10/27東京新聞の伊方再稼働同意問題【特報/核心】

今日の東京新聞は伊方再稼働同意一色だ。

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立ち上がる住民 脱原発諦めない 伊方再稼働同意に揺れる地元

【東京新聞・こちら特報部】2015年10月27日

愛媛県の中村時広知事が再稼働のゴーサインを出した四国電力伊方原発3号機(同県伊方町)。「こちら特報部」では、十五日に六十八歳で亡くなった元記者の近藤誠さんの連載「別冊 南海日日(にちにち)新聞」で再稼働問題に揺れる地元の様子を伝えてきただけに、住民不在の「同意」は看過できない。風雲急を告げる中、近藤さんの仲間たちに脱原発への思いを聞いた。 (木村留美)

伊方原発運転差し止め訴訟の口頭弁論のため、松山地裁に入る原告の「伊方原発をとめる会」メンバーら=7月14日、松山市で【顔写真】故近藤誠さん

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四国電力伊方原発3号機の再稼働反対を訴える人たち=23日、愛媛県八幡浜市で
伊方原発再稼働の是非を問う住民投票の実現を目指す集会=2月20日、八幡浜市で

 

説明会も公開討論会もなし

 南海日日新聞近藤さんの遺志継ぐ

伊方原発から半径十キロ圏内に入る愛媛県八幡浜市。伊方町の山下和彦町長が中村知事との会談で「再稼働を容認する」と表明した翌日の二十三日、脱原発グループの市民らが商業施設の近くで「原発いらん!」などと告かれた横断幕やプラカードを手に、「伊方原発、再稼働反対。ふるさと守れ」とシュプレヒコールを繰り返した。
抗議行動に参加した「八幡浜・原発から子どもを守る女の会」代表の斉間淳子さん(七二)は、近藤さんらと一緒に、地元の脱原発運動を引っ張ってきた。近藤さんは、淳子さんの夫・斉間満さん=故人=が一九七五年に八幡浜市で創刊し、二OO八年に休刊した「南海日日新聞」の最後の記者だった。
淳子さんは「原発と共存できないということを福島の事故で私たちは見てきたはずなのに、住民のことを何も考えていない」と怒りをあらわにした。同時に「私たちの仲間が先日亡くなった。生きていたら今日もここに来ていただろうと思うと悔しい」と近藤さんの死を悼んだ。
松山市の市民グループ「伊方原発をとめる会」は今月五日、再稼働を判断する前に公開討論会を開くことなどを県に求める十三万人余りの署名を中村知事に提出した。近藤さんは生前、「伊方原発では、このような署名運動はかつてなかった。ぜひ連載で書きたい」と願っていたが、かなわなかった。
山下町長は再稼働容認する際、「町民と話す機会は多く、意見を聴いている」と報道陣に説明したものの、住民説明会は開かれていない。愛媛県も、公開討論会の開催要求をまともに取り合わなかった。まさに住民不在である。
いま一度、冒頭の抗議行動に戻る。「伊方原発なくそう!八幡浜市民の会」メンバーの八木健彦さん(七二)は「住民の意見を聞いていると町長は言うけれど、町長の前で反対と言う人がどれほどいるのか」といぶかる。「知事と伊方町長が同意したとは言っても、事故が起きれば伊方町と周辺だげの問題ではすまない」
抗議行動中には、メンバーらに駆け寄って「頑張って」と直接声をかける人や、軽くクラクションを鳴らして通り過ぎる自動車も少なくなかった。
買い物中に足を止めて抗議を聞いていた男性(八一)は、原発が立地する佐田岬半島の伊方町三崎地区に住む。事故の際には避難が難しい場所だ。「原発ができた時から自分たちはいつか切り捨てられると思ってきたけれど、いよいよその日が近くなったようだ」と不安を隠しきれない。
四歳の子どもを持つ八幡浜市の主婦(三二)も「安全性について大丈夫と国や電力会社は言っているが信用していない。子どものことを考えれば再稼働は反対だ」と言い切った。

