術の初歩から、その技術のもつ本質的な危険性、それを推し進めた原子力ムラの仕組み、それを受け入れてきた社会の構造、安全性を声高に主張しながらスリーマイル島原発事故、チェルノブイリ事故、JCO事故を経てついに「フクシマ」事故に至った原発を受け入れた社会の意味を一人一人が本当に考えるためには、格好な新書といえる。しいて云えば、軍事技術との関わりにほとんど触れていない。これは新書と云う読みやすさを求める性格上止むを得ないのかもしれない。この項を含めた論考を期待したいが、著者の研究姿勢(研究のためにではなく、原発を止めるため)から難しいかもしれない。
 評者は、地震の巣である日本列島に54基もの原発を許してきたのは、これほど社会的インパクトが強い技術システムにもかかわらず、多くの人が個人として考えることを放棄しである種の傍観者となってしまったことが大きいと考えている。それほど推進側の宣伝が圧倒的だったとも云えるが、その結果が至るところで放射能と云う現実を招いてしまったのであるから、3.11.以降、そういう人たちもこれまでの社会も変わらなければならないと思う。本当の民主主義が始まらなければならない。そのために、多くの人々にこの新書を読んで欲しいと思う。また、読んだ人は、周りの10代、20代の若者や、子供をもつ若い母親にも勧めて欲しい新書である。


[1]  http://peaceandhealthblog.com/2011/08/23/ippnw-pm-kan-fukushima/
[2]著者らのグループがチェルノブイリ事故後に訳出したゴフマン博士の著作が、最近新装版で再刊された。この本では、低線量被曝の影響を膨大なデータのなかから体系化し、具体的に被曝リスクを計算している。この著作により、被曝による健康リスクを「自分で考える」ことができる。
ジョン・W・ゴフマン著: (伊藤昭好、今中哲二、海老澤徹、川野眞治、小出裕章、小出三千恵、小林圭二、佐伯和則、瀬尾健、塚谷恒雄訳)「人間と放射線」一医療用X線から原発まで-明石書店刊、ISBN978-4-7503-3454-7、本体4,700円。

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