報道するラジオ(2016/8/8) 夏休み企画 福本晋悟さん&高橋信雄さんが広島平和祈念​館から報告、子供たちに伝える原爆

http://www.hiroshima-navi.or.jp/sightseeing/hibaku_ireihi/ireihi/4345.php
(E=mc2)の石碑

ぺんぎんさん直伝のベンガル料理やタイ料理や中華料理を作っていると、どうしてもこの原爆乙女の像を思い出してしまうのは、その石像を探し求めて広島原爆祈念館を彷徨したからに違いない。

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永岡です、第201回報道するラジオ、今週も毎日放送アナウンサーの水野晶子さんの司会で放送されました。

この夏休みの、子供とともに考える企画、今週は、広島RCCのスタジオとつないで、福本晋悟アナウンサーが広島平和祈念館などを取材されたことなどを報告されました。福本さん、夏の広島は暑く、雨も一瞬で蒸し暑く、その炎天下、福本さんは取材されて、日本に原爆投下から71年、広島と長崎、被爆者は高齢化し、被爆体験のある方は高齢化し、子供たちに原爆をどう伝えるのか、が今日のテーマで、福本さん平和祈念館や平和公園を取材されて、外国人が半分くらいであり、平和祈念館を見て、どう広島について伝えるか、です。

そして、広島ボランティアガイド
(http://www.hiroshima-navi.or.jp/information/volunteer/3901.php )の高橋信雄さん(77歳)がおられて、高橋さん17年前まで中学の社会の先生で、広島を子供たちに伝えて、核の時代を生きることを知ってほしいと、活動されて、核兵器をなくそうとする時代に、子供たちがどう生きるかであり、高橋さんは敗戦時6歳、国民学校の1年で、その時に8月6日を迎えられて、高橋さん被爆は直接されていないが、広島で先生をして、親戚に被爆者も多く、原体験から追体験として子供たちに広島を伝えたいとしているのです。

福本さん、今日の取材は、平和祈念資料館、チケットを買うのに20人並ぶほどであり、大勢の人が来て、リニューアル工事で、東館が閉館で半分であり、それで混雑して、立ち止まって見られない場所すらあり、福本さんも5年ぶりに来られて驚かれて、理由はオバマ大統領の来訪、6,7月の来館者は4割も増えて、外国人が激増し、5,6月には5割の増加であり、中国の観光客が全国では多い中、広島にはヨーロッパの方が多く、欧米の関心が高くなり、オバマ大統領の効果は大変大きく、去年149万来て、史上5番目、今年は史上最高の模様で、日本人の関心ももちろん高く、日本で見学した子供の感想、原爆の話を聞いた意味があったというものであり、分からないと戦争が起こる、成人の方より、オバマ大統領も来て、子供の時にも見たが、放射線の仕組みなど、印象に残り、悲惨であったと再確認された人もあり、また展示品への感想もあり、言葉で表すより、自分の目で見ることが大切とあり、子連れの母親、子供に戦争を伝えたいものである人があり、自分も子供も興味を持てたと語り、水野さんも感心されて、何度行っても新しい発見があり、福本さん、オバマ大統領の折り鶴を見たい人もいて、感想を書くノートもあり、オバマ大統領の核廃絶のメッセージを国籍関係なく多くの人が訪れていたのです。

オバマ大統領の来訪について、高橋さん、リスナーより、広島の皆さんは、オバマ大統領の来訪をどう評価されているかと質問があり、高橋さん、評価が圧倒的であり、しかし本当は原爆投下への謝罪、核廃絶の被爆者の願い、核兵器禁止条約をしてほしかった、2009年のプラハ演説から、広島で核廃絶への思いをしてほしかったというのが、被爆者の思いであり、やはり、広島は謝罪を求めていた&オバマ大統領に核廃物をもっとしてほしかったものであり、実効性のある核禁止と謝罪なしには不満があっても、だからと言ってオバマ大統領の広島訪問は否定されるものではなく、これから核廃絶への実行をしてほしいと、広島は思っていると高橋さん言われるのです。

