「いのち」軽んじる「国家」に ブログで“平和運動”発信中/福島・南相馬市 佐々木孝さん【3/20カトリック新聞】撒こう平和菌の歌 再稼働への怒りをユーモアに変えて【3/23東京新聞・社会】

東京新聞の3/23夕刊で「平和菌」の歌を知って楽譜を送っていただいて、このカトリック新聞も頂戴したわけです。
3/31脱原発☆滋賀アクションで峯本代表に楽譜をお見せしてさっそく歌ってもらわねば。

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「いのち」軽んじる「国家」に

 ブログで“平和運動”発信中

   福島・南相馬市 佐々木孝さん

【カトリック新聞】 2016年3月20日

SASAKISAN

スペイン思想研究家の佐々木孝さん(76/福島・原町教会)は、5年前の東京電力「福島第1原発」事故の後も、認知症の妻を介護するため、福島県南相馬市の自宅にとどまった(本紙2013年3月10日付紹介)。被災地から見えてくる「日本社会」(国家)は、利潤と効率を最優先にして、最も大切な「いのち」を軽んじている。こうした危機的社会状況に抗議するため、自身のブログ(日記的なウェアサイト)で、佐々木さんは真実の「声」を発信する独自の”平和運動”を続けている。

「モノディアロゴス」(独対話)と名付けられた佐々木さんのブログの閲覧者は、東日本大震災後5年間で51万人に上る。佐々木さんはほぼ毎日、世の中の事象について独自の見解を発信している。こんな具合だ。

--日本「国家」は、浜通りと呼ばれるこの美しい海岸線を原発銀座にしてきた。・・・「国家」にはいつも生きている人間の顔が見えない(一部抜粋/11年4月4日)

ブログの文章群は、自作本『モノディアロゴス』にまとめ、現在12巻(震災後7巻)を数える。また震災直後の文章84編は、2011年8月に『原発禍を生きる』(輪創社)として出版した。韓国・香港・スペインでも翻訳・出版され、特にスペインでは「社会を奈落の底から見た本」として絶賛されている。

「人づくり」と ”規格品”づくり

大学教授として東京でスペイン思想・人間学を教えていた佐々木さんは02年、故郷の南相馬市に移住した。震災時原発事故で地域住民が自主避難する中、認知症の妻のために原発から約25キロの自宅に残る決断をした。

福島の人々は、原発と放射能によって「くに」(故郷)を奪われた。そして佐々木さんは、妻の介護でその「くに」にとどまることで、「魂の重心」(視点・視座)を低く保ち、日本を「奈落の底」から見つめることになった。震災後に痛感したことは、日本が「一番大事なものを失っている」ことだ。

佐々木さんが怒りを抑えきれない出来事は続く。鹿児島県の川内原発等の再稼働は「事故が起きたら、また福島と同じになる。まさに愚挙」。また安倍政権の経済政策は、お金は上(富裕層)から下に流れると主張するが、「お金は下から上に吸い取られるもの」。また、違憲が濃厚な安全保障関連法だが、「国家は国民を守らないのが常だ」。

佐々木さんはこう話す。

「さまざまな謝罪会見でペコリと頭を下げる”その場しのぎ”の言動が横行している。国会答弁をはじめ、社会には本筋を離れた”その場しのぎ”が満ちあふれています」

これらの根底にある問題点は、「国家」が「人づくり」をしてこなかったことだと、佐々木さんは考える。日本は秩序正しく、犯罪も少ない国だ。そして「物づくり」に優れ、職人かたぎで生み出された製品は最高質で、徹底した品質管理も評価されている。しかしそこから派生する問題点を、こう指摘する。

「人間はものもの凸凹にできていて、それぞれ違うのが当たり前。それなのに、学校教育に『物づくり』の精神をそのまま持ち込んで”規格品”の人間をつくり始めたのです。規格からはみ出した者はいじめの対象となり、管理しづらい人間は排除されていく。人と違う行動ができず、指示通りにしか動けない人間を、学校でつくっているわけです」

本来、学校で学ぶべきことは「一人一人を大事にすること」や「自分の目で確かめて、自分の頭で考えて、自分の心で感じること」だ。今の学校にこれらを学ぶ教科はない。また、自分たちの「くに」の文化や歴史、そして、アジアの近代史は教えない。

真実の「声」を拡散

「政治家・教師・ジャーナリスト・宗教者が、それぞれ本来の使命を果たさなくてはいけない時代です。何も言わないことは賛成と同じ。教会や修道会、カトリック学校も本来の役割を果たしているでしょうか」 佐々木さんの目は、国民が「正く怒ることを忘れている」ように映る。

現在、佐々木さんは、ブログのほかに、手のひらサイズの豆本歌集を作り、自身の「声」を各さんしている。ここには自作の三つの歌が収められている。一つは「平和菌の歌」と題され、「平和」を「菌」にたとえて、人々の心に平和への思いをじわじわと散布し、心の垣根や国境線も消していこうという内容だ。