進む差し止め訴訟

 住民投票の準備も

伊方の脱原発グループは法廷闘争も繰り広げてきた。古くは、日本で最初の原発訴訟となった1号機設置許可取り消し訴訟、現在は、全三基の運転差し止めを四国電に求める訴訟の審理が松山地裁でヤマ場を迎えている。近藤さんは原告団の共同代表を務めていた。原告側の主張整理まで進んでいるが、結審は年明り以降になる見通し。原告側は、3号機再稼働前の早期判決を望んでいる。
訴訟の最大の争点は、原発から約六キロの瀬戸内海に走る巨大活断層「中央構造線」の危険性の評価だ。超巨大地震の可能性を指摘する原告側は「安全性を立証できない限り運転を止めるべきだ」と迫ったが、四国電側は答弁書で「何重にも安全対策を講じている」と反論。原発を運転できなければ「投資に見合う回収ができず、事業運営に影響を及ぼす」と主張する。
弁護団長の薦田-こもだ-伸夫弁護士は、四国電側の反論を「原子力規制委員会の審査に合格したから大丈夫ということ。全然話にならない」と一蹴。四国電側が、運転停止による経済的デメリットを強調している点にも、「札束で頬をたたいて純朴な人たちをだましてきた構造は今も普も変わらない」と憤る。
全国では、伊方を含む十五の原発や関連施設で差し止め訴訟などが係争中だ。
従来、裁判所の判断は国や電力会社の主張の追認に終始してきた。だが、昨年五月、福井地裁は関西電力大飯原発3、4号機(福井県おおい町)について安全対策の甘さを指摘し、再稼働を認めない判決(控訴審中)を言い渡した。福島第一原発車故後、初の判断として注目を浴びた。
今年四月、福井地裁は関電高浜原発3、4号機の再稼働差し止めを求めた仮処分についても、住民側の主張を認める決定(異議審中)をした。同決定では、原子力規制委の新規制基準についても「合理性を欠く」と踏み込んだ。
ところが一週間後、九州電力川内原発I、2号機(鹿児島県薩摩川内市)の差し止めをめぐる仮処分では、鹿児島地裁は新規制基準に「不合理な点は認められない」と判断し、住民側の訴えを却下(住民らが即時抗告)した。
こうした状況に顧問弁護士は「(却下となった)川内の訴訟でも、決定文に論理矛盾があった。司法の側も問題点を十分認識しており、勝つ可能性は十分にある」と自信を見せる。「これをやれば原発が止まるという手段がない中で、裁判は勝てば止めることができる。有効な手段だ」
脱原発グループは法廷闘争とともに、住民の再稼働への意思を示そうと、八幡浜市で住民投票の実現を目指している。斉間さんは「原発について行政任せではなく、自分たちのことは自分たちで決めていかなくてはいけないと、市民が考えるきっかけにしてほしい」と期待する。
取材の最後、近藤さんの妻・亨子さん(六一)を八幡浜市の自宅に訪ねると、亡くなる四日前の十一日、入院先から伊方原発ゲート前の集会に参加した際に撮影した写真を見せてくれた。写真の姿は痩せて顔色も悪かったが、その訴えは「電力の皆さんも含め、原発をなくす社会づくりをしていきたい」と力強かった。
亨子さんは「廃炉を目指し、ずっと取材してきた人。廃炉にならないうちに死んだことは本当に無念だっただろう」と声を詰まらせたが、「少し休んだ後、また活動を再開したい」と前歪向く。「廃炉を目指していた夫の遺志をそのまま引き継ぎ、八幡浜のきれいな海と山を守っていきたい」

★☆デスクメモ☆★
「別冊南海日日新聞」では、二O一二年三月から今年四月まで計五十六本の記事を掲載した。その大半を私が担当した。近藤誠さんと最後に電話で言葉を交わしたのは今月六日。「記者を派遣するが、ぜひとも話を聞きたい」と依頼したところ、快諾してくれた。しかし、間に合わなかった。無念である。(圭)

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福島の教訓 置き去り 伊方再稼働 知事同意

【核心】2015年10月27日

愛媛県の中村時広知事が二十六日、四国電力伊方(いかた)原発3号機(愛媛県伊方町)の再稼働に同意し、年明け以降、動きだす見通しとなった。しかし、いまだに住民の避難に不可欠な道路の整備さえ終わっていない。県は専門家による委員会で安全対策を検証した上の同意だと強調するが、安全性だけでなく、新たに中立・公平性を疑わせる問題も浮上した。 (荒井六貴、小倉貞俊)

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事故伝えぬ展示 避難ルート整備途上

★まるで3・11前

知事が四国電力社長に再稼働への同意を伝えた午前十時ごろ、原発への理解を求めるため県や伊方町が設立した伊方原子力広報センターを訪れた。
センターは県OBの再就職先になっていたほか、運営費として毎年二千万円が四電から寄付されていた。この問題は、本紙が原子力にからんだ天下りを取材していた過程で判明。本来なら事業者とは別に中立・公平な立場で県や伊方町が広報する施設なのに、四電抜きには存続できない状況だった。
展示物を見て回ったが、福島の原発事故以前の情報が多く、3・11前に戻ったかのようだった。
福島の原発に関する展示は一切なかった。重大事故を起こした旧ソ連チェルノブイリ原発の断面図の脇には「日本の原発と構造的に異なり、同じような事故は極めて考えにくい」と、昔ながらの解説文を添えていた。原発の発コストは安く、環境にも優しいとPRし、地震や津波対策も十分だとした安全性を訴える展示が並んだ。
伊方原発は細長い佐田岬半島に位置し、地形そのものが事故時の住民避難や収束作業の障害になる。行政の施設だからこそ、避難計画の内容を住民に理解してもらう場になるはずだが、何の展示もなかった。
福島の事故後、ほとんどの展示物を更新していないのは明らかで、センターの担当者に問うと、「展示物のリニューアルを考えてはいるが、資金的に難しい。(原発に関する大きなニュースがあるときには)新聞のコピーを掲示するなどで対応している」と答えた。

