3/30東大-飯舘村放射能エコロジー研究会シンポジウムご案内と3/22【中日新聞・特報】飯舘村 帰還困難区域を歩く-静かすぎる村 見えない恐怖 下がらない線量

先週、中日新聞の特報で飯舘村の記事で今中さんが出ておられた。
高線量の中を調査される今中さんの御身体がとても心配。
去年高槻の集会で、冗談めかして「福島性神経痛」なんて仰ってらしたおみ足だけど、中日の特報では元気に歩き回っておられる。ほっ。
その飯舘村放射能エコロジー研究会の集会が明日東京である。こんなカラダでなければ聴きに行くのに、とてもとても残念。。
飯舘村酪農家・長谷川健一写真展『飯舘村』も併設
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http://iitate-sora.net/ 
飯舘村放射能エコロジー研究会では、3月30日にシンポジウムを東京大学で開催いたします。多くの皆様のご参加をお待ちしております。

飯舘村放射能エコロジー研究会(IISORA)東京シンポジウム 原発災害と生物・人・地域社会
福島の事故でわかってきたこととこれからの課題

併催:飯舘村酪農家・長谷川健一写真展『飯舘村』

日時:平成25年3月30日(土) 10:00~18:00
場所:東京大学農学部弥生講堂一条ホール
   〒113-8657 東京都文京区弥生1-1-1 東京大学弥生キャンパス内
定員:300名
参加費:無料(申し込み不要) 

詳細につきましては、チラシ(PDF)をご覧ください          

クリックして0330sympo_flyer_web.pdfにアクセス

 
   プログラム◆開会挨拶(10:00~10:10)

◆第1部(10:10~12:10)
 放射能の生物影響と初期被曝量評価
 座長 小澤祥司/NPOエコロジーアーキスケープ 

「飯舘村全域を対象とする放射能汚染と初期被曝量評価の試み」
  今中哲二/京都大学原子炉実験所 
「飯舘村での低レベルガンマ線場を用いたイネの遺伝子発現実験の報告」
  ランディープ・ラクワール/筑波大学大学院生命環境科学研究科
「福島原発事故のヤマトシジミへの生物学的影響」
  大瀧丈二/琉球大学理学部
「高線量地帯周辺における野生動物の生態・被曝モニタリング」
  石田健/東京大学大学院農学生命科学研究科
「福島県に生息する野生ニホンザルにおける放射性セシウムの被ばく状況について」
  羽山伸一/日本獣医生命科学大学獣医学部

◆基調講演(13:30~14:00)
「原発災害とリスクコミュニケーション」
  鬼頭秀一/東京大学大学院新領域創成科学研究科

◆第2部(14:00~15:30)
 村民の思いと現状報告
  座長 菅井益郎/國學院大学経済学部

「全村避難から2年 飯舘村民からの報告」
  酒井政秋/飯舘村小宮・菅野榮子/飯舘村佐須・杉下初男/飯舘村長泥
「避難生活実態と復興に関する飯舘村成人悉皆アンケート調査報告」
  浦上健司/日本大学・NPOエコロジーアーキスケープ

◆第3部(15:50~16:50)
 賠償問題と支援の課題
  座長 糸長浩司/日本大学生物資源科学部

「損害賠償問題」
  小林克信/ 原発被災者弁護団(東京)弁護士
「「福島―関東対話の会」の活動から」
  渡辺瑛莉/福島―関東対話の会

◆総合討論(16:50~18:00)
 モデレーター 糸長浩司

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中日新聞・特報 2013年3月22日
飯舘村 帰還困難区域を歩く-静かすぎる村 見えない恐怖 下がらない線量
 福島県飯舘村。二年前の三月十五日、福島原発事故で大量に放出された放射性物質が、折からの雨と雪でこの村に降り注いだ。同村南端の長泥地区は、居住が五年以上は制

限される帰還困難区域に指定された。京都大原子炉実験所の今中哲二助教らの「飯舘村放射能エコロジー研究会」は今月中旬、長泥地区など同村各所を測定調査した。同行取

材した。
       (文・田原牧、写真・神代雅夫)

静かすぎる村 
 見えない恐怖

下がらない線量 
 あふれる汚染土 
 「除染 意味あるのか」

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前文を清打ちしていたら、阿修羅の播磨さんの文字起こしがあるのを発見。播磨さんありがとうございます。

http://www.asyura2.com/13/genpatu30/msg/809.html
除染実らぬ花の里 飯舘村・帰還困難区域ルポ(東京新聞:特報)
投稿者 播磨 日時 2013 年 3 月 22 日 08:10:33: UcrUjejUJLEik

◆手に余る汚染土「意味あるのか」

「花の里 長泥へ」
帰還困難区域の指定とともに設けられた鉄のゲートを潜ると、すぐに碑があった。つづら折りの坂の脇にサクラが広がる。芽が膨らんでいた。

長泥地区には事故前、76世帯、276人が暮らしていた。いまは日中、住民らは入れるが、宿泊はできない。

地区内の国道399号の中央は車の通行や雨のため、放射線量は毎時4マイクロシーベルトほど。だが道の脇では、9マイクロシーベルトを超えた。病院などの放射線管理区域は毎

