2015年7月15日 国会前抗議行動の記録【シロクマさんのレポート】

昨夜の高槻はJR駅松坂屋側でチラシを撒く5人くらいの共産党の方を見かけただけだ。高槻ではそんなものだろう。
大阪のヨドバシカメラ前がたくさんの人だったと【真実を探すブログ】さんにあった。
この歴史的な日に、ただの傍観者にすぎないのが私である。
立って歩くだけで精いっぱいだからいだから、これで国会前なんかに立ったらすぐに倒れて圧死するか、一番に柵を越えて避難するクチだろうなぁとこのレポートを見て思った。
以下はfacebookでみかけたシロクマさんからレポート。勝手にブログでシェアさせていただき、ありがとうございました。

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肉弾戦(笑)

2015年7月15日 国会前抗議行動の記録です

7時前に霞ヶ関に着き、国会正門に向かう。途中で職場の同僚にばったり会う。そういう類の話などしたこともない人なのでびっくり。思わず手を振り、FB憲法9条の会の幟が林立しているはずの「希望のエリア」に急ぐ。

が、しかし、正門前に近づくと歩道に人がギッシリで進むに進めない。だって、反原発デモが始まって以来、歩道はずーっと工事中なのでただでさえ狭い上、正門前の横断歩道が封鎖されている 。
「スッタフで〜す、通してください」という人についていき、正門前交差点南東角まで辿り着く。
スタッフは柵を超えて道路を沿いに歩いていったが、結局私は、人だかりの先頭、防護柵にひっついて警官と向かい合わせの場所に。
後から後から人が来るので、後戻りもできず、もちろん柵があるので前にも進めない。
そこでしばらくコールをしていたら、さらに後から後から人が押し寄せてきて、そのうち「車道を開放しろ」コール。
人がギューッと押してくる。隣の若い女性が「人が押し寄せてきたら死んじゃう〜。」まさに警官との肉弾戦の様相。人がもっと増えたら、死ぬか公務執行妨害で逮捕される確率が一番高いのは私たちかも。「ごくいりいみおおい」なんて言葉も頭をよぎる。
あちこちで警官に怒号が飛ばされ、「道に出せ」「柵をどけろ」「なにやってんだ」「事故が起きたらどうするんだ」「柵をどけないからだ」などなど。警官は 「押さないでください」と言うけど、人がどんどん増えているんだから、先頭の私たちはやはり押される。「人が増えているんだから、押されます」「状況が変 わっているんだから方針を変えてください」と近くの警官に言うんだけど、そうか、全ての警官が自分の判断で方針を変えられるわけじゃない。「この状況を上 の人に伝えてください。」とも言ってみる。
そのうち、初老の男性が警官に「柵をどけろ」と言いながら肘を突き出す。隣の女性が「煽らないでください!」「何しにきたんですか」と怒ると男性は「危な からこうやってるんだ」すると弁護士(腕章をつけている)が「肘を出すのは止めましょう。」すると男性が「俺はどうなったっていいんだ!」と叫ぶので、思 わず私が「周りが困るんだ!!!」と怒鳴ったら、その人黙っちゃった。
隣の女性が「だからこの世代はダメなんだ。(警官に敵対的行動を取りことを荒立てる、という意味だと思う」と言うので私は「世代で括るのはよくないですよ。」すると女性が「そうですね。でもそういう人多いですよ。」私「そうでない人もいますって。」

運動の分裂は防がなきゃ!互いに「あの世代は」といがみ合うのは防がなくちゃ

という一念で説教モードに突入の私。

そのうち、気分の悪い人が続出、そういう人は柵を超えて避難する。杖を突き足元のおぼつかないような人たちまでが抗議に参加し、体調を崩す。どうなってんだ、この国は。
断続的に押しくらまんじゅうが続き、私の足も柵の下敷きになったり、カバンが柵に引っかかったり。隣の女性も「気分が悪くなりました」と言って救助されて 避難しました。押されるたびに、私は自分の身を守るために、圧力に逆らって押し返す。「なんで、味方を押し返さなくちゃならないんだ」と自責の念に駆られ る。
スタッフが、「これだけ増えたら広げざるを得なくなりますから、慌てないで、いきましょう。」と言うので、そうなのかな、と思っていたら、「柵を移動しま す」との号令。「お〜車道解放か?」と思ったら、10センチだけ柵を動かしました。10センチだけ???「この状況を維持」との上官の命令が各警官に伝達 される。
コールの合間に、警官と雑談する人もちらほら。結局現場の指揮は慣れた上官(?)が行うらしい。警備は今日も明日も連続出動らしい。石原知事の時に、警官は人員が大幅に減らされて仕事は増えているらしい。千葉県警の警官もいた。
「こんなにたくさんの人が来るとは思わなかった。」という警官も。
「こんなに酷いことを政府がするからですよ。」と言おうとしたが期を逸しました。

「戦争やめろ」「憲法守れ」「強行採決絶対反対」
警官たちだって、同じように思ってるんじゃない?と思いながら警官たちの目の前で鼻先で主張を繰り返しました。

7時から抗議に参加しましたが、時間を気にするのは野暮ではありますが、8時半も過ぎたし、少し歩道に余裕も出たので、霞ヶ関まで戻りました。
結局秘伝の家宝「4段畳みの竿」に幟を装着することは叶いませんでした。
膝窩部と肘と臀部の筋に少し痛みを感じながら帰路に着きました。
こんな切羽詰まった経験は初めてでした。
そういうわけで、写真もちょっとしか撮れませんでした。sirokuma1sirokuma2sirokuma3

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