5/17被ばく牛「見続ける」 研究者たちの執念/14/12/23牛を検診 復興の助けに 畜産農家や北里大など研究/14/3/4牛だって助けてほしい【東京新聞・ふくしま便り】

[ふくしま便り]のバックナンバーに渡辺さんのことが載っていた。たぶん坂本編集長がまだ中日新聞大阪支局におられた頃なのかな?署名記事ではなかった。

この「原発事故被災動物と環境研究会」の研究はとても興味深いものがある。今年の夏も研究発表を聴きに行くつもりだ。
冷房が効き渡らないところなのが嬉しいし、一般民間人が首をつっこんでも叱られないのが一番嬉しい。

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被ばく牛「見続ける」 研究者たちの執念

2016年5月17日【東京新聞・ふくしま便り】
http://www.tokyo-np.co.jp/article/feature/tohokujisin/fukushima_report/list/CK2016051702000188.html

柵に追い込んだ牛から検体を採取する。力仕事だ=福島県浪江町で
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低線量被ばくは動物の体にどんな影響を及ぼすか。原発事故に見舞われた福島の県民の中に、この答えを知りたくない人はいないはず。だが貴重なデータを得られる原発事故被災地で、当該の研究に取り組んでいるのは、国でも県でもなく、手弁当で集まった民間の研究チームの人々だ。彼らの活動は、すでに三年半に及ぼうとしている。

五月晴れの十五日、浪江町の小丸にある共同牧場に岩手大、北里大などの研究者やボランティアでつくる研究チーム「原発事故被災動物と環境研究会」の面々がやってきた。牧場を管理する渡部典一(ふみかず)さん(57)と協力し、六十数頭の和牛黒牛を順番に狭い柵の中に追い込んでゆく。ロープで頭を固定した後、注射器で血液を抜き、肛門から腕を突っ込んで直腸を触診する。さらに尿を採取する。

採取した検体は、移動式の研究室ともいえる通称「牛バス」に運び込んで分析する。

まるで牛の健康診断のようなのどかな光景。ただし、この牧場の放射線量の高さは普通ではない。牛の柵のそばに線量計を置くと毎時一五マイクロシーベルトほどと表示された。柵から離れた草やぶの中を測ると、同四〇マイクロシーベルトに跳ね上がった。牧場の南東約十一キロには福島第一原発がある。事故直後には、同一五〇マイクロシーベルトもの値が計測されたこともあったという。当時よりは下がったとはいえ、今も人間や動物が暮らしていてはならない値だ。

牧場のある一帯は、帰還困難区域に指定されている。人間が入るには浪江町発行の通行許可証が必要。そんな場所になぜ牛が存在するのか。

事故後、国は牛飼い農家に繁殖も販売もできなくなった牛たちを安楽死させるように指示した。ところが「どうしても殺せない」と拒否した農家が十軒ほどあった。渡部さんもその一人だ。避難先の二本松市の仮設住宅から許可をとって牧場へ通い続け、牛の世話を続けてきた。

「普段は一人でここにいる。すると時間が止まったように、何もかもが動かなくて、なかなか不気味な光景だ」と笑った。

牛の寿命は十五~二十年だが、最後まで飼い続けるつもりでいる。ほかに展望はない。

そんな牛たちに価値を見いだそうとしたのが研究チームだ。

事務局長の岡田啓司・岩手大准教授は「大型動物を長期間、低線量被ばくさせ、観察した例は世界にもない」と話す。牛が与えてくれるデータの先には人間の将来も見えてくる。

三年半の積み重ねの中で得たものがある。昨年、ほかの牧場の数頭の牛の体に白斑が見つかり、原発事故との関係が懸念された。しかし精査したところ、最も線量が高い小丸共同牧場では発見されなかった。

「線量との相関関係がない以上、原発由来ではない」と夏堀雅宏・北里大教授は話す。

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遺伝子が傷つけられた形跡もない。現在はウイルス性の疾患に注目しているが、結論は今回の調査の分析を待ちたいという。

