5/1代え難い時間を過ごす/佐々木孝 – 「認知症」という海 — 朝日新聞GLOBE

佐々木さんの記事が昨日の朝日新聞のGLOBEの「認知症という海」のChapter1のPart3に掲載されていた。

南相馬の佐々木さんのあの可愛い豆本は福井の松田さんにお渡しした(4月はほとんど寝込んでいて豆本の残りはまだ手元にあり)。
3.11直後福島でボランティアをされていた松田さんにお聞きしたところ、確かに南相馬市では原地区は比較的線量の少ない地域だそうだけれど、安全な場所ではない。
奥様の介護のために残ることを決意された佐々木さんに「なぜ逃げないのですか?」などと聞くことはできない。たぶん私もそうするであろうから。
でも、大阪みたいな安全な所に居ても今みたいな病状の私には、たぶん福島県では生きていけないだろう。
冷房も入りだしたし、今年の秋まで蟄居の予定。大阪に居てても地獄である。

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代え難い時間を過ごす/佐々木孝

http://globe.asahi.com/feature/article/2016042700011.html?page=3

Published: May 1, 2016
【The Asahi Shimbun GLOBE[認知症という海・Part3]】

sasakihusai160501asahiglobe 福島第一原発から25キロにある南相馬市の自宅で、認知症の妻、美子(72)を介護しながら暮らしています。

英語教師だった妻との出会いは、48年前。お互い一目ぼれで2カ月の間に60通近い手紙をやりとりして、結婚しました。私は自分の書く論文をまず妻に見せます。妻はいつもほめてくれ、「パパ、頑張って」と応援してくれました。

その妻が「生徒たちの成績処理ができなくなった」と不調を訴えたのが、15年ほど前。パスポートのサインができないなど症状は徐々に進みました。

7年ほど前からは意思の疎通も難しくなりました。私はもともと、短気な性格です。食事をさせようとして顔を背けられたり口を開けようとしなかったりするとイライラしました。でも、以前のような分別はもうつかないのだと、気持ちを切り替え、ゆっくりと待つことにしました。

5年前の原発事故当時、市がバスを用意して避難を促し、一帯はほぼ無人になりました。でも、私は最初から逃げるつもりはありませんでした。妻が避難所生活に耐えられないことは明らかだったからです。妻のおかげで魂の重心を低くでき、不思議な勇気と落ち着きをもらった気がします。

もし奇跡が起きて、美子が認知症になる前に戻れる薬が発明されたとします。でも副作用で認知症になって以降の記憶はすべて消えてしまうなら、使うことは望みません。二人がともに暮らしたこの十数年という時間は、何ものにも代え難い。

病、老化、そして死も、生きることの大事な要素です。それを、ばい菌のように排除し、見ないようにすれば、やわな社会になってしまうと思うのです。

ささき・たかし

スペイン思想研究家。76歳。都内の大学などで教授を務めた後、2002年に故郷の南相馬市に戻る。著書に『原発禍を生きる』(論創社)。

(構成・浜田陽太郎)

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特効薬、本当にできる?

ChapterⅠ海はどれほど広いのか[英国、米国]・Part1]
http://globe.asahi.com/feature/article/2016042700011.html
【The Asahi Shimbun GLOBE[認知症という海】Published: May 1, 2016

脳の細胞が壊れることで、記憶が抜け落ちるなどさまざまな症状が出る認知症。この病に苦しむ人は世界で5000万人に迫るが、いまだ特効薬は生まれていない。

認知症の半数以上を占めるアルツハイマー病の場合、薬は4種類ある。エーザイが1990年代に発売した「アリセプト」はその代表格で、ピーク時には世界で年3228億円を売り上げた。だがいずれも症状を改善する対症療法で、進行を数カ月から2年弱、遅らせるだけだ。それでも人々は、薬にすがる。

こんな状況を劇的に変えるかもしれない新薬の開発が、海外で進む。

ロンドン郊外に住むジョナサン・グレンジ(73)は、2年前にアルツハイマー病と診断された。以来、台所に真っ青な錠剤を置き、朝晩1錠ずつ飲んでいる。

10年ほど前に退職したジョナサンは、しばらくすると、今日が何曜日なのかを思い出せなくなった。お金の計算もできなくなり、たどりついた診療所でアルツハイマー病と診断された。父も同じ病気だった。

