3/26大好き!毎日新聞「東電:全原発が停止 刈羽6号機検査入り」「風知草:戦後は続く、どこまでも」

「毎日」の 風知草読みたさの 月曜日

昨日の福井の集会で「明日で残りはただ1基となります」のアナウンス、自然と「おぉぉぉ」と声が上がったものです。
さて、あれだけ来ていた報道陣、どこも報道しないのはこの国の政府のさしがね?福井新聞来ていたの知ってるよ!

東電:全原発が停止 刈羽6号機検査入り【毎日新聞:2012/03/26】
http://mainichi.jp/select/biz/news/20120326k0000m020049000c.html

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出力ゼロを表示する制御盤=東京電力柏崎刈羽原発6、7号機中央制御室で2012年3月26日午前0時8分、宮地佳那子撮影

6号機が定期検査に入り、全7基が停止した柏崎刈羽原発。中央が6号機=新潟県柏崎市で2012年3月20日、本社ヘリから木葉健二撮影 東京電力は25日深夜、定期検査のため柏崎刈羽原発6号機(新潟県柏崎市、刈羽村、出力135.6万キロワット)の運転を停止した。これで東電の原発17基すべてが止まった。全国54基の原発で運転しているのは北海道電力泊原発3号機だけとなるが、同原発も5月上旬までに停止。再稼働がなければ国内の全原発が停止する事態となる。

 東電の原発全基停止は検査記録改ざんなどのトラブル隠しが発覚した際の03年4~5月以来。東電は火力発電所の再稼働などで電力供給に対応しているが、電力需要が高まる夏場には全国的な需給逼迫(ひっぱく)も予想される。

 東電によると、6号機は25日午後2時ごろから発電出力を下げ始め、同11時59分に発電を停止。26日午前1時46分に原子炉が停止した。冷温停止は同日午後5時半ごろの予定。作業予定期間は約2カ月半。燃料集合体872体のうち212体を取り換えるほか、津波対策のため原子炉建屋頂部にベント設備を造る。

 東電の西沢俊夫社長は管内の全原発停止にあたってコメントを発表し「想定を超える地震や津波等に対する安全裕度(安全が損なわれるまでの余地)を確認し、さらなる安全性・信頼性向上の取り組みを進める」と表明。電力需給について「安定供給は確保できる見通しだが、引き続き無理のない範囲で節電への協力をお願いしたい」と呼びかけた。

 原発再稼働を巡っては、政府が、昨年10月と11月に安全評価(ストレステスト)の1次評価結果を経済産業省原子力安全・保安院に提出した関西電力大飯原発3、4号機の手続きを進めており、23日に内閣府原子力安全委員会の了承を得た。政府は野田佳彦首相と関係3閣僚が安全を確認し、地元自治体に要請する方針だ。

 東電は政府の原子力損害賠償支援機構と共同で月内にまとめる総合特別事業計画で13年度中の柏崎刈羽原発の再稼働を盛り込む。しかし、原発事故に伴う巨額の賠償負担を抱え、東電の抜本改革の実現が見通せない。また、新潟県の泉田裕彦知事は「原発事故の検証が先だ」と慎重で、再稼働への道筋は見えていない。

 一方、政府は原発を運転開始から原則40年で廃炉にすることを明記した原子炉等規制法改正案を閣議決定。事故を起こして廃炉が決まっている福島第1原発1~4号機を含め、5年以内に計13基が廃炉対象となる。しかし、原子力規制庁設置を含めて法案成立の見通しはついていない。【宮地佳那子、立山清也】
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http://mainichi.jp/select/seiji/fuchisou/
風知草:戦後は続く、どこまでも(山田孝男)

 原爆の製造法は二つある。ウランを濃縮する広島型と、プルトニウムを使う長崎型だ。イランは平和利用という名目で濃縮ウランを蓄え、核武装を疑われている。日本は原発から出たプルトニウムを蓄えているが、疑われていない。

 だが、日本に軍事的意図がまったくないとは言えない。平和利用目的の原子力エネルギーにはいつでも軍事転用できるという含みがある。原発は軍事と無関係ではない。

 「核兵器と日米関係」(06年、有志舎刊)でサントリー学芸賞を受賞した黒崎輝(あきら)・福島大准教授(39)によれば、戦後日本の核政策が固まった1960年代、原発推進によって「潜在的核保有国」になろうとした政治家や外交官の意図を裏づける資料はたくさんある。

 当時の首相は佐藤栄作(1901~75)だった。佐藤は四つの核政策を示した。「非核三原則(核兵器をつくらず、持たず、持ち込ませず)堅持」「アメリカの核抑止力に依存」「原子力の平和利用推進」「核軍縮推進」である。

 このうち「原子力の平和利用推進」には潜在的核保有への意志が秘められていた。

 64年、中国の核実験に強く反発した佐藤は、ライシャワー駐日米大使に「核(兵器)は日本の科学、産業技術で十分、生産できる」と語った。茨城県東海村で日本初の原発が臨界に達したのが65年だ。

 69年、外務省高官の研究チームが「核兵器製造の経済的・技術的ポテンシャル(能力)は常に保持する」という内部文書をひそかにまとめた。米ソ英仏中にだけ核保有を認めるNPT(核拡散防止条約)締結直前。福島第1原発1号機完成が70年。この文書は94年、毎日新聞のスクープで露見した。

 黒崎によれば、核4政策は佐藤の独創とは言えない。それ以前の日米交渉、霞が関、産業界、与野党のせめぎ合いを踏まえて形成された政策をまとめ、追認したにすぎない。

 その後も底流は変わらなかった。北朝鮮の核問題が浮上した90年代、日本でも核武装論が噴出したが、今なお少数意見にとどまっている。

 07年、アメリカの核戦略の中心にいたキッシンジャーら4識者が伝統的な核抑止理論の破綻を指摘。09年、オバマ米大統領が核廃絶を説いて耳目を集めたが、以後の世界は、むしろ中露の軍拡、北朝鮮・イランの核開発へ逆行した。

 黒崎の話は先週、福島大の研究室で聞いた。高圧洗浄車がキャンパスの放射性物質を洗い流していた。新潟市出身の黒崎は東北大で学び、立教大助手を経て09年着任した。原爆と原発は表裏一体だとすれば、3・11は日本の核政策に根本的な修正を迫るものではなかったか。

 日本は軍事転用可能な再処理済みプルトニウムを45トン持っている。長崎型原発4000発分という。高速増殖炉やプルサーマル(プルトニウムとウランの混合燃料を使う原発)で燃やせば減るが、見通しは暗い。

 崩壊した原発の制御さえできないのに、野田佳彦首相は、核燃料サイクル(再利用)は「日本の技術で可能」と言うだろうか。今日、日本核武装という選択肢があるだろうか。

 26日、ソウルに世界53カ国首脳を集めて「核安全保障サミット」が開かれる。核物質をテロリストに渡さぬ相談に異存はないが、危険な余剰プルトニウムを生まない政策をこそ話し合ってもらいたい。(敬称略)(毎週月曜日掲載)

毎日新聞 2012年3月26日 東京朝刊

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