12/21政府核隠し 70年前と変わらない/被爆2世ジャーナリスト森川さん/『原子爆弾テロ概言』出版【東京新聞・特報・右】

森川さんの体調はどうなのだろうか?心配だ。

今朝びっくりしたのは「例のろくでもない社労士」のブログをキャッシュから拾ってきた記事が4ケタの参照になっていたこと。
12/10の特報を文字おこししようかしら。

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政府核隠し 70年前と変わらない

被爆2世ジャーナリスト森川さん

『原子爆弾テロ概言』出版

2015年12月21日【東京新聞・こちら特報部・右サイド】

「原子爆弾テ口概言」を出版した森川方達さん=神奈川県鎌倉市で

被爆二世のジャーナリスト森川方達-ほうたつ-さん(六O)=神奈川県鎌倉市=が、原爆をめぐる情報隠しに躍起となった日米両政府を批判する「原子爆弾テロ概言」(現代書館)=写真=を出版した。五百ページ超の大作で、執筆のきっかけは東京電力福島第一原発事故だった。「政府の核隠しは、現在も七十年前も変わらない」と話す。(池田悌一)

「戦後の日本は『核の平和利用』という名目で原発政策を進めてきたが、3・11以降、その名目の疑わしさが露呈した。放射線の人体への影響を軽んじる政府の姿勢は、原爆投下時と何ら変わらなかったわけだから。日本にとってこの七十年は何だったのか。正確に記録することで、現代の問題点を浮かび上がらせたかった」
背表紙に「ヒロシマ」「原爆」などと書かれた赤茶けた書籍で埋まる自宅兼事部屋で、森川さんは自著について語り始めた。
一九五五年広島市郊外で生まれた。近くに、バラック(粗末な建物)が密集するいわゆる「原爆スラム」が残っていた。原爆投下の自に市中心部に入った父から「地獄図。俺の丸メガネにも、いつの間にか黒い雨粒がこびりついていた」と聞かされて育った。
なぜスラムが形成され、住民はそこへ追いやられたのかー。疑問を抱いた。カメラを片手に、どぶろくを飲ませるおでん屋などに出入りし、居合わせた大人から被爆体験や怒りの声を聞き出した。
集めた声を十代後半のころ、月刊誌に記事として掲載。以後、フリーライターとして活動し、戦争やジャーナリズムなどをテーマに したドキュメンタリーを数多く手掛けた。
今回の「原子爆弾テロ概言」は公権力による情報隠しに焦点を当てた。
その一つ、四四年十二月に三重県沖で発生し、多数の死者を出した昭和東南海地震。米紙ニューヨーク・タイムズが「日本で大地震」と大きく報道したのに、国内では「地震被害は軽微」「たちまちの復旧」などと報じられた。軍部が「国民の戦意を低下させる」として報道を規制したからだった。
そして原爆投下。米大統領は「原爆を広島に搭とした」と公表したが、大本営は「新型爆弾」と発表した。作家の高見順は新聞記者の義兄が投下直後に「広島が原爆でやられた」と話していたと書き残しているが、在京紙は発表通り新型爆弾と報道した。森川さんによると、原爆と伝えたのは十一日以降で敗戦後、連合国総司令部(GHQ)が九月に報道を規制し、「原爆」を報じることは再びできなくなった。
広島の詩人、栗原貞子が雑誌に原爆の記事を書こうとしたところ、GHQの大尉に呼び付けられ、「原爆の惨禍がなお続いているという表現は、書いてはならない」と言われたエピソードを紹介している。
森川さんは「核の情報が隠されたことで市中心部にとどまり、被爆し続けた人は数多くいる」と指摘した上で、「政府は反省したはずなのに、福島の原発事故の際も必要な情報をすみやかに公表しなかった。メディアも真実を伝える努力を怠った」と批判する。
戦後七十年。本書は森川さんにとって集大成ともいえる作品だ。森川さんは「放射線の脅威にさらされたという点では、原爆も原発事故も変わらない。核をめぐる政府の動きを、現代のまなざしで読み解く契機にしてほしい」と語った。

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『原子爆弾テロ概言―憂悶の反核文学者宣言から七〇年』
森川 方達 (著)
単行本: 558ページ
出版社: 現代書館 (2015/11)
ISBN-10: 4768457738
ISBN-13: 978-4768457733
発売日: 2015/11
¥ 5,724

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