大原清秀「神主殺人事件 上関原発の真実」(「三日坊主日記」様、「愚鉄ぱらだいす」様より)

上牧行動には本澄寺の住職様も来られているし、福井のi氏は日本山妙法寺の「命の行進」の太鼓をたたいておられる。
仏教界は反原発であるが、神社本庁は過去に原発容認の声明を発表していたらしく推進派らしい。
神社本庁は敵じゃないのか?
私はエスノロとかフォークロアの学徒であったので、八百万の神に畏敬の念を持つけれど、靖国神社とかひっくるめた神社はきらいだ。
後ろに日の丸の旗をかかげた在特会が見え隠れするじゃない。あぁやだ。また耳が聞こえなくなりそう。
お葬式は浄土真宗だけれど、私自身の宗教はない。

去年祝島の島民を守る会の清水会長からお聞きした話だが、上関原発予定地を中国電力に売ったのは神社だ。
神主殺人事件、上関原発の話。
このことは意外と知られていなくて、博覧強記のジャック・どんどん氏くらいしかお話をしたことがない。
「神社本庁 wiki」をみてみよう。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A5%9E%E7%A4%BE%E6%9C%AC%E5%BA%81
原子力発電への支持[編集]「上関原子力発電所」も参照

中国電力が建設予定の山口県上関原子力発電所予定地の一部が四代八幡宮の境内地にかかっていたが、当時の四代八幡宮宮司は神社地の原発用地への提供に反対したため、2003年には原発推進派の氏子が四代八幡宮宮司の解任を要求する騒動に発展した。これに対し神社本庁は、「原子力発電は地球温暖化の原因となる温室効果ガスを排出しないため環境破壊に当たらない」として原発支持を表明し、四代八幡宮に対して原発用地の売却を命じる声明を発表した[5]。

山口県上関町・八幡宮所有地の上関原発建設用地への財産処分承認申請書に対する承認の可否 『神社新報』平成16年8月30日
「」http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A5%9E%E7%A4%BE%E6%9C%AC%E5%BA%81

そうこうするうち、その話がWEB上であがっていた。
  
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ametushin

大原清秀「神主殺人事件 上関原発の真実」

http://blog.goo.ne.jp/a1214/e/db04a7faba1763b271e4a03879c1c855
「三日坊主日記」さまより

某氏にもらった小冊子に、大原清秀「神主殺人事件 上関原発の真実」という文章があった。
上関原発の予定地は田ノ浦というところである。
田ノ浦には四代正八幡宮があり、宮司は林春彦という人だった。
林春彦宮司は土地を中国電力に売却することを拒んだ。
ところが、氏子のほとんどは原発賛成派だったのである。
「林宮司がどうしても土地売却に応じないので、原発賛成派の人びとは金で買収しようとした。それでもダメだとなると今度は集団で脅しをかけた。それもダメとなると女を使って林宮司を籠絡し、スキャンダルを起こさせようとした。それでも林宮司は動じなかった」

そこで原発賛成派はどういう手を使ったのか?
「林宮司名義の辞職願を偽造し、東京の神社本庁に出した。神社本庁は直ちにこれを受理、林宮司を解任し、別の宮司を持ってきた。その別の宮司は、すぐさま田ノ浦の杜を中電に売却した」

2003年、林宮司は有印私文書偽造で訴えた。
ところが、林宮司は山口地裁で倒れて亡くなってしまう。
というので、「神主殺人事件」なのである。
わかりやすい話ではないですか。
金がほしい、手に入れるためには何でもする、ということだから。

裁判は林宮司の弟が受け継いだ。
2007年、判決が出た。
「林宮司が神社本庁に提出したという辞職願は、明らかに何者かによる偽造である、というものであった。この事実は動かず。ところが、裁判所の結論は、その後の神社の杜の中電売却は有効である、というものであった」
他人のハンコと署名を偽造して人の財産を売りとばしても、売却は有効だ、という信じられない判決である。

大原清秀氏はこう書く。
「そうかァ、だったらオレも、他人のハンコを偽造して、他人の財産を売りとばして大もうけしようかなァと思っちゃう」
東京代々木にある神社本庁の外壁には「鎮守の杜を守りましょう」という垂れ幕が下がっているそうだ。