★ 完成はまだ先

伊方原発の周囲も見て回った。事故に備えた道路の拡幅などは、どれもまだ工事中の状態だった。
事故時に資材を運び込むため、敷地の急傾斜地の途中に緊急用ヘリポートを建設する工事が進められてきた。のり面が固められ、ヘリポートらしき平面も見えてきたが、完成するのはまだ先だ。
外部からの支援や住民避難の重要なルートの一つが半島北側の海沿いを走る県道。途中、崖崩れの危険地帯がいくつもあるため、拡幅工事が続けられてきたが、これも継続中だった。
少なくとも再稼働には間に合わないように見えた。

★隣県からノー

伊方原発がある愛媛県に隣接する高知県では、三つの市町村議会が相次いで再稼働反対の意思を表明している。重大事故が起きれば県境を越えて放射能被害を受けかねないためだ。
原発から約百二十キロ東の香美-かみ-市議会は九月定例会で、伊方原発を動かさないよう求める意見書を決議し、首相と衆参両院議長に送った。「毒性の強いプルトニウムを混ぜたMOX燃料を使い、事故時の被害は甚大となる」と懸念を示し「夏も冬も電力不足は生じておらず、再稼働に切迫性はない」と指摘している。
ともに伊方原発から約百六十キロ離れている高知県田野町と北川村の両議会も九月、再稼働反対の意見書を決議し、愛媛県知事と経済産業相に送った。「高知県のどの市町村も原発から五十~二百数キロ圏にあり、すべて(偏西風の)風下に当たる。自然環境のすべてを一瞬で失う恐れがある」としている。

tkkakushin02(上)緊急用のヘリポートの建設工事が続く伊方原発の敷地。急な坂道の下に原子炉建屋はある=26日、愛媛県伊方町で
(下)佐田岬半島の付け根にある四国電力伊方原発=5月、同町で

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原発広報施設に四国電マネー 愛媛県、伊方町が設置 揺らぐ中立

【東京新聞・社会】 2015年10月27日 朝刊
http://www.tokyo-np.co.jp/article/national/list/201510/CK2015102702000114.html

1/3出資 運営の4割寄付

知事が四国電力伊方(いかた)原発(愛媛県伊方町)の再稼働への同意を表明した愛媛県で、県や町が独自に設置した原子力広報センターの設立費用や運営費に、四電からの多額の出資や寄付金が充てられていたことが分かった。新潟県の同種施設では全額自治体が出資。立地自治体には、原発安全性を監視する役割も期待されるが、電力会社と共同での原発PRに、中立性を疑う指摘もある。 (荒井六貴)
問題の施設は、伊方町役場とは道路を挟んだ場所にある伊方原子力広報センター。四電のPR施設とは別に、県などが独自に、市民に原発のことを知ってもらう施設として設けた。
運営は同名の公益財団法人が担うが、愛媛県や伊方町、四電の三者がそれぞれ二百万円を出資し、一九八三年四月に設立された。法人登記簿の目的欄には「原子力の平和利用の円滑な推進に寄与する」と書かれている。
常勤理事には、伊方町を管轄する県南予地方局の総務県民課長OBが再就職し、役員には山下和彦町長や県幹部、伊方原発所長ら四電幹部三人も名を連ねている。
現場でセンターの展示を見ると、東京電力福島第一原発事故には全く触れていない一方で、原発全般の安全性や必要性を強調する内容になっていた。
毎年の運営費は、約四千八百万円の事業費のうち約二千八百万円は県と伊方町からの委託事業となっているが、残る二千万円は寄付金で約四割に当たる。センターに取材した結果、全て四電からで、ここ数年は同額ずつが寄付されてきたと分かった。
県原子力安全対策課の二宮久課長は、本紙の取材に対し「独自に専門家による委員会をつくり、伊方原発の安全対策を検証してきた」と中立性が担保されていると強調する。
その上で「原子力規制委員会の議論もチェックしている。センターに委託する事業費は県で負担しており、電力会社と一体化しているということはない」と説明している。
東電柏崎刈羽原発(新潟県)の近くには、同県の柏崎原子力広報センターがあるが、出資金も運営費も自治体だけで賄っている。

一線を画さなくては

五十嵐敬喜(たかよし)法政大名誉教授(公共事業論)の話 福島の事故の教訓の一つは、監視役である行政は、推進側の電力会社と一線を画さなければならないという点だ。今回のセンターの問題は、教訓に全く学んでいないことを示している。原発は安全だとPRしたい電力会社の意向に、県と町が乗ってしまっている構図だ。中立性が疑われる。

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