福本さん、オバマ大統領の平和祈念館の見学は10分、何を見たかは非公開であり、今は本館のみの見学しかできないが、キノコ雲の写真があり、日本人も外国人もそれを写真に撮り、この資料館で最も多いのは遺品の服、中学・高校生のつぶれた服であり、福本さんは全身やけどを負った方の資料が印象に残り、全身やけどの方の写真の前では、皆さん言葉を失うのです。

ベルギーから来た17歳の高校生、原爆のことは知っていても、原爆が被爆者にこんな悲惨なことをするのかを、この写真を見て初めて知ったものであり、キノコ雲は知っていても、被爆者の悲惨者は海外には伝わらず、実物の意味はあるのです。

高橋さんが福本さんの案内をされて、高橋さん、子供たちへの案内で、戦後71年、子供たちに広島を受け継いでもらうのは、原体験、被爆者の話を聞いてもらうことが何よりで、原爆投下の下で、生活していた人たちがどうであったのか、被爆者の体験を引き継ぐのが大切であり、しかし被爆者はどんどん高齢化し、高橋さんと同い年の女性、6歳で被爆し、自らの被爆体験を語れるが、それ未満の方には被爆体験を自らの言葉で語るのは難しく、原体験をもった人から聞くことの限界もあり、被爆した遺物からあの日を語らせる時代に来ていると言われて、資料館の果たす役割は大きくなり、オバマ大統領が資料館を訪ねて、真摯に受け止めて、核兵器は非人道的で禁止すべきという体験をもって帰ってほしかったのです。

福本さん、子供たちに広島を伝える難しさは、子供たちは修学旅行などで広島に来て、どう伝えるべきか、映像でやるのか、人形で伝えることも検討されており、水野さんは蝋人形で被爆直後のことを表したものを思い出されて、福本さん、それは今プラスチック製になり、これは恐ろしく、しかし来年2月に撤去が決定、作り物を排除して、実物に特化する方針になり、これについて高橋さん、実物でたくさんあったのは、ボロボロになった子供たちの服などであり、これを今の子供たちに見せて、広島の方が原爆を浴びてどんなことになったかを追体験するのは難しいと言われて、高橋さんのお孫さんも人形は恐ろしく、見たくないというものの、あの人形にはインパクトは大きく、原爆の悲惨さを見事に表し、作り物だからおかしいのではなく、同じ実物は今なく、だから人形であり、人形を撤去して、服や弁当箱だけでは原爆の悲惨さの再現は難しく、実物+作り物には意味もあり、他方人形の状態よりひどかったという意見もあり、高橋さん、生きていた人たちが一瞬で殺されて、歩くことすらできなかった人もあり、被爆者にはもっと悲惨なことがあったのです。

人形を見た子供さんのお話、原爆を浴びて水もないのは怖く、これを見てよかったと思い、大人からも、皮膚がただれるのは、実際の悲惨さを示してくれて、怖くても見なければならない、あれがトラウマになっても、現実であり、示すものは残すべきとの声があり、子供も見て怖くても、見た意味を感じて、福本さん、原爆の被害を伝えるのは難しいと言われました。

平和のための戦争展が昨日まで京都であり、被爆者の米澤鐵二さんがお話をされて、母親と満員電車にいて、そこで原爆に会い、エゲツナイ光線で、ものすごい音で、すさまじい爆厚でなぎ倒されて、大変な悲鳴であり、服は焼かれて裸、米澤さん、当時の子供たちは焼けて全裸であり、やけどが水膨れになり、直接光線の当たったところとそうでないところの差で皮膚が垂れて、子供たちは逃げて、脱水症状で川に入り、そして亡くなり、遺体の群れであり、米澤さんは親子ともに救援のトラックに助けられて、お婆さんが目玉が飛び出して、母がそれを見るなという地獄の体験であり、こういう体験は貴重でも、いつまでも聞けるのではなく、その時に何が必要か、人形にも意味があると水野さんは言われて、生の体験を聞くのがむつかしい今こそ必要だと水野さん言われて、高浜さんその通り、原体験を伝えるのが難しくなり、子供たちに、次の世代に引き継ぐ方法を見つけるのは課題であり、そして広島市は実物の展示にこだわっても、人間が一瞬でダメージを受けたことを伝えるのは必要で、トラウマになるという声もあるものの、高橋さん、撤去するのではなく、見たくない子供もいるかも知れないが、子供には感受性の差もあり、見たくない子供もいても、そうなら見ないで行けるコースは作ってもいいと言われて、福本さん、人形のことをご存知の方はしっかり見せて、他方通り過ぎる人もあったと言われました。