他にも「神主殺人事件」には、上関原発にまつわるほんまかいなということが書かれてあるが省略。
一つだけご紹介するのは、愛媛県伊方町(伊方原発のある町)の公務員だった人の話。
「私はかつて役人として、原発誘致を推進した者です。過疎の町を活性化するには原発しかない。そう信じ、人々を説得してまわりました。大間違いでした。電力会社は町民を雇ってくれると申しましたが、大ウソ。中高年など雇ってはくれませんよ。確かに一時は大金が落ちて町は潤い、道路や文化ホールはできましたが、維持するのが大変で、いま町の財政は赤字です。原発はたとえて言えば麻薬です。お金が欲しかったら、原発二号機を建てさせろ、三号機も建てさせろと国は必ず言ってきます。まるで麻薬づけなんです」

まさに中嶌哲演の言う札束汚染、人心汚染である。
中国電力は450億円をすでに使っているそうで、そりゃ原発賛成派が札束中毒に汚染されるなという話。

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神主殺人事件

http://www.geocities.jp/gutetu64/akabee/kaminosekigenpatu1.htm
(「愚鉄ぱらだいす」様より)

 ガリ版印刷のミニコミ誌『あめつうしん』264号(2011年4月30日発行)に、大原清秀さんの『神主殺人事件 上関原発の真実』という記事が掲載されていた。実は、これ、福島原発事故が起こるずいぶん以前に書かれた原稿なのだが、まるで、現在の厳しい状況を見据えたような内容だった。『あめつうしん』を発行されている田上正子さんのお許しを得て、ここに転載する。

 大原清秀さんは、先ごろ「映像赤兵衛」にアップした『白鳥は悲しからずや ~人災なんかで傷つき、殺されたくない』を書かれた大原洋子さんのお兄さんだか弟さんで、この「映像赤兵衛」にも、『奇兵隊異聞』や『小さな映画館談義』などで何度か登場願っているお方だ。

 ただし、『あめつうしん』には、上関を中心とした地図が掲載されていた。その地図をスキャンして貼り付けるのは技術的には可能なのだが、わたしにはそれができないし、いろいろ試してやるのも面倒なので、省略させてもらっている。ゴメン。

上関原発の真実
 いま、日本は侵略されつつある。どこか外国によってではない。ほかならぬ私たち、ニッポン人によって。
 上関原発問題というものがある。映画「祝の島」あるいは「ミツバチの羽音と地球の回転」によって幾らか世に知られているが、あまりにも知られていないことが多いので、以下、書く次第である。

 まず、地理としての関係。
 中世のことである。時の領主大内氏は、瀬戸内海沿岸に三カ所、海の関所を設けて、舟の通行料をとった。毛利氏もそれを引き継いだ。その名残が、下関、中関、上関、といった地名として残る。なお、全国どこもそうであるが、「上野」「下野」というように、京の都に近いほうが「上」、遠いほうが「下」という地名である。

 現在、行政上は山口県熊毛郡上関町。この上関町の部分を拡大図として示す。
 さて、この上関に降ってわいたように原発立地計画が持ち上がったのは1980年くらいのことである。いや、持ち上がった訳ではない。町民たちがそれを望んだ訳ではなく、事業主体である中国電力(以下、中電と略記す)が勝手に計画したのである。

 皆さんは、あなたの街に原発が作られるとなったら、どうします? 全国、原発が計画された場所ではどこもそうであるが、住民にまず来るのは戸惑いである。それはそうであろう。日頃、原子力などというものとはナーンニモ縁がなかったのであるから。そこで住民は、賛成・反対を言うよりも前に、その方面のエライ先生を招いて、原子力の何たるかを知るべく、学習会を催す。

 この意味では、上関は全国でもはなはだ特殊な場所であった。中でも、祝島島民にとってはそうであった。
 と、いうのはーー中国電力が保有する唯一の原子力発電所は島根原発であった(これは、今でもそうである)。その島根原発に、祝島の漁民たちは現金収入の道を求めて働きに行っていた。原子炉の中に入っての定期検査。そこは、電力会社の社員は絶対に入らない、危険な場所である。だからこそ、中電は下請けを雇ったのであった。