時に換算して、0.6マイクロシーベルト超で設けられる。

事故前に塗装したのだろうか、住宅の白い壁が陽光に映える。タラの芽がそこかしこに顔を出している。ただ、採る人はいない。静かすぎる。

農林水産省が除染実験した田があった。表土を15センチ削った。結果は毎時1.6マイクロシーベルト。近くに表土を詰めた化学繊維製の黒いフレコンバッグ(フレキシブル・コ

ンテナ)が野積みされている。

「昨年はこの田で5マイクロシーベルトくらいあった。確かに減ったが、この程度。削った土は始末に負えない。この除染に一体どんな意味があるのか」。今中助教が苦笑いし

た。

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長泥地区の平均線量は毎時7マイクロシーベルト台。前日、東京で0.03マイクロシーベルト、JR福島駅前で0.4マイクロシーベルトになり、飯舘村に入ると、たちまち2~3マイ

クロシーベルトに上がった。緊張した。

長泥の畑で測定器は8マイクロシーベルトを示した。だが、その数値に驚かない自分に気づいた。日差しは柔らかで、何もなかったような風景。1日で慣れたのだ。感覚の変化

に放射能汚染の怖さを感じた。

◆半減期分しか減ってない 放射性物質「山から戻る」

居住制限区域の小宮地区には一般ゴミの最終処分場がある。敷地は除染ゴミのフレコンバッグで埋め尽くされていた。

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間近には昨秋、国が施工した仮置き場ができていた。飯舘村は森林面積が75%で、半分が国有林だ。その一角を造成し、舗装した搬入路を敷き、その先にフレコンバッグの山

が築かれている。

大規模な工事だが、仮の置き場にすぎず、いずれ中間貯蔵施設に移さねばならない。穴を掘り、埋めることを繰り返す拷問が脳裏に浮かぶ。

傍らで福島市に避難中の農業菅野哲さんが「いくら除染しても、山から放射性物質が下りてきて戻ってしまう。どうにもならない」と話した。

原発は「トイレのないマンション」に例えられる。除染もゴミや効果を思えば、同じなのだ。

国と二人三脚の村役場は「年間被ばく線量5ミリシーベルト以下を目指す除染と早期帰還」を掲げ続けている。確かに事故直後には、高齢者を中心に帰還を望む声が強かった。

「けれど、その声も変わってきた」と、同県伊達市に避難した住民、渡辺計さんは指摘した。

「ここでは車抜きに暮らせない。お年寄りもそのうち、運転できなくなる。そうなってから、移転した子どもに面倒を見てとは言いにくい。そう考える人が増えている」

渡辺さんらの調査では「帰還しない」 「年間1ミリシーベルト以下が条件」という住民は7割を超えた。

移転した飲食店の張り紙には「いつ帰村できるかわかりません」と、理由が記されていた。住民の一人は「外観は同じでも家屋の中はひどくカビ臭い」と嘆いた。民家の庭先

にはニホンザルが群れ、田畑のあちこちにはイノシシの掘った穴があった。その田畑も枯れススキで覆われていた。

今中助教は「線量はほぼ予想通り」と語った。

「セシウム134の半減期は2年。その分だけ下がっており、除染に効果がないのは明らか。ただ、セシウム137の半減期は30年。あと少しは下がるが、その後は高い値で推移する

だろう」

村の住民の3分の1は敗戦直後、引き揚げてきた開拓民だ。老人の一人は「食うや食わずの半世紀が、事故で一瞬のうちに消えた」と言った。

夜空には無数の星がまばたいていた。視線を下すと、人のいない村は深い闇に沈んでいた。

[飯舘村]
福島第一原発の北西にあり、原発から最も近い地点の距離は約28キロ。平均標高450メートルの高原で「日本で最も美しい村」連合に加盟。事故前には1700世帯、6200人が居住

した。一昨年4月に計画的避難区域に指定され、一部企業と特別養護老人ホームを除く全村民が村外に避難。昨年7月、避難指示解除準備(年間放射線量20ミリシーベルト以下

)、居住制限(同20ミリシーベルト超~50ミリシーベルト以下)、帰還困難(同50ミリシーベルト超)の3区域に編成された。

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[デスクメモ]
福島には「までい」という方言がある。古語の「真手」が語源で「丁寧」とか「心を込めて」という意味。両手で包み込むような。そんなニュアンスらしい。「までいライフ

」。飯舘村が掲げる村の理念だという。生活、家族、自然との関係を「までい」に対応する。村の今後を「までい」に考えたい。(栗)

2013年3月22日 東京新聞 朝刊 [こちら特報部]
http://www.tokyo-np.co.jp/article/tokuho/list/CK2013032202000177.html

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