「真実を言い続けないと、世の中は動きません。私たちにできることは、真実の『声』を世界中に拡散することです。小さな反逆を繰り返し、風通しを良くすること。人間である限り、大事なものに『気づく力』は持っています。気づいた人同士が励まし合って声を広げていけば、大きな力になるはずです」

URLは http://monodialogos.fuji-teivo.com/ 。豆本歌集や自作本の詳細は電子メール fuji-teivo@nifty.com まで。

====== 東京新聞  =======

撒こう平和菌の歌 再稼働への怒りをユーモアに変えて

2016年3月23日 夕刊【東京新聞・社会】

「平和菌の歌」の豆本歌詞集を広げる佐々木さん=福島県南相馬市で
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<原爆・原発 被(かぶ)った今も/懲りずに推進求めるアホは/ほんわか菌を浴びるがよろし…>。東京電力福島第一原発事故から5年の春、原発時代に逆戻りするような時勢を風刺した歌が被災地で生まれた。その名も「平和菌の歌」。元東京純心大学教授の佐々木孝さん(76)=福島県南相馬市原町区=が詞を書き、友人の音楽家が曲をつけた。歌を広めようと歌詞集の豆本製作に励む。 (編集委員・佐藤直子)

「昨今のきな臭い政治状況に歯ぎしりしていたが、『平和菌』を散布する道が残されていると一念発起…」。歌の誕生をユーモアたっぷりに語る佐々木さん。その日常は認知症の妻の介護とともにある。

原発事故が起きた五年前もそうだった。原発から二十三キロの自宅は屋内退避指示が出され、周辺の住民が避難する中で、佐々木さんの一家はあえて自宅に残った。「不便な避難所に行ったら妻の体調が悪くなる」と考えたからだ。被ばくを恐れて支援のトラックも近づかなくなった町で高齢の母と長男夫婦、小さな孫娘の六人で耐え、自身のブログ「モノディアロゴス」で苦境を発信した。

その後、母親と息子夫婦、孫を県外に一時避難させたが、母親は避難先で亡くなった。悔しい思いは数え切れないが、佐々木さんにとって最も無残なのは、「変わると思った日本が変わらなかったこと」だ。「これだけの苦しみや被害を人々に与えたのに、原発は再稼働、再稼働でしょ」

「平和菌」は怒りがやまない佐々木さんが空想の中で培養する不思議な菌だ。振りかけると、もめごとや戦争は茶番劇に変わり、虚勢や威嚇は猿芝居になる-。菌の効用を語った歌詞に元同僚のピアニスト、菅祥久さんが曲をつけた。

「平和菌」が閉じ込められていると見立てた豆本は横四センチ、縦八センチ、二十六ページ。厚紙に布と印字した歌詞を張るだけで、千冊を目指して六百冊が完成した。「胸ポケットやバッグにしのばせ、時々取り出しては『平和菌』の散布にご協力を」と、ちゃめっ気あふれる手紙とともに友人らに配る。豆本の作り方をブログに載せて「平和菌の増殖要請」も怠らない。

今は会話のできなくなった妻の穏やかな寝顔も、小さな孫の健やかな成長も、その根底に平和がなければと、佐々木さんは思う。歌詞はこう結ばれる。平和への祈りを込めた呪文として。

<飛ばそ 撒(ま)きましょ 平和の菌を/みごと咲かせよ 心の園に/あなたと私の垣根を越えて/国境線さえ消してゆく/ケセランパサラン(どうなるのでしょう)、コモパサラン(なるようになるでしょう)>

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◆平和菌の歌・歌詞

1 生まれは いずこか知らないけれど/その働きは いつかは分かる/柳眉逆立つ不美人さえも/これをはたけば 楊貴妃に/ケセランパサラン、コモパサラン

2 そのわけ 何にも分からんけれど/誰にも効き目は じわりと分かる/争い、もめごと、戦争さえも/これを被(かぶ)れば 茶番劇/ケセランパサラン、コモパサラン

3 見た目は カビと変わらんけれど/漂う芳香 いつかは気づく/虚勢や威嚇は ただそれ嗅ぐだけで/馬鹿(ばか)丸出しの 猿芝居/ケセランパサラン、コモパサラン

4 原爆・原発 被った今も/懲りずに推進求めるアホは/ほんわか菌を浴びるがよろし/まことの幸せ 見えてくる/ケセランパサラン、コモパサラン

5 飛ばそ 撒(ま)きましょ 平和の菌を/みごと咲かせよ 心の園に/あなたと私の垣根を越えて/国境線さえ消してゆく/ケセランパサラン、コモパサラン

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カテゴリー: 再稼働, 放射能汚染, 中日東京新聞・特報 パーマリンク