 すると、帰ってきた男たちに異変が起きた。日頃は赤銅の肌を輝かせていた働き盛りの漁師たちが突如、がんだの白血病だのに冒されバタバタと死んでいったのである。原発で被爆した放射能の影響としか考えられない。(なお、中電はこの因果関係を認めず、一円の補償もしていない。)遺族たち、あるいは島根原発に働きに行ったことのある人たちは、原発の恐ろしさを骨身に染みて知った。

 こういう人たちがいる場所に、中電はよりによって「おたくのとこに原発を作ります」という白羽の矢を立てたのである。祝島島民は難しいことは分からない。だけど、学習会など開いて、ウラン235がどうのこうのとエライ先生に聞かされなくとも、既にして原発の恐ろしさを体で知ってしまっていた。
 百の言説よりも、一つの実例。原発反対運動が起きるのは当然である。

 加えて祝島の主力産業は漁業である。原発の予定地は祝島そのものではないが、目の前、たった4キロしか離れていない田ノ浦という入り江である。そんなところに原発を作られたら、とった魚はたちまち売れなくなるのは火を見るよりも明らかである。
 だから、祝島島民たちは、この30年、毎週月曜日には「ゲンパツ反対!」のデモを続けてきた。昼間は男たちは仕事に行っていないので、デモの主体はパアちゃんたちである。バアちゃんたちは、初めはシュプレヒコールのやり方すら知らなかった。おまけに都会のデモとは違い、見ている人は殆んどいない孤独なデモである。
 見ているのは、青い空と舞う海鳥とネコばかり。デモの日には、警戒して本土から警官がくるが、バアちゃんたちが歩いているだけなので、手の下しようがない。

 30年。毎週月曜、バアちゃんたちは雨の日も風の日も一日も休まなかった。30年前といえば、その頃、嫁いできた花嫁さんも、オバチャンになった。一つのことに、みんなが30年、心を合わせて持続することはどれほど大変であったことか。
 それほどに、祝島島民の原発反対の思いは強い。

 上関町は、いま、全国に及ぶ、過疎の町の一つである。町と名はついているが、風景としては村である。そこに原発がくるとなれば、多額の金がオチるので町民の意見は真っ二つに割れた。
 町民の意志を問うのは町長選挙である。選挙をするには、そこに半年以上住んでいなければ選挙資格はない。そこで中電は、エタイの知れぬ男たちを100人雇い入れ、上関町に半年間住まわせ、原発賛成派の候補に投票させた。
 選挙が済むと、エタイの知れない男たちはどこかへ消えてしまった。そして、原発賛成派の町長が勝った。中電は卑劣にも、選挙に勝つためにはそういうことまでするのである。

 この30年、上関でも様々の紆余曲折があった。その地域には8つの漁業組合があった。当初は原発などというイカガワシイものには疑問の声もあったが、中電の札束攻勢に負けて、8つある漁業組合のうち7つは原発賛成に転じた。
 今もなお、たたかっているのは、祝島漁協及び島民、たったひとつである。

 ここで、ひとりの人物をご紹介したいと思う。ご本人は、絶対に紹介などされたくはなかったであろう。地味な人柄の人。
 それはひとりの神主である。名を林春彦さんという。故人である。ぼくはこの人に一度も会ったことはないので、その人柄について論評する資格はまったく無い。但し、この人の生き方、アウトラインの軌跡は分かる。

 林宮司は、先に地図で示した室津半島にある、四代正八幡宮の宮司であった。
 四代正八幡宮というのは小さな神社に過ぎないが、できたのは何でも、千年以上前という由緒ある神社である。この神社の神域として、田ノ浦の杜があった。人は誰も住んでおらず、昔は村人がせいぜい薪をとりに入るくらいの美しい杜であった。それはそうだろう。誰ひとり、人は住んでいないのであるから。

 中電はそういう場所に、原発建設を目論んだのであった。ことに、その炉心部は杜の真っただ中である。これに対して、林宮司の考えは単純明快だった。単純明快なほど言葉は美しい。
 林宮司は言った。「千年以上も続いてきた神社に、私の代に原子力発電所を建てさせる訳には参りません。そんなことをすれば、私は御先祖様に顔向けができませぬ」