新しい薬の安全性や効果を確認する臨床試験(治験)を医師に紹介されると、「失うものはもう何もない」と参加を決めた。

年2兆円規模の市場に

治験の参加者の3分の1は、見た目は同じだが、薬の成分が入っていない偽薬を割り当てられた。ジョナサンが飲んだ薬が新薬なのか、偽薬なのかはわからない。だがジョナサンは「よくなっているとしか思えない」。今も直前の出来事は思い出せないが、ガーデニングを楽しみ、新聞もよく読むようになった。「薬が効けば、このままずっと家で暮らし続けたい」

治験は3段階のステップを踏むが、開発中の薬は最終段階にある。2段階目の結果をまとめた論文では、1年間たっても、新薬を飲んだ人は認知機能がほとんど落ちていなかった。

「楽観的に言えば、2017年か18年には世に出せるだろう。控えめにみても、年1兆~2兆円規模の市場になる」。この薬の開発を30年間続けてきた英アバディーン大教授のクロード・ウィシクはこう予測する。この予測が当たれば、一気に売り上げトップの超大型新薬が誕生する。最終結果は、7月にも学会で発表する予定だ。

米紙ウォールストリート・ジャーナルは昨年末、この新薬の開発元のベンチャー企業が17年にも米ナスダック上場を狙っており、時価総額は、150億ドル(約1兆6500億円)に上る可能性があると報じた。

だが、大手製薬企業が軒並み参戦し、最終段階まで進んでも、薬の開発はことごとく失敗してきた。一般的に治験の成功率は10~20%程度とされるが、アルツハイマー病薬の場合は0.4%というデータもある。この薬も成功するかどうかは未知数だ。

なぜこんなに難しいのか。それは、この病気がどういう仕組みで起きるのかが、わかっていないためだ。

2025年までに治療法と予防法を開発

現在、有力なのが「アミロイドβ」と「タウ」という二つのたんぱく質が病気の発症に関係しているという仮説だ。症状が出る10年以上前からアミロイドβが脳にたまり始め、その後、タウがたまると神経細胞が死に、症状が出ると考えられている。ウィシクの薬はタウを標的とし、細胞が死ぬのを防ごうとする点が、従来の薬とは異なる。

米国立加齢研究所や製薬企業イーライリリーは、認知症の症状は出ていないが、脳にアミロイドβがたまっている人の発症を予防できるかどうかを確かめている。65~85歳の健康な人に月1回「ソラネズマブ」という薬を点滴し、3年間、経過を追う。

ソラネズマブはもともと、認知症の根治薬として開発が始まった。だが進行を抑えることができず、治験は失敗した。その後、細胞がそんなに傷ついていないごく初期の人には効果があるとわかり、再び治験が始まった。いわば「敗者復活戦」だ。

治験を主導するブリガム・アンド・ウィメンズ病院のライザ・スパーリングは「20年にも結果は出る。アルツハイマー病は予防できると証明できるはず」と自信たっぷりだ。米国は11年に「国家アルツハイマー病プロジェクト法」を制定し、25年までに治療法と予防法を開発することを目指している。

だが予防薬ができても、症状が出ていない人にも薬を使うようになれば、皆保険制度の日本では財政に大きな負担がかかる。最近認可された「がんの特効薬」の治療費は、年間3500万円にものぼる。

そもそも、新薬ができれば病を克服できるのか。3月に米国立保健研究所が開いた認知症の会議では「認知症は複雑な病気。一つの薬ではなく、複数の薬を組み合わせた治療法の開発が必要だろう」という意見が相次いだ。

(下司佳代子、瀬川茂子)

(文中敬称略)

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[Part2]病の先にあるものは(部分)

http://globe.asahi.com/feature/article/2016042700011.html?page=2
photo:Christopher Nunn

第2次世界大戦後の寿命の伸びには、目をみはるものがある。戦前は50歳に届かなかった日本人の平均寿命はいまや、80歳を超える。

医学の進歩の影響が大きく、1940年代に実用化されたペニシリンなど抗生物質の登場で、感染症で亡くなる乳幼児は激減した。「不治の病」の代表だった結核も、ストレプトマイシンの登場で劇的に死亡率が下がった。

日本では戦後しばらく死亡原因のトップだった脳卒中も、生活習慣病の知識や降圧剤の普及で大幅に減った。代わって現在、最も死亡率が高いのが、がんだ。

米大統領のニクソン(当時)が71年に「がんとの戦争」を宣言して以来、先進国は膨大な研究資金を投入してきた。これが早期発見や新しい抗がん剤の開発につながり、さらに寿命を延ばしている。

その先に待っていたのが、認知症だった。

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