10/6田中正造の版画を佐野市に寄贈へ 「小口一郎研究会」の篠崎さん【東京新聞・栃木】

田中正造の版画を佐野市に寄贈へ 「小口一郎研究会」の篠崎さん

http://www.tokyo-np.co.jp/article/tochigi/list/201610/CK2016100602000201.html
2016年10月6日【栃木】

tky161007_syozosan佐野市に贈る田中正造の版画を手にする篠崎さん=小山市で
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小山市出身の版画家小口(こぐち)一郎(1914~79年)の作品を広めている「小口一郎研究会」代表の篠崎清次さん(69)=小山市=が8日、足尾鉱毒事件と闘った田中正造(1841~1913年)を描いた小口の版画を、正造の出身地の佐野市に贈る。佐野市が「田中正造の日」を制定したのを記念して、篠崎さんが所有する作品の寄贈を市に申し出た。 (稲垣太郎)

寄贈するのは、一九七八年作の肖像一点。小口は足尾鉱毒事件をテーマにした作品を数多く残したが、版画では正造の肖像がなかったため、篠崎さんの依頼で小口が制作した。これを篠崎さんが購入し、所有していた。

小口は当時の絹村(現小山市)の生まれ。十八歳ごろ、奉公をしながら油絵を描き始め、戦後に木版画を始めた。ある講演会で足尾鉱毒事件を知って衝撃を受け、強制廃村になった旧谷中村(現栃木市)から村民が入植した北海道佐呂間(さろま)町で取材。「野に叫ぶ人々」などシリーズ三部作を発表、ライフワークとした。

篠崎さんは高校生のころに個展を見に行って小口と出会い、活動を手伝うようになった。定年退職した二〇〇七年には、小口の弟子らと「小口一郎研究会」を結成。小口本人から譲り受けたり、弟子から寄付してもらったりした作品を小山市や佐呂間町に寄贈してきた。

正造は旧小中村(現佐野市)の出身。市は、足尾鉱毒事件と闘った正造を「環境問題の先駆者」と位置付け、その偉業をたたえるため、惣宗寺(佐野厄除(よ)け大師)で正造の本葬が営まれた十月十二日を「田中正造の日」に制定した。八日に制定記念のイベント「田中正造の日環境フェスタ」を市文化会館で開き、岡部正英市長が式典で作品を受け取る。

「小口先生は常々『人の悲しみを自分の悲しみにできる人間になりたい』『歴史は歴史であってはいけない。歴史は現代に生かさなければならない』と私に言った」と篠崎さん。「私も来年は七十歳。元気なうちに先生の作品を広めたい」と話す。

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