上牧行動への妨害・嫌がらせ-『在特会ら 「右派系市民団体」 反・反原発活動の記録』より-【NONUKES voice vol.2】 2014年12月刊

上牧行動は今日で第81回を迎えるが、その道は平坦ではなかったはずだ。

3年前の二O一三年二月二十六日に上牧行動への襲撃があった。
上牧の二二六事件と語り継がれているあの有名な事件で、3回くらいあったと思う。
その時のことをC.R.A.C. WESTのITOKEN氏が『NONUKES voice vol.2』に書かれている。
これは、在特会ら 「右派系市民団体」 反・反原発活動の記録の冒頭部分にあたり、以下「経産省前テントひろば襲撃」へと連綿と記述は続く。
未読の方は是非『NONUKES voice vol.2』をご覧になられたい。

先月は「すわ!右翼襲撃かも」という事態に陥ったが、カウンター勢が来て下さったのでとても心強かった。感謝で一杯。

上牧行動の記述だけ鹿砦社さんとITOKEN氏にもちろん無断で借用。ちなみに私は襲撃の真っただ中のその時に上牧駅に到着して彼らのトラメガのせいで難聴をきたし、騒音に恐れをなして一人だけ交流会場所に退避したという小心者である。だからほとんど襲撃の内容は知らないが、その直後に阪大の菊池誠先生とライブハウスでお会いした折に「ザイトク系のせいで耳が聞こえないんです」とお話したのを覚えている。あの頃は何カ月か聞こえなくて本当に困ったもんだ。

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上牧行動への妨害・嫌がらせ

-『在特会ら 「右派系市民団体」 反・反原発活動の記録』より-

報告:ITOKEN(C.R.A.C. WEST)
【NONUKES voice vol.2】鹿砦社 2014年12月刊

二O一三年二月二十四日といえば、在特会らによるへイトスピーチ(民族差別煽動表現)に抗議する反レイシズムカウンターにとっては、十四歳の少女(当時)による「鶴橋大虐殺発言」があった忘れがたい日だ。この日、「日本と韓国の国交断絶」を訴える百名以上のデモ隊が「殺せ殺せ朝鮮人!」などと大音量で連呼しながら鶴橋の大通りを歩いた。その日の活動を仕切っていた当時十八歳の少年は鶴橋駅前での一時間以上に及ぶ街頭演説で、沿道に向かい「誰が二足歩行で歩くことを許してん」などと話し、在日コリアンを指して「ゴキブリ」と四十回以上も連呼するなど、へイトスピーチの限りを尽くした。その日を境に、関西では在特会ら差別集団の街頭活動に対して路上での直接抗議を行う「カウンター」活動が活性化し今日に至るが、そのわずか翌々日の二月二十六日、同じその少年に率いられた十名ほどの「右派系市民」の集団が、脱原発を訴える市民を襲撃していたことはあまり知られていない。

彼らの襲撃の対象となったのは大阪府高槻市で地道に活動を続ける「原発ゼロ上牧-かんまき-行動」と呼ばれる高齢者を中心とした穏健な脱原発グループである。当時は月二回のペースで阪急上牧駅前の広場で脱原発を訴えていた。

平日夕刻のラッシュ時にそこに集まった「右派系市民」の集団は、脱原発を訴える老人らを取り囲んで威嚇し、拡声器で「歩道に違法設置物をくくりつける犯罪者!」「おまえら電気使うなよ!」「反原発乞食を日本から叩き出せl!」と叫び、演説を妨害する「愛国活動」を行った。突然の出来事に唖然としている老人らの背後から拡声器を持った強面の中年男性が「道路使用許可もなしに何さらしとんねん!」と怒鳴ると、日の丸を持った女性が「そーだー」と応じる。相手が反撃をしてこないとわかるや、「愛国者」集団はますます増長し、中には「こいつら昔は人を殺しまくって、日本人をレイプしまくったんですよ」と事実無根の演説を始める輩もいた。警察は物理的衝突を予防するというマニュアル通りの対応に終始し、現場は鶴橋駅前同様、自称「愛国者」たちがやりたい放題の「遊び場」と化していた。

「愛国者」の一人は現場で「俺は原発推進でも反対でもないんや」と語っていたが、正しくは「原発に関しては何も考えていないし、何も知らないし、興味もない」と言うべきであろう。彼らがしたいのは「愛国活動」の名のもとに有形無形の暴力を行使することである。そして、彼らの背後には「過激なパフォーマンス」をネタとして楽しむ「消費者」たちがいる。自らは傷つくリスクを負うことなく安全地帯から弱い者いじめの光景を楽しんでいるのだ。弱い者いじめに従事する「活動家」も、その「消費者」も淘汰されねばならない存在だが、ここでは「活動」に絞って話を進める。

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以下、経産省前テントひろば襲撃 へと続く。

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