2/29第五福竜丸元甲板員・小塚さん 先月死去/「被ばく」認定、訴え届かず【中日新聞・静岡】

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第五福竜丸元甲板員・小塚さん 先月死去

◆「被ばく」認定、訴え届かず

小塚博さんの遺影を前に語る長男勉さん。小塚さんは海が好きで、米国への恨みなどは何も語らなかったという=牧之原市落居で

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 一九五四年に太平洋ビキニ環礁で米国が実施した水爆実験で被ばくした焼津市のマグロ漁船「第五福竜丸」の元甲板員、小塚博さんが一月二十六日、八十四歳で亡くなった。小塚さんは十六年前、被ばく治療による輸血でC型肝炎を発症したとして、船員保険の再適用を初めて認められた。だが公式に被ばくを認定されたとは言えず、病と闘いながら救済を訴え続けた人生だった。第五福竜丸の被ばくから三月一日で六十二年を迎える。

 小塚さんは東京の病院で一年二カ月入院した後、目の前に駿河湾を望む牧之原市の自宅に戻り、再び遠洋漁船に乗った。農業や土木の仕事もし、働き詰めで家族を養った。五十代で胃がんを患い、九三年にC型肝炎の感染が分かった。

 九八年九月、浜松市の生協きたはま診療所長聞間元(ききまはじめ)医師(71)らの支援で、船員保険を再適用し療養費をもらえるよう静岡県に求めた。翌年、不承認となり、県の社会保険審査官に審査請求したが棄却された。

 小塚さんがつらそうに「もうやめたくなっちゃった」とつぶやくのを、長男勉さん(57)=牧之原市落居=は覚えている。諦めず国の社会保険審査会に再審査を請求した結果、二〇〇〇年七月、再適用が決まった。

 しかし適用対象は、C型肝炎に関する症状だけ。医療費が原則無償になる被爆者健康手帳の交付は、広島・長崎の被爆者に限られ、米国が見舞金を支払って「政治決着」したビキニ被ばくには、広島・長崎と同等の国の救済措置はない。小塚さんはその後も前立腺がんなどを患い、最期は肺炎で亡くなった。

 病院に被ばくと病歴を何度も説明してきた勉さんは「被爆者健康手帳があれば」といつも思った。「おやじは手帳をもらえなかった。国にもっと動いてほしかった」

 一方、聞間医師は現在、第五福竜丸以外の多くの船も、ビキニ被ばくの被害を受けていると訴え、元船員たちの船員保険適用を求める活動に加わっている。

 第五福竜丸の乗組員は、ビキニ被ばくによる当初の治療の際に船員保険で療養費を受けられたが、他の船の船員は、がんや心筋梗塞がビキニ被ばくに起因していると実証しなくてはならない。それでも聞間医師は「少しでも国に訴えていかなければ道は開けない」と、訴えを続ける覚悟だ。

(神谷円香)

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