3/4外で遊べない現実知った 福島の子と交流 原動力/大飯原発訴訟の原告 鯖江の主婦 法廷に立つ【日刊県民福井】佐々本さんの陳述書

この裁判の直前に高浜原発事故の報が入ったと中日新聞にあった。裁判長はどう思われただろう。記事中の陳述書はすぐ見つかった。

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外で遊べない現実知った 福島の子と交流 原動力

 大飯原発訴訟の原告 鯖江の主婦 法廷に立つ

2016年3月4日【日刊県民福井】

kenmin160304_sabae福島の子どもたちを招いたキャンプのチラシを手に母親としての思いを語る佐々本真子さん=鯖江市内の自宅で
名古屋高裁金沢支部で二月二十九日にあった関西電力大飯原発の運転差し止め訴訟の控訴審で、一人の原告女性が法廷に立った。訴えたのは三人の子を持つ母親としての不安。彼女の背中を押したのは、県内で毎年開かれるキャンプで福島県の子どもが口にした言葉だった。 (高橋雅人)

女性は鯖江市の主婦佐々本真子さん(43)。意見陳述で「未来に思いをはせてください」と訴えた。「人前で話すのは苦手。裁判も積極的にやっているわけではない」という佐々本さん。原告になったのは友人に誘われたから。デモや原告集会には参加したこともない。それでも陳述を引き受けた。伝えたいことがあったからだ。

福島県の子どもを招いて、毎年夏に福井県内各地で行われるキャンプ。「子どもたちにただ自然の中でのびのびと遊んでほしい」と素朴な思いでスタッフとして参加してきた。二〇一三年、白河市から参加した小学一年生の男の子にこう聞かれた。

「この土、触ってもいいの?」

普段の生活が思い浮かんだ。内部被ばくの危険から「外で遊んではいけない」と言われる子どもたち。中には海水浴をしたことがない子もいた。「子どもが土いじりをしたり、海で泳ぐのは普通のこと。福島にも山があって、海もあるのに」。被災地の現実を突きつけられた。

福島の子どもたちや保護者と毎年接し続けてきたからこそ、気づいた変化もある。「キャンプに参加すること自体を家庭内や近所で言えなくなっている」。除染など復旧作業が進む中で、周囲に過敏だと受け止められるのを恐れ、放射能への不安を口にできない傾向が強まっているように感じている。

佐々本さんが携わるキャンプの参加人数は延べ百人を超えた。年賀状や手紙をくれる子どももいる。「福島の人の声を聞いているからには、母親の気持ちを伝えていかないといけない」。福島の親子たちとの出会いは佐々本さんが一歩を踏み出す原動力になっている。
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記事中の鯖江の主婦佐々本真子さんの陳述書↓
http://adieunpp.com/download&link3/kousai7/tinnjyutu_sasamoto.pdf

  陳述書

       佐々本真子

私は鯖江市に住む、三人の子を持つ母親です。子育て、家事、仕事に家業と毎日を慌ただしくも、平凡に暮らしていました。原発事故が起こらなければ今日、この場に立つことはきっとなかったでしょう。
あの日から私たちの住む世界は変わってしまいました。それでも日々は過ぎていきます。
子どもたちは日々成長していきます。
その子どもたちにどんなバトンを渡すのか、それを左右するのがこの裁判だと思い、こうしてここに立っています。

2011年3月11日、東北地方を大きな地震が襲った時、私は職場から家に帰る途中でした。
車のラジオから流れるニュースでそのことを知りました。

家に着くなりテレビをつけました。津波が町を飲み込んでいく それを目の前にして泣いている小学生くらいの女の子がそこに映っていました。どうすることも出来ない現実がそこにありました。
さらに次の日、福島第一原発が爆発したということを知りました。
それまで私は、福井に原子力発電所があることは知っていても自分が30キロ圏内に住んでいることさえも知りませんでした。それくらい無知であり、ある意味日本の原発を信じていました。
まさかチェルノブイリのような事故は起こさないだろうと思っていました。ニュースでは水素爆発だから大丈夫だというようなことをアナウンサーが言っていました。無知な私はそのまま、その言葉を鵜呑みにしていました。
しかし、事実はそうではありませんでした。原子炉はメルトダウンし、放射性物質は空気中に拡散、福島をはじめ広い範囲に汚染が拡大していきました。
友人から「子どもたちにマスクをさせて」と連絡がありました。今、原子炉がどうなっているのかという予測も教えてくれました。え?マスク?ここまで関係あるの?それが正直なきもちでした。でも念のためと思って登校する子どもたちにマスクをさせました。
後にわかるのですが放射性物質をのせた風はここまで飛んできていたことが当時政府が発表しなかったスピーディのデータから明らかになっています。
原発事故で、真っ先に頭に浮かんだのはチェルノブイリの事故でした。これからいったい日本はどうなってしまうのか、本当のことを知りたい、けれどニュースを見ていても、国も保安院も正確なことはなにも伝えてくれない。唯一、当時の枝野大臣はこう述べられました。
「直ちに影響はありません。」
この言葉の意味は将来はどうなるかわからないということです。私は不安を抱きました。すぐに食べ物のことを考えました。シーベルト、ベクレル、今まで聞いたことの無かった言葉がニュースでも飛び交うようになりました。ホウレンソウや牛肉が汚染されているという報道、赤ちゃんが飲む粉ミルクにセシウムが検出されたこと。これが原子力発電所の事故だから起こる影響です。

