8/2対岸の原発 迫る再稼働㊤【大分合同新聞】伊方原発

対岸の原発 迫る再稼働㊤

2016年8月2日【大分合同新聞】
https://www.oita-press.co.jp/1010000000/2016/08/02/005133053

oitagodo160802_idogawa「何が怖いって…いざという時に政府は逃げる、ということだ」。原発再稼働について、元福島県双葉町長の井戸川克隆さんはそう語った=6月、由布市湯布院町内のカフェ

11日にも再稼働する見込みの伊方原発3号機(右端)

大分県から最短45キロ先にある四国電力伊方原発3号機(愛媛県伊方町)の再稼働が目前だ。東京電力福島第1原発事故から5年余り。国は「原発回帰」を進めているが、伊方再稼働のプロセスは妥当だったのか。大地震に襲われた場合、愛媛、大分などは「第二の福島」になる可能性はないのか。福島の原発事故被災者や識者らへの取材から「対岸の原発」を考える。

「私の遺言だと思って聞いてください」

6月19日、由布市湯布院町内のカフェ。25人ほどでいっぱいになった会場で、一人の男性が語り始めた。

井戸川克隆さん(70)。2011年3月の福島第1原発事故当時、同原発が立地する福島県双葉町の町長だった。

湯布院は昨年の「ゆふいん文化・記録映画祭」で双葉町を追ったドキュメンタリー映画「フタバから遠く離れて」を上映した縁のある土地だ。伊方原発の再稼働が迫る中、「事故の経験者」として伝えたいことがある―と訪れた。

「福島の人たちは今も悲劇の中に生きている。国は事故について何の反省もしていないのに、強引に再稼働を進めている。皆、人ごとのように考えているが、このままではまた被害が起きるのは目に見えている」

さらにこう続けた。「皆さんには、ここに生存する権利がある。再稼働の前に、今の自然を子孫に引き継ぐ邪魔をするな、毎日の暮らしを守れという契約をすべきだ。なぜ黙っているのか」

東日本に未曽有の被害を与えた「3・11」。井戸川さんはそれまで、東京電力や旧原子力安全・保安院から「原発事故は起きない」と言われていた。

現実は違った。何が起きているのか、ほとんど情報が入らない。国は「直ちに(健康に)影響はない」と繰り返した。だが、約6900人の町民を預かる井戸川さんは「町民を被ばくさせないよう必死だった」。

地震翌日、町民を福島市の隣町に避難させ、最後に残った井戸川さんらも続こうとしたとき、1号機の原子炉建屋が爆発した。一瞬、声を失った。持参した線量計の針が振り切れた。

3号機、4号機と建屋の爆発が続き、事態は深刻さを増した。国は「逃げて」と言うだけで、どこに、どうやって逃げたらいいのかの指示はない。

「安心できる場所でまとまって生活する必要がある」。町長判断で町民を埼玉に集団避難させ、役場機能も移転。県外移転は福島の首長で唯一の決断だった。

自主的に町外に逃げた人たちを除く約1500人が埼玉で避難生活を始めた。一方、福島県内にとどまった人たちとの感情的な分断、町議会との対立もあり、井戸川さんは13年2月に町長を辞任。その後、町の拠点は同県いわき市に移った。

井戸川さんが首長として痛感したのは「いざという時に政府は逃げる」ことだ。「責任のある人たちはうそをつき、事実を隠した」

そもそも「原発は安全」と言われ、大津波の懸念があることも伝えられていなかった。事故対応も住民不在で進んだと思っている。

今も双葉町は放射線量が高く、町民が古里に帰れる見通しは立っていない。事故収束のめども見えない。

それでも、国は民主党政権時代に「事故は収束した」(野田佳彦元首相)と宣言し、自公政権も原発再稼働を進めている。

東京五輪を成功させるため、事故は終わったというアリバイ工作に住民が利用されている

井戸川さんは、そう感じている。

いどがわ・かつたか 1946年生まれ。福島県双葉町出身。2005年12月~13年2月、町長を務めた。現在、埼玉県加須市で生活し「脱被ばく東電原発事故研究所」の所長を務める。

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