4/5食堂もコンビニもできた 第一原発 廃炉作業現場の今【東京新聞・ふくしま便り】

昨日の 核心 と重なって読んでしまうね。

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食堂もコンビニもできた 第一原発 廃炉作業現場の今

【東京新聞・ふくしま便り】20016年4月5日
http://www.tokyo-np.co.jp/article/feature/tohokujisin/fukushima_report/list/CK2016040502000184.html

オープンしたばかりのコンビニ=福島県大熊町で
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東京電力が設けた原子力改革監視委員会の委員が視察するのに伴って三月二十九日、福島第一原発の構内に入った。驚いたのは原子炉から約二百メートルの距離まで防護服なしで接近できたことだ。作業員用の食堂やコンビニもできた。廃炉工事の現場環境が劇的に好転しているのは間違いない。一方で汚染水対策や核燃料の取り出し作業が格段に進んだわけではない。目に見える風景だけが日常に近づいていく。事故から五年の“イチエフ”の今を報告する。

「さすがにここまで来るとどきどきしますね」。案内してくれた東電の広報担当者が声を発したのは、3号機から二百メートルほどの小高い丘の上に来たときだった。目の前に建屋の壊れた原子炉がある。事故直後には防護服に全面マスクの完全装備でさえ恐怖を感じた場所だという。

しかし昨年十二月に一般服で立ち入れるエリアが拡張され、ここでも靴を安全靴に履き替えただけで行動が可能になった。

放射線量を測ると毎時四〇マイクロシーベルトほど。決して低くはないが、作業員も「ご安全に」と声をかけながら、防護服なしのヘルメット姿で働いている。

原子力改革監視委員会のデール・クライン委員長らもここで取材に応じ、「視察は五回目だが、来るたびに大きな改善がある」と線量の低下を評価した。

原発の構内は、地表にモルタルが吹きつけられ、灰色一色になっている。このフェーシングが除染に功を奏したという。

今や最も重装備が必要なRゾーン、全面マスクが必要なYゾーンは、合わせても敷地全体の一割程度に狭まっている。

それでも原子炉の直近の線量は段違いだ。バスに乗り込んで2号機と3号機の間を通過した。このあたりの数値は毎時三〇〇マイクロシーベルトほど。原子炉建屋内を除いて、イチエフの中でもっとも線量が高い場所だという。周りには津波が運んだガレキも残っている。あまりに線量が高く手が付けられないからだ。

現在、イチエフでは毎日七千人が働いている。このうち東電の社員は千二百人ほど。残りは関係企業の作業員だ。昨年五月に、こうした作業員向けの大型休憩所が完成した。休憩所には食堂もあり、定食や麺、丼などの温かいメニューをどれも三百八十円で食べられる。構内で調理はできないため、大熊町内に建設した給食センターから毎日二千食を運んで来る。免震重要棟で二十四時間勤務で働く二百人だけが、今も冷たい弁当でがまんしている。

今年三月にはコンビニもオープンした。コンビニは朝六時から午後七時まで営業。「やっとたばこが買えると喜んだ人は多いですよ。さすがに酒類はありませんが」と広報担当。

東電社員の大部分は二十キロ離れた広野町にあるJヴィレッジからバスで通ってくる。サッカーグラウンドに仮設されたプレハブ住宅が宿舎代わりだ。

しかしJヴィレッジも廃炉工事の前線基地の役目を終えようとしている。二〇一八年度には福島県と広野町に返還される予定。社員宿舎も大熊町内に建設される。ここにあった東電復興本社もすでに富岡町に移転した。

ただしすべてが順調に収束に向かっているわけではない。最大の問題は、やはり水だろう。

イチエフの中に据えられた汚染水保管用のタンクは約千基。容量にして九十万トン分だが、すでに八十万トンが埋まっている。さらに増設するしかないが、敷地には限りがある。タンクのうち、耐久性に問題のあるボルト締め式を溶接式に切り替える工事も進んでいる。まだ七割がボルト締め式だそうだ。

取材当日は快晴だった。構内に残った桜並木のつぼみは膨らみ、遠くを見ると太平洋の水平線が霞(かす)んでいた。まるで何事もなかったかのように…。(福島特別支局長)

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