【2/16東京新聞・社説】「電波停止」発言 放送はだれのものか【2/12声明】高市総務大臣の「電波停止」発言に厳重に抗議し、大臣の辞任を要求する=放送を語る会、日本ジャーナリスト会議

高市早苗の「米国議会立法調査員だった」と経歴詐称した問題を皆忘れていないよ。
「原発事故で死んだ人はひとりもいない」とも言ったのを忘れていない。
2014年9月12日にはネオナチの記事もあった。
http://wp.me/p1WlR2-1PL

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「電波停止」発言 放送はだれのものか

http://www.tokyo-np.co.jp/article/column/editorial/CK2016021602000137.html
2016年2月16日【東京新聞・社説】

放送局に「電波停止」を命じる可能性に言及した高市早苗総務相の発言が波紋を広げている。政権の“脅し”とも受け取れるからだ。放送とは国民のものであるという原点に戻り考えるべきだろう。

問題の発言が飛び出したのは、八日の衆院予算委員会だった。「放送事業者が自律的に放送法を守ることが基本だ」としたうえで、高市氏は「放送事業者が極端なことをして、行政指導しても全く改善しない場合、何の対応もしないとは約束できない」と答えた。

放送局に電波停止命令を出す可能性について問われたときも「将来にわたり全くないとは言えない」と述べた。

確かに電波法七六条では、総務相は一定期間の電波停止命令ができると定めている。テロ参加を呼びかける放送など極端な場合だと高市氏は説明している。

だが、問題となっている放送法とは、同法四条のことだ。「政治的に公平であること」「報道は事実をまげないですること」などを規定している。

政治的公平性とは、立場によっていかなる解釈をもとることができる。ある人から見れば、公平であっても、意見の異なる人から見れば、偏向していると映る。およそ判定のつかない、極めて抽象的な概念である。

だから、この四条の規定は、放送事業者が自らの放送倫理、良心に基づいて自律的に守るべき倫理規定だというのが、一般的な考え方だ。そもそも放送法の目的は「放送による表現の自由を確保すること」にあるのだ。民主主義の基礎である。

戦前・戦中は政府の検閲があり、放送は自由ではなかった。逆に政府や軍部の宣伝機関として利用されてきた歴史がある。戦後の放送法制定時には、その反省に立って、「放送による表現の自由」をうたったのである。

もし、四条が倫理規定でなく、担当大臣が放送をチェックする根拠法ならば、放送内容が公平なのかどうかを権力側が判断することになってしまう。自由な放送どころか、権力側が放送局を縛る結果となるわけだ。

高市氏の発言が、放送局の現場を萎縮させないか心配だ。「電波停止」という、放送事業者にとって致命的な手段をちらつかせるのは、厳に慎むべきだ。国民に必要な十分な情報と知識を与えるためにも、放送局は毅然(きぜん)とした姿勢を保ち続けてほしい。

【声明】高市総務大臣の「電波停止」発言に厳重に抗議し、大臣の辞任を要求する=放送を語る会、日本ジャーナリスト会議/2016年2月12日

http://jcj-daily.seesaa.net/article/433733323.html
2016年02月12日【Daily JCJ】
2月8日と9日、高市早苗総務大臣は、放送局が政治的公平性を欠く放送を繰り返したと判断した場合、放送法第4条違反を理由に、電波法第76条に基づいて電波停止を命じる可能性を表明した。

「国論を二分する問題について一方の政治的見解を取り上げず、ことさらに他の見解のみを繰り返す放送」など、さまざまな条件・留保をつけての答弁であるが、この主張の核心は、権力が放送における言論、報道の内容を審査し、その内容によって行政処分ができるというものである。憲法が保障する言論・表現の自由にたいする許しがたい攻撃だと言わなければならない。

このような主張を持つ人物が、放送を所管する総務大臣の職にあることを到底認めることができない。高市大臣は速やかに職を辞すべきである。
高市大臣は、電波停止処分は放送法第4条の「政治的に公平であること」に違反する場合だとする。しかし、多くのメディア法学者が一致して主張するように、この規定は放送事業者が自律的に実現すべき性格の倫理規定である。

放送法は、放送事業者に不偏不党を保障し、表現の自由を確保することを目的に掲げている。特定の政治的勢力の不当な介入を排除する趣旨であり、それを保障するため放送法は第3条で「放送番組は、法律に定める権限に基づく場合でなければ、何人からも干渉され、又は規律されることがない」としているのである。  このような精神をもつ放送法が、「政治的に公正であるかどうか」を行政の判断に委ね、処分を認めるはずがない。
もし高市大臣が主張するような停波処分が可能であるとすれば、その判断に時の総務大臣の主義、思想が反映することは避けられない。仮に高市大臣が判断するとした場合、氏はかつて「原発事故で死んだ人はひとりもいない」と発言して批判をあび、ネオナチ団体代表とツーショットの写真が話題となり、また日中戦争を自衛のための戦争だとして、その侵略性を否定したと伝えられたこともある政治家である。このような政治家が放送内容を「公平であるかどうか」判定することになる。

時の大臣が、放送法第4条を根拠に電波停止の行政処分ができる、などという主張がいかに危険なことかは明らかである。

政府の行為や政策が批判すべきものである場合、放送による報道が批判的な色彩を強めることは自然である。今回の高市大臣の発言は、安保法への批判の高まりを意識して、そうした報道を牽制する意図があると評されても否定できないであろう。
高市大臣の発言を安倍首相も菅官房長官も擁護した。このことは現政権がテレビ報道に対し高圧的、抑圧的であることを改めて示した。

我々は、このような総務大臣と政権の、憲法を無視し、放送法の精神に反する発言に厳重に抗議し、高市大臣の辞任を強く求めるものである。

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