8/10長崎原爆71年 「核の傘」脱却を 「被爆者だからこそ言わねば」 【東京新聞・社会】

また、今年も長崎の原爆の日に行かれへんかった。
カレンダーのせいで土日になかなかひっかからへん。
海の日や山の日なんてしょうもない休日やめて、8/6ヒロシマの日、8/9ナガサキの日にして8/15を敗戦記念日にすべきや。
オバマはヒロシマでええかっこしに来ただけやと思ってたんや。
他人事みたいやな、あんたはトルーマンちゃうもんな。クチだけやんかって演説やった。
あの時核のボタン入れたスーツケースを護衛に持たせてたんやって?
今度はあんたが落とすんか?

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長崎原爆71年 「核の傘」脱却を 「被爆者だからこそ言わねば」

http://www.tokyo-np.co.jp/s/article/2016081090065703.html
【東京新聞・社会】 2016年8月10日 07時00分

長崎は九日、被爆から七十一年の原爆の日を迎え、長崎市の平和公園で原爆犠牲者慰霊平和祈念式典が営まれた。原爆投下時刻の午前十一時二分、約五千六百人の参列者らが黙とう。「平和への誓い」を読み上げた被爆者代表の井原東洋一(とよかず)さん(80)は、安倍晋三首相の前で安全保障関連法制廃止を訴え、核兵器禁止条約に消極的な政府へのいらだちを表明。式典前には「被爆者だからこそ、言わねばならない」と語っていた。

被爆者が長年訴えてきた核兵器禁止条約は、世界の非核保有国の多くが賛同している。しかし、米国の核抑止力「核の傘」に依存する日本政府は賛同に踏み切れない。「このままでは唯一の戦争被爆国としての名誉が守られない」。井原さんは、日本が核兵器禁止の動きに先進性を示すことこそ、被爆国のあるべき姿だと訴えた。

長崎と広島への原爆の投下は、普段から「二度の人体実験」と批判している。五月に広島を訪問したオバマ米大統領に対しては、最後の被爆地・長崎訪問を呼び掛けた。

小学四年の時、長崎市田中町の山中で被爆した。救護活動に加わった母と兄、姉を原爆症で失った。被爆者運動に携わり、昨年まで二十八年間、長崎市議を務めた。

この日の平和への誓いでは、世界の人々に届いてほしいと、最後は英語で締めくくった。「ナガサキ マスト ビー ザ ラスト(長崎を最後の被爆地に)」

◆オバマ氏演説表現に違和感 死は米が落としたのに

「平和への誓い」を読み上げた被爆者代表の井原東洋一さんは、オバマ米大統領が五月の広島訪問で「空から死が落ちてきた」と演説したことに触れ、「広島のウラン型原爆に対し長崎にはプルトニウム型原爆が投下され、二種類の原爆による実験ではなかったのか」と憤りをぶつけた。

オバマ氏は広島での演説で「七十一年前、雲一つない明るい朝、空から死が落ちてきて、世界は変わった」と述べた。しかし、井原さんは「落ちたのではない。米国が落としたんだ」とがくぜんとしたという。

こうした思いを抱いたのは、井原さんだけではない。日本原水爆被害者団体協議会(被団協)は六月の定期総会で、オバマ氏の広島演説について「米国の責任を回避する表現があり、具体的な課題の提起もなかった」と批判する総会決議を採択した。

決議はオバマ氏の演説について「人の心を打つような言葉が盛り込まれていた」と一定の評価を示した一方で、演説中にあった「空から死が落ちてきた」との表現を「あたかも自然現象のようだ」と批判。総会後の記者会見で田中熙巳(てるみ)事務局長(84)は「許せない。死をつくったのだ」と語っていた。

◆オバマ米大統領の広島演説冒頭

Seventy-one years ago,

on a bright cloudless

morning, death fell from

the sky and the world

was changed.

71年前、雲一つない明るい朝、空から死が落ちてきて、世界は変わった。

(東京新聞)

tky160810_iharasan井原東洋一さん

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