福島の友人の話をします。

友人の息子さんはよく牛乳を飲む子です。だから彼女は牛乳が汚染されていないであろう福島県外の牛乳を飲ませていました。しかしその後、食品の放射能測定器で調べてみたところ、飲ませていたその牛乳にセシウムが含まれていました。そして福島県内の牛乳にセシウムは検出されなかった。これは一体どういうことでしょう。
調べたところ、福島県内では汚染されているから牛の飼料を海外のものに変えるようにとの通達があったそうです。それ以外の関東地方の牛は汚染されてしまった飼料をそのまま与えられていたということなのです。この事実を知った母親の気持ちを想像してください。
すべての食べ物についてそのことが言えます。どこでとれたとしても、土が汚れていたら、海が汚れていたら、飼料が汚染されていたらその食べ物は汚染されるのです。
私も放射線を調べる機械をかりて測定しました。2012年3月近所のホームセンターで売っている大手メーカーの土は16 3ベクレル/Kgでした。
ここ福井までその土は運ばれています。風評被害という言葉がありますが、もはや実害です。事実、土も、海も汚染されているのです。事故さえなければそんなことはおこらなかった。こんなに食品のことを心配しなければならない時代がくるとは、思ってもみませんでした。それが私たちが無知であり、原発について無関心でいた結果です。

皆さんはご存じかと思いますが1ベクレル/Kgの放射性物質とは「1秒間に一個の放射線を出す物質」です。体内に取り込まれたら体から排出されるまで放射線を出し続けて細胞を傷つけることになります。種類によって体が栄養と間違えて蓄積してしまうそうです。
セシウムは全身、特に筋肉に、ストロンチウムは骨に、ヨウ素は甲状腺に蓄積される。
そうなった時に体のなかで1ベクレル/Kgで1秒間に一個放射線を出すのです。日本では食品の放射性物質の基準値は事故前はヨウ素もセシウムも10ベクレル/Kgでした。現在は10倍の100ベクレル/Kgです。今までは10ベクレル/kgが駄目だったのに今は99ベクレル/Kgまで大丈夫になりました。そのことがどんな意味をもつのか、これを理解している政治家は何人いらっしゃるでしょうか。
日本に暮らす人の命の源を傷つけているということなのですが、この国の人はそれを無かったことにしたいらしいし、わかっていても命よりも経済を優先する人の力の方が強いのです。
「今まで、だ、ってたくさんの核実験が行われていた。チェルノブイリの事故もあった。食べ物は今まで、だって汚染されているよ。神経質すぎる。」。
私のように心配する母親は今の日本の国にいる大半の人にこのように言われています。
日本に住む以上被ばくを受け入れなければならないと言うことは百も承知です。
しかし、少しでも内部被ばくを減らしたいという思いは神経質なことなのでしょうか。
子どもたちのいのちを守る、当たり前の事だと私は思っています。
事故が起きてから、毎年夏になると仲間と一緒に福島の子どもさんの保養キャンプを開いています。
それは、チェルノブイリの事故の後、子どもたちを汚染地から離して生活することが身体にとても良いというデータがあることを知ったからです。
ほんの一週間ですが子どもたちは自然の中で体いっぱい使って遊びます。
でも、その中でショックな言葉がありました。「このつち、さわってもいいの?」
子どもは本来、土で遊ぶものです。外でのびのびと遊ぶものです。今まではそれが当たり前だった。なのに、ある日突然「その土さわっちゃ駄目!」と言われた時の気持ちはどんなだったでしょう。子どもの口からこの言葉を聞いた時、とても厳しい現実を突きつけられました。
学校から外で遊んではいけないという指導があったとキャンプに来ていた子どもが言っていました。そしてその後の言葉はこうです。「でも、そんなのみんな守ってないよ」
彼らは外で遊びたいのです。当たり前のことです。しかし外遊びをすると、リスクがついてくる。一体どんな時代なのでしょうか。彼らを守る方法はないのでしょうか。
よく、「福島に住んでいるなんて信じられない、早く移住すれば良いのに」そんな言葉を耳にします。私も実は、初めはそう思っていました。でも、現状を知るにつれ、そんな簡単な事ではない事を知りました。
「放射線なんて別に大丈夫って医者も政府も言っているだろう」という家族の意見に反論できないお母さんがいます。
家族に理解があって、お父さんだけ福島に残っているというご家庭もあります。お父さんに会いたいという子どもに涙するお母さんがいます。離ればなれの生活。子どもたちに妻に会いたいお父さんがいます。
仕事上、特に地域に密接に関わる仕事の場合は移住することはとても困難です。だから福島で生活することを決め、生活スペースだけでも線量が下がるように移染して子どもたちを守るお父さんがいます。