 中電としては、何としてもこの土地を入手しないことには、原発建設をすることができない。神社というものは、氏子なくしては成り立たないものであるが、その氏子の殆どは原発賛成派なのであった。
 林宮司は孤立無援のたたかいを強いられたといっても過言ではない。

 林宮司がどうしても土地売却に応じないので、原発賛成派の人びとは金で買収しようとした。それでもダメだとなると今度は集団で脅しをかけた。それもダメとなると女を使って林宮司を籠絡し、スキャンダルを起こさせようとした。それでも林宮司は動じなかった。
 それでどうなったか?
 何者かが、林宮司名義の辞職願いを偽造し、東京の神社本庁に出した。神社本庁は直ちにこれを受理、林宮司を解任し、別の宮司を持ってきた。その別の宮司は、すぐさま田ノ浦の杜を中電に売却した。売却するために就任したような神主であった。

 言うまでもなく、林宮司は驚いた。自分が書いた覚えもない辞職願いにのっとって、事は進行している。2003年、林宮司は裁判に訴えた。有印私文書偽造。そして、その裁判の途中、林宮司は山口地裁で倒れ、そのまま亡くなった。脳梗塞だといわれている。

 林宮司は誰かに直接、ナイフや銃弾で殺されたわけではない。しかし林宮司は、原発を建てようとする国家権力、中電、神社本庁、山口県神社庁、地元の原発賛成派、それら全部を向こうにまわして圧力に耐えてきたのであった。
 ぼくは、林宮司はそれら一切に殺されたといってよいと思う。だから、週刊誌の表題みたいで恐縮だけれど、この稿の表題を「神主殺人事件」とした次第である。

 裁判は、林宮司の弟さんが受け継いだ。2007年、判決がおりた。林宮司が神社本庁に提出したという辞職願いは、明らかに何者かによる偽造である、というものであった。この事実は動かず。ところが、裁判所の結論は、その後の神社の杜の中電売却は有効である、というものであった。
 何ともシッチャカメッチャカな判決である。

 こう言えばお分かり願えようか。何者かがあなたのハンコと署名を偽造し、あなたの財産を売りとばしたとする。それでも、売却は有効だ、というメチャクチャな結論である。(そうかァ、だったらオレも、他人のハンコを偽造して、他人の財産を売りとばして大もうけしようかなァと思っちゃう)
 おお、ニッポンよ、お前の裁判はそこまで腐敗したか。いや、腐敗という表現では上等すぎる。腐敗というのは、魚でいえば、かつては新鮮なときがあったからこそ言えるのであって、初めから腐っているニッポンの裁判をどう形容しよう。

 原発推進派、「やれやれ、邪魔なヤツがやっとクタバってくれたか」
 だが、推進派にとってのネックはまだあった。それは、原発をつくるには、どうしても田ノ浦の海を埋め立てねばならない。海は個人や企業の所有物ではないので、県知事の認可を得なければならない。

 いまの山口県知事は二井といい、これは極め付きの自民党。山口県は岸信介、佐藤栄作、安倍晋太郎、同晋三と連なる自民党王国であるので、(なんせ、衆参選挙において、自民党の候補はこの60年、一度も落選したことがない。出れば勝ち)、ポーン、あっさり、埋め立て工事、GO! のサインを出してしまった。

 ああ、田ノ浦。
 そこは本当に美しい入り江であり、希少生物も数多く見受けられる。瀬戸内海国立公園の一部であり、国立公園法によって保護されてきたところである。そんな場所を埋め立てるのは、法に照らしても犯罪以外の何ものでもない。

 だが、国家も中電もこの犯罪を行ないつつある。埋め立てに当たってはまず調査をしなければならないのであるが、これを真夜中にやる。祝島島民は四六時中見張っているので、これを必死に防ぐ。
 青森・六ヶ所村、あるいは三里塚、沖縄・辺野古、国家の方針と住民の意志とが対立した例は幾らもあるが、真夜中に工事を強行したという例はきいたことがない。そういうことを中電はやるのである。

 あるいは、中電と島民の間には様々の裁判がおこされているのであるが、原発反対運動のリーダーが裁判所に出廷しなければならぬ日を狙って、工事を強行しようとする。
 更には、中電は工事妨害は犯罪であるという名目で訴訟を起こし、裁判所が下した判決は、今後、原発工事を妨害したものは、ひとり当り、500万円を支払えというものであった。
 500万円!? あなた、支払えるか!? 原発に反対することが、それほどの罪悪なのであろうか?
 それでも祝島島民はひるまなかった。

