「 2月10日 (水) 熊取6人組 」二木洋子さんのブログ(いきいき日誌)より

一年前の原子力安全問題ゼミでもお会いした二木さんと今年も会場でお会いしたので、2/28(日)14時高槻市役所前集合の「第3回 3.11福島を忘れない高槻deパレード」のチラシをお渡しした。( 去年の高槻deパレードでは、二木さんに大雨の中皆の荷物運びを手伝わせてしまったことがあった。その節はありがとうございました)

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2月10日 (水) 熊取6人組

【草の根市民とともに 二木洋子 いきいき日誌】より
http://www3.osk.3web.ne.jp/~wasabi/index.html#20160210

午後2時から、京都大学原子炉実験所(熊取)で、第112回原子力安全問題ゼミが開かれ、参加しました。
熊取6人組の中で一番若い今中哲二さんがこの春に退官されるため、とうとう最後のゼミとなりました。
会場は全国から駆け付けられた皆さんで超満員でした。

futakiyoko_kumatori6_v1司会は昨年退官された小出裕章さん、最初にポロジミール・ティヒーさん(ウクライナ)が「チェルノブイリ-この30年のそして現在における意味」と題して講演され、続いて今中さんが「福島原発事故から5年」と題して講演されました。
そのあと、海老沢徹さん、小林圭二さん、川野眞治さん、小出裕章さんの挨拶があり、質疑応答や意見などが交わされました。
そして、最後のゼミは大きな拍手に包まれ、閉会となりました。
1980年6月から続けられた原子力安全問題ゼミ、全国の反原発運動の科学的根拠を市民と共有する場でした。ほんとうに長い間、ご苦労様でした。

午後7時からは会場を変え、懇親会でした。
まず、6人組の撮影会、今中さんが亡くなられた瀬尾健さんの遺影を抱かれ、全国から駆け付けられた皆さんが次々とシャッターを切られていました。futakiyoko_kumatori6_v2
そして、今中さんの友人の皆さんの挨拶が続きましたが、最後は息子さんが父への思いを語られ、全員で記念写真撮影をし、長い熱い一日が終わりました。

6人組の皆さんとは、田中角栄内閣総理大臣に対し、原発設置許可の取り消しを求めた「伊方原発行政訴訟」をごいっしょさせていただきました。
私の脳裏には、40年前の6人の皆さんのお姿がしっかり焼き付いています。
理科が苦手な弁護士の皆さんそれぞれに担当研究者がつき、一からレクチャー、国の安全審査のずさんを立証するための論拠をどのように展開するか、議論が続きました。
どれだけ会議を開いたことか、合宿をしたことか、思い出はつきません。
この行政訴訟を通じて、原子炉等規制法などの法律を読むことができるようになり、いかに霞が関はずさんないい加減なことをしているかを知りました。
情報公開の重要性を知ったのも、この裁判を通じてです。

私は全共闘世代ですが、当時は学問のあり方が問われ、産学共同は否定され、住民サイドたって発言される研究者がたくさんおられました。
現在は、産学共同は当たり前、当時に比べると、住民サイドにたつ研究者は少なくなっているように思います。
そういう意味でも、112回もゼミが続けられたのは、6人組の皆さんが研究者はどうあるべきか、身をもって示されてきた結果ではないでしょうか。

6人組の皆さんが、退職後も反原発運動の中にいてくださることは大きな支えです。
私も微力ではありますが、これからも筋を通して生き抜こうと、大きな元気をもらって帰ってきました。

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