8/29【中日メディカル】4年目の被災地から-キンちゃんとタロウの海(5)・キンちゃんの信念(青く老いたい)

シリーズ第5話でどうも完結してしていないような中途半端さを感じていました。なんで医療面なんだろう?と思っていたら、「青く老いたい」の方にその続きが載っていました。

キンちゃんへ 私もアル中に近いです。
遅れて行く上牧行動で、交流会には率先してビールの自販機に飛んで行きます。
最近は上牧行動の第4火曜日が月末の時に開いている上牧駅前の「富田酒店」で、「鈴鹿川」という銘柄をみつけたりしました。
「うまさけ」という枕詞は「鈴鹿」に掛かるとか。
いや、そんなことはどうでもいいけれど、キンちゃんの病歴にアルコールが入っていたというのをお聞きして、それを大っぴらに公表して隠そうとなさらない、そんなキンちゃんが大好きです。

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キンちゃんとタロウの海(5)ー4年目の被災地から

(2014年8月29日) 【中日新聞】【朝刊】【その他】
http://iryou.chunichi.co.jp/article/detail/20140828134421863

  曇る日には力をもらう

相棒に支えられ、キンちゃんは「心の復興」へと進む=岩手県田野畑村で

漁師のキンちゃんこと佐々木公哉さん(58)は=岩手県田野畑村=は6月、1週間の旅をした。
最初の目的地は甲府市。復興支援ライブに招かれ、被災地の現状を講演した。主催したのは、キンちゃんから古い漁網の提供を受け、ミサンガを作って被災地支援に役立てている女性グループ。長野や東京でも、活動が続いている。
次は東京。国会議員たちに三陸の漁師の窮状を訴え「低利の融資制度を新設してほしい」と要望した。東京の仲間たちが橋渡しをした。
そして、神奈川県横須賀市の佐島漁港を訪れ、観光客でにぎわう朝市を見学した。三陸では、漁師たちが競争をして魚を捕り合うが、結果的に安く買いたたかれてしまっている。生き残りには、付加価値づくりが欠かせないと再認識させられた。若い漁師たちの笑顔から「力をもらった」。

震災前に比べ、大きな違いは「陸上での人間関係」が豊かになったこと。気持ちの浮き沈みは続くが「視野が広がって、少しは成長できたかも」。
愛犬タロウは昨年10月、震災後初めて、リードをひきちぎって脱走した。家族全員で探し回っても、役場や警察に届けても行方が分からない。「山でクマに襲われたのかも」と、眠れぬ日が続いたが、四日後に見つかった。
12キロ離れた隣村の山小屋前で、飼われている雌犬に求愛していた。飼い主が追い払うと山へ逃げ込むが、すぐに戻ってくる。郵便配達員から「佐々木さん宅のタロウでは」と聞いた先方から連絡があった。
老境にさしかかった犬とは思えぬやんちゃぶり。キンちゃんはあきれつつも「このパワーで、津波を乗り越えたんだなー」と思う。
キンちゃんの座右の銘は「照るも曇るも自分次第」2010年の正月に亡くなった母りよさんの口癖だった。どんなにつらい状況でも、前を向くことが大切だと、天国から励まされている気持ちになる。そして、いつも天真らんまんなタロウに、青空のイメージを重ねる。
気分が沈むと、キンちゃんはタロウを抱きかかえ「これからどうするべ」と語り掛ける。
タロウは何も応えず、じっとしている。その顔を見ているだけで、キンちゃんは心が落ち着く。=おわり

(この連載は、安藤明夫が担当しました)

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キンちゃんの信念

http://iryou.chunichi.co.jp/medical_column/leaf/20140828160350462
【中日メディカル・青く老いたい(第153回)】2014年8月29日
岩手県の漁師・佐々木公哉(きんや)さん(58)と愛犬タロウの物語「キンちゃんとタロウの海-4年目の被災地から」を、今日まで社会面で5回連載しました。
あちこちで「読んでるよ」と声をかけられたし、ネット上でも大きな反響がありました。ご愛読ありがとうございます。舞台裏を少し書きます。
隠さないことが大事

キンちゃんと、Facebookで知り合ったのは去年の3月。一度お目にかかりたいと思いつつ、岩手県の沿岸部まで行く余裕がなく、キンちゃんが何度か入院されたこともあって、なかなか実現しませんでした。
今年の5月に初めてお会いし、「これは、じっくり取材して連載で書かなくちゃ」と7月下旬に再訪。朝5時から漁船に乗せていただき、タロウと遊びながら、たくさんの写真を撮りました。港の周辺やご自宅でも撮影した後、漁網の補修をするキンちゃんのわきに腰掛けて、お話をうかがいました。
インタビューが終盤にさしかかったころ、キンちゃんがポツリと打ち明けたのが、アルコールの問題でした。
若い頃、村役場に勤めていたキンちゃんは、村長に目をかけられ、重要な仕事を任されるようになった。でも、それが周囲のやっかみを呼び、さまざまなストレスをウイスキーで紛らわすようになって、心身の状態が悪くなり、アルコール依存症になってしまった。役場を退職し、入院治療を受け、断酒会に入り、19年間断酒してきたものの、震災後、崩れてしまった、というお話でした。
キンちゃんが何度か、精神科の病院に短期入院されていた理由がようやくのみ込めました。酒を飲んでしまい、再断酒するための入院だったのです。
アルコール依存症はとても重い病気で、いったん発症すると、断酒を続けるか、早く亡くなってしまうか、の二者択一しかありません。病気を受け入れ、断酒を続け、回復していく人たちは、人格的にも立派な方が多いのですが、世間の偏見、誤解は大きく「意志が弱い」「ダメ人間」などと烙印を押されることもしばしば。

当初、新聞記事では、病名を出さずに、「19年間、続けてきた断酒が途切れた」とだけ書くことを考えました。でも、キンちゃんから「アルコールで苦しんでいる人は多い。ぜひ病名を書いてほしい。親しい知り合いはみんな知っているし、Facebookでも公表するつもりだった」と背中を押されました。
仮設住宅でも、昼間から飲酒するなど、危険な状態の人は多いのに、治療につながらない。時間がたつにつれて飲酒量が増え、体調を崩し、精神的にも落ち込んでしまったりして、治療が難しくなる。「隠すこと」が何よりいけない、とキンちゃんは考えていました。
立派な姿勢だと思いました。
「隠さないこと」が力となって、今回の連載がキンちゃんの心の回復に役立てばと思います。そして、震災を過去のものにせず、被災地に思いを寄せる人が増えることを願っています。

以下、紙面で使わなかった写真を、いくつか載せます。
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