11/12日印原子力協定 核廃絶めざすヒロシマの会 森滝春子さんに聞く【東京新聞・特報】

日印原子力協定 核廃絶めざすヒロシマの会 森滝春子さんに聞く

2016年11月12日【東京新聞・こちら特報部】

原発輸出を可能にする日印原子力協定に、来日中のインドのモディ首相と安倍首相が署名した。核拡散防止条約(NPT)非加盟国との締結は初めてで、広島・長崎の両市長が交渉中止を求めてきたが、政府は原発セールスを優先した。親子二代にわたり反核を訴えてきた「核兵器廃絶をめざすヒロシマの会」共同代表の森滝春子氏(77)の怒りは深い。「核廃絶」の国是をきしませ、「唯一の戦争被爆国」はどこへ行くのか。 (三沢典丈)

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2012年ごろからインドのウラン鉱山の放射能被害を追う地元カメラマン、アシッシ・ピルリ氏の告発写真。放射性廃液が垂れ流されている人工湖=森滝さん提供

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首相官邸前で日印原子力協定反対を訴える人々=11日、東京都千代田区で

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「原発事故に学ばぬ愚」

「福島原発事故で、日本の原子力開発が大失敗だったことが明らかになったのに、何も学んでいない。あまりにも愚かだ」

森滝さんは怒りに声を震わせながら切り出した。

二O一O年に日印原子力協定の動きが表面化して以来、やきもきしながら経緯を見守った。インドを含む三十一カ国、四百五十団体が繰り広げる「『日印原子力協力協定』に反対する共同アピール署名」にも協力。だが、安倍政権は協定締結に踏み切り、非核の願いは踏みにじられた。

「インド国内の原発はたびたび事故を起こしてきた。核兵器開発も強化しかねないのに、唯一の被爆国であり、核廃絶が国是の日本が原発技術を供給するなど、非道徳も極まりない」と嘆く。

森滝さんが本格的に反核運動を始めたきっかけは、インドにある。一九九六年、がんを患い、勤めていた学校を退職した当時、インドとパキスタンの核開発競争が懸念されていた。翌九七年、「インド・パキスタンと平和交流をすすめる広島市民の会」の結成に参加。両国への反核平如行脚を精力的にこなす一方で、敵対心を抱く両国の青少年を広島に招き、原爆や放射線被害の恐ろしさを説いた。

運動を通じ、インド東部.ジャドゥゴダのウラン鉱山開発に伴う放射線被害を知り、ニ00一年に訪問してがくぜんとした。現代社会から隔絶された先住民の集落の農地に、ウラン採掘で出た放射性物質を含んだ鉱滓-こうさい-がそのまま投棄され、精錬時の放射性廃液が集落の人工湖に垂れ流されていた。

森滝さんは「農地を奪われた住民は鉱山で働かざるを得ないが、素手、はだしで作業し、被ばく対策などは一切なし。乾期には、鉱滓が飛散し、雨期にはダムからあふれた汚染水が集湾を襲う。住民のがんなどが多発し、巨頭症の子や障害のある子どもたちが大勢いた」と振り返る。

インド政府は、住民の健康被害と放射線との因果関係を認めていない。だが、O三年、当時、京都大の助手だった小出裕章氏とともに現地を調査したところ、村内のあらゆる場所で高いレベルの放射能汚染が確認された。「軍事利用も平和利用もない。利用以前のウラン資源を採掘する段階で、核による被害が起きていた」

放射能汚染進むインド 「差別社会の縮図」

森滝さんは「先住民が同様の核被害にさらされている例は、米国やオーストラリアなど世界中にあり、まるで差別社会の縮図だ。私たちはこうした現実に依拠して、人間本来のあるべき生き方とは何なのかを真剣に考えなければならない」と強調しながら、訴える。「被爆国の日本と、ウラン採掘で健康被害が出ているインドは、むしろ反核で協力し合うべきだ」

「核とは共存できない」

平和利用も否定父・市郎さん

父の故・市郎氏(一九O一l九四年)は被爆者で、原水爆禁止運動をリードしてきた哲学者だった。

戦後、核兵器など原子力の軍事利用については、拒否反応を示す国民も、平和利用には理解を示した。五五年、米国の下院議員が広島に原発建設を提案すると、当時の広島市長が賛成したほどだ。五六年には広島で原子力平和利用博覧会が開かれ、原発や原子力船などが紹介された。

