11/17「他者」と「当事者」つなぐ笛 アウシュビッツで「鎮魂」の能 藤田六郎兵衛【中日新聞・エンタ】

昨日中日新聞を購入したら、能楽「鎮魂」の記事あり。
不思議 偶然が重なる。

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「他者」と「当事者」つなぐ笛

 アウシュビッツで「鎮魂」の能 藤田六郎兵衛

【中日新聞・朝刊・エンタ】 2016年11月17日

雲は千変万化。あるときは真平らな白い大地と化し、また一面、砂漠の風絞のごとくたなびく。この下に森や川があり、人が営む世界がある。四万フィート上空から地球を見下ろした。まもなくポーランドのワルシャワ。国内線に乗り換えクラクフに入り、バスでアウシュビッツヘ向かった。

アウシュビッツの聖ヨゼフ平和教会と西部の都市ブロツワフで、能「鎮魂」を上演するため、十月末、私は日本を出発した。

この能は、ヤドビガ・ロドビッチ元駐日ポーランド大使が書いたもの。実は、初めてこの謡本(うたいぼん)を手にしたとき、幾層にも折り重なった悲劇の重さに戸惑った。アウシュビッツ強制収容所博物館に、東日本大震災時の津波で長男を亡くした福島の男性が訪れ、いまだに遺骨を集めている老人に出会うのだが、この老人は、実は収容所で殺された青年の霊の化身だったという。

いったい私の笛で何が表現できるのか。演奏以前に、今の私の心の中に「福島」「アウシュビッツ」はどう存在しているのか。問い直す時間が必要だった。

「歴史」として記憶される多くの出来事に対し、多くの人は当事者でなく傍観者である。同時に、出来事にかかわっている当事者は、私たちにとって大方が他者である。

息子を失った福島の男性、アウシュビッツで死んだ青年。二人が発する言葉が謡となり、それをより深く伝えるため、笛の音を重ねる。言葉にならない文字と文字の間の心の叫び。「他者」だった二人の叫びを表現しようと笛を吹いた瞬間、私は、自分が「当事者」になったと確信することになった。不本意な死を前に乱れる心。涙、おえつ、不条理が笛の音となった。

聖ヨゼフ平和教会での初演の日は、ポーランドの国をあげての墓参り(日本の盆にあたる)の日だった。墓にはあふれんばかりの花が供えられ、夕刻にはそこかしこに小さなキャンドルがともされた。朝からミサが執り行われ、最終ミサの後に「鎮魂」は上演された。参列者の椅子が並ぶ間の、祭壇に向かう細い通路が橋掛かりとなり、祭壇の前でシテ(主役)が舞う。祭壇の左右には地謡、囃子(はやし)。大理石の床に正座して笛を吹いた。

シテの舞に涙を流す人。身内に犠牲者がいる異郷の人が、福島の悲しみに心を寄せてくれる。青年の霊が天に昇天することで終曲する能「鎮魂」の後に流れる涙は、安らぎの涙だろうか。

「津波来し時の岸辺は如何なりしと見下ろす海は青く静まる」(天皇陛下)「帰り来るを立ちて待てるに季(とき)のなく岸とふ文字を歳時記に見ず」(皇后陛下)

二O一二年、ロドビッチ元大使は皇居の歌会始に招かれ、両陛下の鎮魂の和歌に感動し、この能の詞章に取り入れたという。十四日、東京の国立能楽堂で、両陛下ご臨席のもと、「鎮魂」が国内初演された。

(能楽笛方藤田流十一世宗家=次回掲載は十二月二十二日)

cyu161117_nouポーランドのブロツワフで新作能「鎮魂」を上演する筆者寄ら能業師たち

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