岡田准教授は、こう話す。

「現状では被ばくの影響はない。ただし進行している可能性がないわけではない。大切なのは見続けていくことだ」

思いがけない発見もあった。放牧をした場所では放射線量の低下が顕著だった。牛のふんが封じ込める効果があるらしい。

こうした研究結果は、来年三月までに論文にまとめて発表する予定だという。

(福島特別支局長・坂本充孝)

 

牛を検診 復興の助けに 畜産農家や北里大など研究

2014年12月23日【東京新聞・ふくしま便り】
http://www.tokyo-np.co.jp/article/feature/tohokujisin/fukushima_report/list/CK2014122302000185.html

研究者らが一斉に採血、採尿などをする様子は、まるで牛の集団検診のようだ=福島県浪江町の小丸共同牧場で
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帰還困難区域などに生きる牛の取材を続けて一年半になる。このエリアには年間の被ばく線量が一〇〇ミリシーベルトを超える牧場もあり、畜産農家の人が避難先から通って面倒をみている。

ここで研究を続ける岩手大学や北里大学、東北大学の研究者と農家、獣医師が二〇一二年九月、一般社団法人家畜と農地の管理研究会(現在は原発事故被災動物と環境研究会と改称)をつくった。牛の健康管理に努めるかたわら、牛や農地への放射線の影響を調査し、科学的なデータを収集、将来の復興に役立てようとしている。

福島県浪江町の小丸共同牧場は福島第一原発の北西十一キロにある。今月の調査では、空間放射線量が毎時二〇~二五マイクロシーベルト、年間一七五~二一九ミリシーベルトにもなる。毎時二五〇マイクロシーベルトというホットスポットもあった。

初めてこの牧場を取材した昨年五月には「タイベックスーツを着て、マスクを着けて」と言われた。慣れとは恐ろしくて、今月十三日は普段着で取材した。

牧場では約三十頭の牛が飼われている。その牛を五、六頭ずつ狭い場所に追い込んで、研究者約十人が取り囲み、手早く血液、ふん、毛を採取した。

採血は六十ミリリットルを三本と、献血並みの量だ。嫌がる牛をなだめたり、押さえたりしながらやっていた。血液はすぐに産業動物用診療車「モーモー号」に運ばれ、処理される。集団検診のようにスピーディーな作業だった。

畜産農家の渡部典一さんが牛の名前を教えてくれた。「あれはねずみ。生まれたとき、小さかったから」「これは昨年十一月に生まれた、ひかり」。ひかりという名には復興への願いが込められている。雄牛はすべて去勢されているので、ひかりは最後の子牛だ。どれも同じように見える黒毛和種だが、渡部さんは見分けられる。

このような牧場が同町や南相馬市などに計六カ所あり、約二百頭の牛がいる。出荷できない牛だが、農家は無償で世話をし、研究者も手弁当だ。一頭の飼料代は年間二十万円近い。寄付が減り、この冬は農家が飼料代の一部を負担した。

事務局長の岡田啓司岩手大准教授は「今のところ、牛に持続的な被ばくによる異常は認められない。実験用のマウスと違い、牛は十五年から二十年は生きるので、放射線の遺伝子などへの影響を長期にわたって観察できる。牛から得られるデータは人の健康を考える際にも役立つ可能性がある」と話す。

農家が大事に育てていたので、牛は健康管理が行き届いている。異変があればすぐに分かる。餌代にも困るというのは、文明国とは言えない。長期間の研究のために現地に研究所を造り、科学的なデータを残すべきだ。それが事故を起こした国の責務だ。 (福島駐在編集委員)

腫瘤の摘出手術をする研究者ら。心配そうに見る山本幸男さん(左)とシヅ子さん(右)=福島県浪江町の山本牧場で
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◆「家族」との寂しい別れ

プロジェクトに参加している山本牧場(浪江町)で今年六月ごろ、腫瘤(しゅりゅう)(固まり)のある牛が見つかった。八歳の雌で、原発事故前までは繁殖牛として二頭の子を産んでいた。名前は「りかちゃん」。飼い主の山本幸男さん、シヅ子さん夫婦の孫娘と同じ名だという。

