9/25<第7部「自由へのゼロ」>(1)結論ありき【中日新聞・犠牲の灯り】

【中日新聞・犠牲の灯り】

<第7部「自由へのゼロ」> (1)結論ありき

2013年9月25日
http://www.chunichi.co.jp/article/feature/akari/list/CK2013092502000221.html

運転を停止した大飯原発4号機(左)。そこから右へ3号機、2号機、1号機の順=17日、福井県おおい町で

 一年ほど前のことだ。日本から九千キロ離れた英国の大学で、客員として研究中だった立命館大教授の大島堅一(46)は珍しく、いら立っていた。目の前のパソコンが伝えていたのは母国発のこんなニュース。

 「原発ゼロで電気代が二倍になる」

 昨年九月四日、政府のエネルギー・環境会議で、経済産業省が示した試算だった。二〇三〇年に原発ゼロが実現すれば、家庭の電気代が最大二・一倍に増える、というのだ。

 環境経済学が専門で、電源コストを検討する政府の有識者会議の委員を務めたこともある大島。事故が起きた場合の補償費や安全対策費を含めれば原発は他の電源よりも「高い」と主張してきた。それなのに試算は「ゼロ」が家計の敵だと言わんばかり。

 当時の民主党政権による新エネルギー戦略の発表まであと十日。「二倍」は多くのメディアが取り上げ、経済界を中心に懸念の声が噴出する。発電の四割を原発に頼る九州電力社長の瓜生(うりう)道明(64)は会見で「皆さんが思っている以上に厳しい状態になるのではないか」と、原発ゼロに異を唱えた。

 その後、発表された新エネ戦略は原発ゼロの目標時期が「三〇年」から「三〇年代」に後退し、閣議決定まで見送られた。「二倍」がことさら強調され、心理学でいうアンカー効果でゼロへの視界はぼやけていった。

 電気代が倍になるのは、太陽光や風力など再生可能エネルギーへの投資が膨らむから。しかし、これは二酸化炭素(CO2)排出削減のためもともと欠かせなかった。仮にすべての原発を再稼働させても投資額はさほど変わらず電気代は一・八倍になる。つまり、原発ゼロは電気代上昇の主因ではない。

 しかも、大島によると、経産省の試算は再生エネの発電コストを過去三年間の実績で見積もり、技術革新などで年一割ペースで進むコスト削減効果はまるで無視。大島は「あり得ない。乱暴そのもの」と嘆く。

 そのコストには野村浩二(42)も首をかしげる。慶応大准教授(応用計量経済学)で、「二倍」の試算をはじき出したその人だ。野村自身はCO2削減のためには原発稼働もやむなしという立場だが、経産省の見積もりにこんな感想を漏らす。

 「世界はもっと安いのに…」

 異論は同じ国の機関からも出た。文部科学省所管の低炭素社会戦略センターは「節電や省エネが進めば電気代は増えるどころか半減できる」とかみついた。

 試算が三〇年に見込む節電効果は一〇年比でたったの一割。センター長で、元東大学長の小宮山宏(68)は「(その程度なら)もう既に定着しているじゃないか」と訴えたが、聞き流された。

 はじめから、結論ありき-。立命館大の大島には福島第一原発事故があってなお、この国の「原発信仰」は変わっていないように思える。

 それを支えているのは幾つかの“呪文”。「電気代二倍」に続き、こんなのも流布している。原発ゼロで産業が空洞化する-。(文中敬称略)

    ■

 国内で唯一稼働していた関西電力大飯原発4号機(福井県おおい町)が十五日、定期検査のため停止した。一年二カ月ぶりに「原発ゼロ」が実現したが、それもつかの間、年明けにも再稼働する可能性が高い。原発なしでは日本経済が崩壊するという“神話”を中心に「ゼロ」を阻むこの国の呪縛の正体を探る。

<メモ> アンカー効果
 アンカーとは碇(いかり)のこと。不確かな知識で予測や判断を行わなければならない場合、最初に与えられた印象がその後の行動を決定付けることが多い。ある靴を一万円で売りたいなら、一万五千円と価格設定し、後から五千円値引きした方が成功しやすい。電気料金が「二倍」と聞かされると、少なくとも値上げは確実と思いこみやすくなる。(斎藤環筑波大教授=精神医学)

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