12/28経産省前テント

まったく予定もせず、12/28の朝「東京へいこう!」ということになり、デモ傘だけもって東京へ。その前日の12/27は大津の滋賀県庁前座り込み30回記念の忘年会もあり帰宅は深夜、その前日の12/26は残業でやはり帰宅は深夜。その前が上牧行動。このところ家へ帰ってバタンキューで寝るだけの日々だった。
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経産省前テント広場で東京新聞でおなじみの乱鬼龍さんにお会いする。「ファンですぅ」と駆け寄ったのはいうまでもなく、もちろん記念撮影もしてもらえた。
あんな風に川柳が出来たらすごいなぁとどっちかというと俳句の方の私。この日は故吉岡さんの追悼が3時半という触れ込みであったが、ほぼ2時間遅れた。
2つめのテントは小出さんがおでんを召し上がったところなのですぐわかった。
ここは、初めて来たような気がしなかった。
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吉岡さん以前に3人の方がお亡くなりになっておられ、合同の追悼式。
この最中に「下地さんとうしさんが釈放、Hさんは起訴」との報をtwitterで知る。しばらくして、熊さんが弔辞を述べられてる時に報告され皆歓声や拍手やら。湿っぽい追悼式の中で唯一笑顔があった時。
吉岡氏は小出さんと同い年だった。いろんな彼のエピソードを聞くことが出来た。でも、生きておられる時にもっともっとお話したかったと誰もが思ったはず。
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文科省へ向かおうかと思ったけれど、どっちがどっちかわからないので適当に歩いていったら霞ヶ関から国会議事堂まで一駅歩いたらしい。いわゆる「官邸前」だったようで集会のあとミサオ・レッドウルフさんにご挨拶して、テントでたんぽぽ舎さんにご挨拶し忘れたのを思い出したけど、あの傘で、来ているのが判られたと思う。
今度2月くらいに室内で追悼式があるとのこと。
オークラに泊まりたかったけれどなぜかAPAホテル浅草蔵前に予約。場所が全然わからないのでデモの警官に聞いたり、地下鉄で途方にくれていたら親切な殿方に路線図を貰い、丸の内線にとにかく乗ってみたらといわれてなんとか投宿。その段階で4時間半氷雨の中を立ち続けたので足は凍っていたけれど、それより異変は、顔がヒリヒリと痛みだしたこと。マスクをしていない部分がヤケドのような感じ。それは今も続く。東京の雨には毒があるに違いない。病院も休みだし、ひたすら寝ているしかない。
とにかく、私にはもう東京にも、もちろん福島にも行けそうにもないのがわかった。
それなのに子供だちは避難すらさせてもらえない(泣

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