 2011年2月21日、中電は埋め立て工事を強行しはじめた。浜辺に座り込んでいるのは、祝島の島民たち、そのほとんどは女性、オバアチャンばかり100人である。
 これに対して、中電は400人もの作業員、警備員を動員し、殴る、蹴る、暴行の限りを尽した。けが人、続出。祝島の漁民の男たちはこれを必死に防いだが、中電の大型作業船は9隻、そのうち4隻をせきとめるのが精一杯であった。

 かくて埋め立て工事は始まり、澄み切った海に土砂や岩石どんどんぶち込まれていく。この光景をあなたは何と見る? 
 ぼくの先祖代々は、すぐ近くの島(周防大島)に住んでいたので、いたたまれない思いである。”これは侵略だ”とぼくは思った。

 だってそうでしょう。あなたが住んでいる海に外国人がやってきて、土砂や岩石をぶちこんだら、これを“侵略”と呼ぶでしょう。
 同じことを、ニッポン人が日本人に対して行なっているのである。この侵略をあなたは認めるか? 認めないか? あなたはどちら側の日本人であるか? 中電は暴力団のチンピラまで動員し、金属製のハンマーを降りまわしてオバアチャンたちに襲いかからせた。

 援軍は? ほとんどない。辛うじて、“虹のカヤック隊”と称する5人の若者達たちがカヤックを操り、中電の作業船を防ごうとする。(おお、日本にはまだ、こういう若者がいたのであるか!)
 海上保安庁の巡視船は、このカヤック隊を目の敵とし、船で体当たりをする。ヘルメットを割られてしまった若者もいる。しかし、こうした事実を、東京・中央のマスコミは一切報道しようとしない。
 現代においては、報道されないということは、存在しない、ということとほとんど同義語である。

 祝島のオバアちゃんは嘆く。「わしらの誰かが殺されたら、それで初めて新聞記事の片隅にでものっかるんでしょうかねえ。いいえ、そうなっても、東京の人は冷たい人ばかりですから、そんなことは知らないと言って、動いてくれないでしょうねえ」

 故林春彦氏は神道の宮司であった。日本神道とは何か。それは宗教としては甚だ特殊である。仏教やキリスト教やイスラム教と異なり、神道には教祖は存在しない。また、これといった教義としての体系もない。
 あるのはただ、古代日本人が持っていたであろう、自然信仰、自然崇拝の心持ちだけである。この自然信仰と原発建設とは絶対に相容れない。この意味において、林宮司はまことに伝統に忠実な宮司であったと言える。
 しかるに、神社本庁はこの最も良質な宮司を斬った。東京・代々木にある神社本庁、その外壁には垂れ幕がさがっており、そこにはデカデカとこう書かれてある、“鎮守の杜を守りましょう”と。
 鎮守の杜を失ったら、神道の取り柄はこれっぽっちもない。さればこそ林宮司は、全生涯を賭して、田ノ浦の鎮守の杜を守ろうとしたのであろうが、そんな方をクビにするとは、何たる神道のダラク。
 よくまァ「鎮守の杜を守りましょう」と言えたものだ。

 では、祝島の人々は、いわゆるサヨクであろうか? とーんでもない。ぼくはかって、祝島の漁船50隻による反原発海上デモを見たことがあるのだが、どの舟も日の丸と大漁旗を翻し、知らない人が見たら、右翼団体のパレードと間違いそうなたたずまいである。
 しかし、人々はこの30年、一貫して「非暴力」の方針をつらぬいている。素手と言葉でたたかっている。まさしく “武器なきたたかい”である。

 ぼくは以前、現地で行なわれた反原発集会に出たのだが、対岸の愛媛県伊方から瀬戸内海を渡ってやってきた人がこんな話をした。
 その人はかつて伊方町の公務員であった。「私はかつて役人として、原発誘致を推進した者です。過疎の町を活性化するには原発しかない、そう信じ、人々を説得してまわりました。大間違いでした。電力会社は町民を雇ってくれると申しましたが、大ウソ。中高年など雇ってはくれませんよ。確かに一時は大金が落ちて町は潤い、道路や文化ホールはできましたが、維持するのが大変でいま町の財政は赤字です。原発はたとえて言えば麻薬です。お金が欲しかったら、原発二号機を建てさせろ、三号機も建てさせろと国は必ず言ってきます。まるで麻薬づけなんです」

