9/29稲むらの火【東京新聞・筆洗】

浜口梧陵の偉業は復興作業をする村人に「仕事と賃金」を与えただけでなく「希望」も与えたことだ。福島第一原子力発電所の事故の復旧作業にはそれが見出せない。
東芝は機械装置作っただけ。作業手順書作ったのか?ALPSにゴム敷くのを忘れさせるとは。そういうしくみが悪い。JRどころじゃない。

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http://www.tokyo-np.co.jp/article/column/hissen/CK2013092902000098.html
【東京新聞・コラム】筆洗
2013年9月29日

 ラフカディオ・ハーン(小泉八雲)が『ア・リビング・ゴッド』(生き神)として称賛し、世界に知らしめた日本人がいた。紀州の広村(現和歌山県広川町)に生まれた浜口梧陵(ごりょう)だ▼本家の醤油(しょうゆ)醸造業(現・ヤマサ醤油)の家督を継いだ梧陵は帰郷中の安政元(一八五四)年、大津波に遭う。夜間、逃げ遅れた人々を誘導するために、貴重な稲むらに火を放ち、避難の目印にして多くの人命を救った▼ハーンの書いた物語を基にした「稲むらの火」は、戦前の小学国語読本に採用された。東日本大震災の後には六十四年ぶりに小学校の教科書に復活したが、梧陵の真骨頂は震災後の行動だろう▼「住民百世の安堵(あんど)を図る」。千五百両の私財を投じ、家や職を失った住民に賃金を与え、高さ五メートル、長さ六百メートルの防波堤を四年かけて築き、村民の離散を防いだ▼感謝を込め「浜口大明神」を祀(まつ)ろうとすると、「神にも仏にもなるつもりはない」と村民を叱りつけたという。四メートルの津波が襲った一九四六年の昭和南海地震では、堤防により流失家屋は二軒にとどまった▼町では毎年、津浪祭(つなみまつり)が開かれる。国指定史跡になった「広村堤防」は今、大きく育った樹木に覆われ、自然の中に溶け込んでいる。津波の被害は三陸地方だけではない、と堤防は教えてくれる。同時にこの地震列島に原発を林立させる愚かさにも気づかせてくれる。

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