そのころ、広島県原爆被害者団体協議会の初代理事長に就任した市郎氏も当初、平和利用を容認していた。だが、原子力開発に伴う放射線被害の研究者と知り合うにつれ、次第に平和利用も否定に傾いていった。そして七五年、市郎氏は原水禁大会の基調演説で「核は軍事利用であれ平和利用であれ、地球上の人類の生存を否定する。核と人類は共存できない」と訴え、「核絶対否定」の姿勢を打ち出した。

森滝さんは「七五年に南太平洋フィジーで開かれた非核太平洋会議で、オーストラリアの先住民アボリジニの放射線被害の訴えに心を打たれたようだ」と振り返る。

森滝さんは現在、がんが再発し、治療中の身。「こんな時に動けないのは情けない」と悔しがる

ウラン鉱山告発のカメラマン 「被害者同連帯を」

その一方、昨年十一月、広島市で開かれた世界核被害者フォーラムでうれしい再会もあった。二OO二年、青少年交流で来日したジャドゥゴダのアシッシ・ピルりさんが長じてフォトジャーナリストとなり、ウウラン鉱山の被害を告発する写真を携えて参加してくれたのだ。

森滝さんは「彼は『来日して広島の被爆体験に触れたことが自分を変えた』と話していた。『被害者同士の連帯が大切』とも。協定締結は残念なニュースとして彼にも伝わるだろうが、あきらめてはならない」と力を込める。

最後に、もし市郎氏が生きていたら、今回の協定締結をどう思うか聞いてみた。

「父は、インドがマハトマ・ガンジーの非暴力・不服従の国という思いが強かったせいか、七四年の核実験の時には、日記で『インドよ、お前もか』と残念がっていた。父は元来は穏やかな人だったが、多くの人々の犠牲に背を向けたこの協定締結には、悲しみ、怒ると思う」

 

日本のイメージ利用 リスク多く

インドへの「原発輸出解禁」はどんなリスクをはらむのか。原子力資料情報室の松久保肇研究員は「インドはNPTに加盟せず、最近も原子力潜水艦を就航させている。そうした国と協定を結べば、核軍拡に協力することになりかねない」と懸念する。パキスタンと軍拡競争をしているインドに肩入れすることで、パキスタンの危機感を強める可能性もあるとみる。

一方、インド側は「核廃絶」を国是とし「唯一の戦争被爆国」と表明し続けている日本のイメージを利用していると指摘する。「インド国内では、日本と協定を結ぶことで地位が高まり、信用できる核兵器保有国として認知されると言われている」

政府は協力を民生用に限るとしているが、松久保氏は「インドは、カナダと米国の協力で造った民生用原子炉から取り出した核燃料を、一九七四年の核実験に使った。なのに核兵器への転用を防ぐ仕組みも不十分」と批判する。

「世界が見る目変わる」 

二O一二年九月には原発稼働に反対する住民が政府に弾圧され、死傷者も出ている。世界では、ベトナムが十日、原発建設計画の白紙撤回の決議案を国会に提出するなど脱原発の潮流も強まっている。

アジアの市民団体と原発ゼロを訴えている「ノーニュークスアジアフォーラム・ジャパン」の佐藤大介事務局長は「東京電力福島第一原発事故を経験した日本が、自国で造れなくなった原発を外国に持っていくのは非倫理的だと、国際的な非雛も高まっている。今までは福島原発事故で気の毒と見られていたが、十月に核兵器禁止条約に反対したことと合わせ、世界が日本を見る自が変わってしまう」と危ぶんだ。(橋本誠)

((デスクメモ))
トランプ米次期大統領は日本の核保有を認める発言で物議をかもした。拡散を促す発想は論外だが、「核の傘」を小さくしたいのは米国の本音だろう。その傘がない方が安全だと世界もうすうす気づいている。「平和利用」の幻想にしがみつくのもやめないと、ブッダも笑えまい。(洋) 2016・11・12

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カテゴリー: 小出裕章, 放射能汚染, 中日東京新聞・特報 パーマリンク