研究者に同行して八月、牧場を訪ねた。牛の体の右側に二カ所、大きな固まりがあった。長径が二十センチはありそうだった。触ると、一つはかなり固く、もうひとつはそれほどでもなかった。針生検が行われた。シヅ子さんは、りかちゃんの頭を抱いて「よし、よし」と声をかけていた。お医者さんの診察を受ける幼児と母親のようだった。

岩手大学の佐々木淳助教が調べたところ、一つは脂肪組織だけ、別のは皮膚組織だった。十一月、腫瘤の摘出手術をすることになった。再び、山本牧場を訪ねた。

牛舎の横で手術が始まると、牧場にいた牛が柵の近くまで寄ってきた。「仲間のことを心配して来るの。お産の時もよ」とシヅ子さんが教えてくれた。

一つ目の腫瘤を取っている最中に突然、麻酔が効いているはずのりかちゃんが暴れだした。研究者がいろいろと手を尽くしたが、やがて動かなくなった。誤嚥(ごえん)による窒息死だった。

佐々木助教によると、一つは良性腫瘍である脂肪腫で、人を含めて動物ではよくあるという。別のは膠原(こうげん)線維が増殖した病変。佐々木助教はこの牛だけでなく、これまでの病理学的な検査では「放射線の影響による病変は見つかっていない」と話す。

急死の後、幸男さんから話を聞いた。大雪が降っても、避難先から二日に一回は世話に通ったという。「半端じゃできないよ。生き物を飼うってのは」。畜産農家の責任感と愛情が伝わってきた。そして最後に「こういう死に方をされると寂しいね。身内を亡くしたみたいだ」とつぶやいた。

普通に世話ができていれば、大きな腫瘤はできなかったかもしれない。「原発さえなければ」。そう思わずにはいられなかった。

 

牛だって助けてほしい

2014年3月4日【東京新聞・ふくしま便り】
http://www.tokyo-np.co.jp/article/feature/tohokujisin/fukushima_report/list/CK2014030402000192.html

シンポジウムで「牛を助けて」と訴える人たち=先月19日、東京都文京区の東大農学部で
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いつもとは雰囲気の違うシンポジウムが先月、東大農学部で開かれた。テーマは「福島原発警戒区域内で生き続けている動物とどう向き合うか」で、研究者と獣医師、酪農家が参加した。現地で研究を続ける「家畜と農地の管理研究会」などが主催した。発表内容は科学の話だが、締めくくりで何人もが「牛を助けて」と訴えたのだ。

東北大大学院の磯貝恵美子教授は「高線量地域でも汚染された餌を食べなければ、筋肉中のセシウム量は低い。セシウムは歯に一度取り込まれると排出されないので、歯から履歴が分かる」と発表。原発事故後、生まれた子牛の研究からは「セシウムは母胎から胎児へ移行する。子牛は乳からセシウムを取り込んだと考えられる」と話した。

北里大の伊藤伸彦副学長は「事故後に生まれた牛は、最初からきちんとした科学的なデータが取られている」と継続的な研究の意義を強調した。

酪農家の渡部典一さんは「一日おきに片道一時間から一時間半かけて牛の世話に通っている」と話した。冬場は餌を与える必要があり、一頭あたり年間二十万円ぐらいかかるという。

福島市の獣医師吉田幸四郎さんは「農家の家畜への愛情は、ペットと変わらない。後世のために大事な研究だ」と訴えた。

同研究会は約二百八十頭の牛を飼育管理している。これまでは獣医師会からの寄付があったが、今春以降は牛の餌代にも困っているという。

警戒区域内の動物の運命は皮肉だ。ペットの犬や猫には多額の寄付が集まり、ボランティアが警戒区域内に入って二千頭の犬を救出したとされる。環境省、県、獣医師会も協力した。野生動物も環境省や県が調査と保護に努めている。

だが、原発から半径二十キロ圏の家畜は農水省が全頭殺処分を指示した。今も牛の飼育は認めているが、公的な援助はない。(福島駐在編集委員)

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