9/23「さようなら原発全国大集会」の東京新聞の記事

反原発福井コラボレーションの若泉氏が、福井代表でご挨拶をされたはず。
記事中、取材を受けられた越谷の阿保裕子さんは、最近盲導犬のことで記事を読んだ覚えがある。

3年前にこの集会へ出かけたせいで、父の見舞いに来ようとなさった方をお断わりしたことことがあった。
その頃までは父から確かな応答があったのに・・・と、思い出すだけで苦い思いがする。だって父はその数カ月後に亡くなったから。
鼻血が出たり火傷したりで東京へ行くのもこりごりだけれども、私がこの集会へ行かないのはそういうことだ。
お彼岸の中日だし、お墓参りをして夜は上牧行動。
昨日はお坊様が読経をして下さったので、とても格調高い集会だった。
交流会では珍しいものも飲ませて頂いたし満足。
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反核願い 結ぶ

 ビキニ水爆-福島事故

  脱原発集会に第五福竜丸元乗組員

【東京新聞・朝刊】 2014年9月24日

原子力規制会が新たな規制基準を満たすと判断した九州電力川内原発(鹿児島県)の再稼働に反対する「さようなら原発全国大集会」が二十三日、東京都江東区の亀戸中央公園で開かれた。一万六千人(主催者発表)が園内を埋め尽くし「経済より命が大事」「福島の事故を忘れるな」と声を上げた。       (1面に写真)

「ビキニの水爆と福島の原発はつながっている。核兵器も原発も危険は同じ。絶対反対です」。六十年前の一九五四年太平洋ビキニ環礁の核実で被ばくした漁船「第五竜丸」元乗組員の大石又七さん(八O)=大田区=は車いすで登壇し、切々と訴えた。

乗組員には頭痛や髪の毛が抜けるなどの急性症状が出た。この日は被ぱくの半年後に亡くなった無線長の久保山愛吉さん=当時(四O)=の命日。「核実験の反対運動は当時タブーとされ、内部被ぱくの研究も進まなかった。福島第一原発事故の後も、同じことが繰り返されようとしている。忘れられつつあるビキニ事件を今の人たちに伝えたかった」と大石さんは語った。

集会は市民団体「さようなら原発一千万署名市民の会」が主催。全国から反原発団体が参加し、音楽やスピーチ、署名活動などで盛り上げた。呼び掛け人の一人で作家の大江健三郎さんは「これだり多くの人が集まっている。原発再稼働や集団的自衛権の行使を進める政権への大きな抵抗の声がある。三・一一の記憶を持ち、断固進んでいこう」と述べた。

集会後、大江さんや作家の沢地久枝さんらも参加し、デモが行われた。夫と訪れた埼玉県越谷市の主婦阿保裕子さん(56)は「危険と分かっていながら、なぜ再稼働に進むのか。経済優先の社会に市民から声を上げていきたい」と話した。
(ビキ二の核実験)
1954年3月1日、米国は太平洋のマーシャル諸島ビキニ環礁で水爆実験を実施。爆発力は広島原爆の約1000発分に相当する15メガトンで、サンゴ礁が砕かれて空中に舞い、放射性物質「死の灰」となって広範囲に降り注いだ。第五福竜丸の乗組員23人が被ばく。周辺海域にいた日本漁船延べ約1000隻も被災したとみられる。汚染された魚の廃棄が相次ぎ、日本国内で反核世論が高まった。国連教育科学文化機関(ユネスコ)は2010年、ビキニ環礁を核被害の惨禍を伝える「負の遺産」として世界文化遺産に登録した。

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