2011年10月から子どもの甲状腺エコー検査が福島県内で実施されています。キャンプに来ていた子にもA2判定の結果がきたことがわかりました。A2判定というのは簡単に言うと良性あるいは悪性のしこりがあるということです。
私も甲状腺にしこりがあるので、知っているのですが、エコー検査のあとどういう検査を受けるか皆さんご存じですか?
穿刺吸引細胞診(せんしきゅういんさいぼうしん)といって細い針を直接喉の炎症のあるところに刺して細胞をとります。目の前に長い針を持った先生が喉に刺すのです。痛みはほとんど無いのですがとにかく怖いです。
その検査を子どもが、しかも115人、いや、それよりももっと多くの子が受けたのかと思うといたたまれない気持ちになります。この検査だって原発事故がなければこんなに多くの子どもたちが受ける検査ではありませんでした。

2016年1月現在 115人の子どもさんが甲状腺がんと確定したと聞いています。
原発事故に原因があるとかないとか、科学データがどうとかこうとか、私にはわかりませんが、事実をみてください。これだけの子どもがつらい思いをしているという事実を。
一人の子どもには両親がいておじいちゃんおばあちゃんが二人ずついます。
兄弟がいるかもしれません。親戚のおじさんやおばさんもいます。
友達や先生もいます。その子の周りにはたくさんの人がいてたくさんの悲しみがあるのです。想像してください。

この国の政府はそんな一人の子どものために手を差し伸べることが出来ているのでしょうか。その子の周りにいる人たちの悲しみに寄り添うことが出来ているのでしょうか。とてもそうは思えません。
さらに悲しい事がありました。
高浜原発が再稼働されました。樋口裁判長の判決は踏みにじられました。

豊かな国土とそこに国民が根を下ろして生活していることが国富であり、これを取り戻すことが出来なくなることが国富の損失である

この判決文をもってもなお再稼働してしまうこの国に未来はあるのでしょうか。原発は電気を生み出すーつの手段でしかないのに。
憲法が保障する人間の暮らしの方が大切、当たり前のことです。

子どもたちが幼い頃、よく一緒に絵本を読みました。その中から一つ紹介したい絵本があります。
バージニア・リー・パートンの「せいめいのれきし」という絵本です。
地球に生命が誕生し,長い長い時を経て今、現在に通じている。その命の歴史をとてもわかりやすく、わくわくしながら読める絵本です。
この絵本の一節を紹介します。

「さあ、このあとは、あなたがたのおはなしです。
その主人公は、あなたがたです。
ぶたいのよういは、できました。
時は、いま。場所は、あなたのいるところ。
いま過ぎていく1秒 1秒が、はてしない時のくさりの、あたらしい わ です。
いきものの演ずる劇は、たえることなくつづき
いつもあたらしく、いつもうちりかわって、わたしたちをおどろかせます」

命の連鎖DNAが太古の昔から脈々と連なって今があります。
その鎖を傷つけるのが放射線であり原子力です。

私たちの世界はもともと自然とともにあったのに、その自然に逆らって生きてきました。
私たちのこれからの生き様をいま、子どもたちに見つめられているのです。
ここにおられるひとりひとりが責任をもってその事を受け止めなければなりません。

過去の数々の事故で安全神話は崩れ去りました。そして、核廃棄物の管理もすでに手に負えないことは明確です。これ以上核のゴミを増やさないでください。

私たち大人がまずすべきことは、世界を核のゴミで汚してしまったという過ちに対して謙虚に向き合うこと。
精一杯 これ以上核汚染を拡げない努力をすることなのです。

どうかもっと未来に思いを馳せてください。
いま、目先のことにとらわれず、 100年先の未来に生きる人の事を思ってください。
そして裁判長には、歴史に残る賢明な審判をくだしていただきたいと心から願っています。

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