 上関町は、原発推進派と反対派に二分された。「どちらとも言えない」などという中途半パはゆるされないのである。対立は家族内にも及び、親子、キョーダイといえとも例外ではない。
 だからといって、人々が日常、殴り合いをしているわけではない。ただ、お互い口をきかないのである。それまでは「おはよう」「おお、今日はええ天気じゃのう」と挨拶をかわしていた人々が、道ですれ違う時も、どちらからともなく眼をそらすのである。
 ほら、夫婦ゲンカの時、口をきかない状態があるでしょう。あれである。これは両方にとって、大変にキツイ状態である。中電が原発話さえもちこまねば、こうはならなかったのである。

 そもそも、原発を建てる、建てないの判断は、誰がどのように決めるべきものであろう。「住民の意志による」という答がすぐに返ってきそうである。
 上関町における過去の町長選・町議選を見てみよう。町民の6割が原発推進、4割が反対である。この比率はずっと変わらない。この4割が反対という数字を、多いとみるか、少ないとみるか?
 4割もの反対をかかえこんだまま、原発GO! なのである。

 ほかに、原発反対のためにかけつけてくる支援者もいる。その人たちは主に福岡・大分・広島・愛媛といったところからやってくる。そんなに数は多くはないが。
 原発推進派の人たちは苦い顔をして言う。「これは上関町の問題じゃ。あんたらヨソ者は関係がないことじゃ」「関係があるから来てるんですよ」と支援者の人は言う。「これが体育館を建てるというような話でしたら、僕ら、何も言いません。だけど、原発は違うんです。チェルノブイリの例もあります。もし原発で事故が起きたら、被害は上関町だけで済むでしょうか? そんなことはあり得ない。被害は大分にも広島にも愛媛にも及ぶに違いない。ですから、僕らにも関係があります」。ヨソ者が何も言えないとしたら、そもそもは中電もヨソ者ではないか。

 更にはこんなこともある。田ノ浦の浜辺ーー座り込んだ反対派のジイサンやバアサンたちが中電の作業員ともみあっている。するとそこに1隻の漁船が近づいてくる。
 船尾には“警戒中”と書かれた黄色い旗。乗っているのは原発推進派の男たち、7,8人である。男たちはジイサン、バアサンたちにハンドマイクで罵声を浴びせる。
 「お前ら、往生際が悪いのう」「どうせ原発はできるんじゃ。ええ加減に諦めろや」。こんな光景は六ヶ所村や三里塚では見受けられなかった。
 六ヶ所村でも三里塚でもお金を受けとって村を去っていった人たちはいたけれども、その人たちは黙って去っていったのであり、かっての仲間たちのたたかいを妨害したり、口汚く罵声を浴びせることはしなかった。

 男たちは中電から120億の漁業補償金を受けとった7つの漁協の漁師たちである。但し、支払われたのは60億であり、後の半分は原発ができてから払われることになっており、だから男たちは一日も早くそれがほしいのである。
 お金が欲しいのは祝島漁協の人々の同じであろう。原発賛成と言いさえすれば、10億以上の金が労せずして転がり込むのであるから、喉から手が出るほどお金が欲しいに違いないのである。
 だが、祝島はこの甘くて、ウマイ話を蹴った。漁師のひとりは言う。「見てくださいよ、この青くて澄み切った海を。日本一の海じゃ。これだけの海はお金では買えません。わしらがこの海を汚すことに手を貸したら、バチが当ります。」

 なお、上関町からそんなに遠くはないところに、岩国市がある。岩国の米軍基地には、厚木から米軍の戦闘機隊が移駐してくるとの由。そうなれば、瀬戸内海で飛行訓練が始まる。山口県東部の海には剣呑この上ないことに、原発と戦闘機。禍々しきもの、その両方。何なんだ、これは……!? 
 おお! 悪意と嫉妬と無関心と暴力が底の底に渦巻き、陽は昇り陽は沈む。

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