平和祈念館の他にも記念碑がたくさんあり、広島市立高等女学校の碑があり、3人の女の子が原爆の犠牲になり、e=mc2、高橋さん、エネルギーの公式で、アメリカはあまりに広島が悲惨であり、広島が世界に発信されるのを恐れて、9月に入った米軍はプレスコードの、広島の発信は禁止されて、原爆による死没という文字が当初禁じられ、原爆という表現ができるようになったのは1960年代の後半、原爆投下の20年後からであり、原爆と書けないので、e=mc2で原爆を表現して、学校の教科書に1954年まで原爆と書かれず、国民にこれを発する自由は大切であり、原体験、遺物、建物により語るだけでなく、原子雲ではなく、その下で無数の虐殺があり、それで原爆は許されるのかと、受け止めて、核を無くすために何が必要なのか、それを一人一人が考えるべきであり、過去核被害が隠された時もあったが、伝えるべきなのです。

水野さん、中学生、高校生も犠牲になり、同年代の子供たちにどう伝えるべきかと聞かれて、高橋さん、記念碑を見るだけでなく、その碑の持つ歴史、何を伝えようとしたのかを、ガイドする側が知ってちゃんと伝えるべきであり、それなしで、あの日の広島は伝えられず、原体験のある人の少なくなる今、貴重であり、背景を語る人が必要であり、そういう意味で、若い世代にもできることはたくさんあり、高橋さん、原体験がなくても広島は伝えられて、「人間は追体験のできる生物」であり、それを信じていきたい、こうして原爆体験を伝えたいと、高橋さん締めくくられました。

ニュースは千葉猛さんの担当でした。

天皇は生前退位の意向を気持ちとして語り、2度の手術や高齢で、象徴の務めができなくなることを恐れて、摂政を置くには無理があると語り、憲法上から政治について語れずでも、生前退位の意向を伝えるものであり、メッセージは昨日収録されて、今日15時に発表されて、生前退位には皇室典範の改正や新しい法律が必要であり、天皇は終身在位を前提としており、1947年に制定された時に生前退位を認めなかった理由は、過去の混乱や、昭和天皇の戦争責任による退位を恐れてのものと言われており、政府は皇室典範の改正には触れず、ある政府関係者も、これから急にやることはないと語っています。

国民年金の給付額を減らすのは憲法違反として、国民年金では現役世代が減り、高齢者が増えて、給付額を物価の上げより抑えるマクロ支給スライドは違法として、大阪で提訴されました。原告の年金受給者は、憲法で保障された最低限の生活の保障に違反するとして提訴です。

長崎は明日、アメリカの原爆投下から71年で、平和式典が行われ、田上市長はオバマ大統領の発言を引用して、核のない世界を目指すとして、原爆死没者名簿が示されます。

今週の報道するラジオ、広島からの放送であり、広島のリスナーから、福本さんの来訪への謝意もあり、今日の話に出ていた人形のこと、平和資料館で原爆投下直後のものを再現したもの、これの撤去について、自分も反対、あの人形も現実の一つであり、とにかく訪れてほしいと広島からの声、はだしのゲンも残酷すぎるとも言われたが、見せなかったら、伝えたことにはならないと、水野さん締めくくられました。

原爆体験を伝えることは続けないと、この国をまた戦争に導きます、この内容、例により私に無断でいくらでも拡散してください、核(原爆も、原発も)を否定して、未来を拓きましょう!

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