2/22「熊取6人組」今中哲二さん最後の原子力ゼミ(2)「放射能汚染と100年と付き合わねばならない日本」【アジアプレス】

うずみ火講座の「今さら聞けない原発の話」では、今中さんの会は2011/12/3が初回で、その時に聴きに行ってから新聞うずみ火を購読するようになった。
この記事はジャーナリスト講座で学習する記事の書き方のお手本のようだと思う。

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「熊取6人組」今中哲二さん最後の原子力ゼミ(2)「放射能汚染と100年と付き合わねばならない日本」

2016年2月22日 10:38 【アジアプレス】
http://www.asiapress.org/apn/archives/2016/02/22103804.php

大阪府熊取町の京都大原子炉実験所で反原発を訴えてきた研究者グループ「熊取6人衆」の今中哲二さん(65)が3月末の定年退職を前に、最後の「原子力安全問題ゼミ」で講演した。講義のテーマは「福島原発事故から5年」。今中さんは「日本はこれから50年、100年と放射能汚染と付き合っていく時代になった」と話す。(矢野宏/新聞うずみ火)

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「熊取6人衆」全員がそろった最後の「原子力安全ゼミ」。左から海老沢さん、瀬尾さんの遺影を持つ今中さん、川野さん、小林さん、小出さん(大阪府熊取町で2月に撮影・栗原佳子)

震災発生の翌12日に1号機が水素爆発を起こし、14日には3号機も水素爆発を起こした。大変な放射能汚染が起きていることは明らかだったが、まったくと言っていいほど情報が出てこない。「これは隠される」と思った今中さんは、自分たちでデータを取っておく必要があると考え、この年の3月28、29の両日、福島県飯舘村に入った。

飯舘村は福島県浜通りの北西部にあり、福島第一原発から半径30キロ圏外。このときは避難指示区域にも指定されていなかった。

「放射能に汚染されているといっても放射線量の高いホットスポットがあるぐらいだろうと思っていたが、村の南側の長泥曲田(ながどろまがた)地区で測ると1時間あたり30マイクロシーベルトだった」

労働基準法で18歳未満の作業を禁止している放射線管理区域の約50倍。そんな放射能汚染の中で、飯舘村の人々が普通に暮らしていたことに驚いたという。

今中さんは、村民の初期放射線被ばく評価に関する研究に参画。498戸1812人に聞き取り調査を行い、行動データから得られた被ばく分布を作成した。

震災からまもなく5年。今中さんは「除染という名の環境破壊が行われている」という。除染で出た汚染物を入れたフレコンバッグが村のいたるとこに積み上げられている。

「飯舘村は人口6000人の村ですが、毎日7500人の作業員が除染作業を行っている。1日あたりの1人の諸経費を5万円とすると3億7500万円。1年で約1000億円。飯舘村全体の除染費用だけでこれまで3000億円が投じられている。しかも、除染したところで放射線量が下がるのは半分以下。一番大事なのは被災者の生活再建。そのために有効に使われているとは思えない。福島全体だと『兆』という金だが、どこへ流れるのか。ゼネコンだ。日本は一つの方向へ動き出すとチェック機能がない。これが問題」

放射線の中のセシウム137の半減期は30年。今中さんは「日本はこれから50年、100年と放射能汚染と付き合っていく時代になった」という。

「怖い怖いではなく、放射能がどういうものでそれを浴びるとどういうことが考えられるのか、それぞれが知識を持ち、判断しなければならない世の中になってしまった」

福島の教訓として、今中さんは避難区域の除染政策の見直しに加えて、「日本に住んでいる人全員の被ばく量評価を行い、しかるべき健康追跡調査を国の責任で行うこと。行政の意志決定や政策実行に関わる役人や政治家に間違いや不作為があった場合にはヒアリングを行って個人責任を問うシステムが必要だ」と訴えた。

今中さんは定年後について、「福島にはずっと関わっていきたい。私にもまだ役に立つことはあると思うので」と語り、最後の原子力ゼミを締めくくった。(了)
【矢野宏/新聞うずみ火】

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