8/22むのさんの業績に光 「たいまつ」公開の図書館

冷房で寒い時ふっと視界がホワイトアウトするし、だんだん、むのたけじさんのそばに近くなっていくような気がする。

もう、臭くてたまらないし煩くてたまらないし眩しくてたまらないが、今のところ熊本大地震の2日前のような頭痛はない。 マスク3枚重ねとかタオルハンカチとっさに重ねとかで通勤時やりすごすが、毎日7時50分にアラームを鳴らして「バカじゃないの」と言いたいアホが新快速に乗っている。 その音が気持ちわるいのでしばらく耳鳴りが止まらない。吐き気がする時もある。明日そいつの横で遠慮せずに吐くかもしれない。 目は見えなくなるたびに鍼灸院で直してもらう。しばらくもつが恒久的ではない。 眼科に行くと「異常なし」だからわけがわからない。

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むのさんの業績に光 「たいまつ」公開の図書館

2016年8月22日 夕刊【東京新聞・社会】
http://www.tokyo-np.co.jp/article/national/list/201608/CK2016082202000206.html

秋田県横手市立図書館で一般公開されている電子化された「たいまつ」=22日午前
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ジャーナリストむのたけじさんの死去を受け二十二日、活動拠点だった秋田県横手市では、組織に属さず新聞を発行し、反戦を訴え続けたことを「強い信念があった」と惜しむ声が聞かれた。

貴重な記録を後世に伝えるため、むのさんが発行した週刊新聞「たいまつ」全七百八十号をデジタル化し、一般公開している横手市立図書館では、閲覧用のタブレット端末を手にする住民の姿が見られた。

同市の主婦斉藤美紀子さん(56)は「むのさんが買い物をするのを見掛けたことがあるが、気さくな人だった。強い信念があったからこそ、ぶれない評論が書けたのだと思う。ゆっくり読んでみたい」と話した。

図書館の伊藤静子司書(58)は「新聞を読んで、地方から平和を訴えた人がいたことを思い出してほしい」と語った。

太平洋戦争の従軍特派員を務め、国威発揚に加担した反省から、むのさんは終戦時に朝日新聞を退社した。

その後、故郷の秋田県に戻り、一九四八~七八年に新聞を発行。戦争や憲法、農業などを論じた。新聞休刊後も講演や出版を通じて平和の重要性を語り続け、二十一日に百一歳で亡くなった。

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