11/22山形県避難者の声から 「帰還強要」募る不信感【東京新聞・ふくしま便り】

「住宅支援の打ち切り!日本死ね!!」だわ。

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山形県避難者の声から 「帰還強要」募る不信感

2016年11月22日【東京新聞・ふくしま便り】
http://www.tokyo-np.co.jp/article/feature/tohokujisin/fukushima_report/list/CK2016112202000197.html

米沢市内に初雪が降った。避難先で6度目の冬がやってくる=山形県米沢市で
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福島第一原発の事故で今も福島県外に避難している人は四万人以上もいる。県は、このうち自主避難者に対する唯一の支援策である住宅の無償提供を来年三月末で打ち切る方針を提示。県外避難者の間に不安と動揺が広がっている。帰還を強要する国や県に「なぜ古里は冷ややかなのか」と強い不信感を抱いてもいるようだ。

山形県米沢市は奥羽山脈の栗子峠を隔てて福島市と隣接している。車で走れば一時間ほどで行き来ができる距離だ。このために事故後、米沢市には四千人近い福島県民が逃げ込んだ。今も七百人弱がとどまっている。そのうちの一部の人から近況を聞くことができた。

米沢市の避難者の多くは雇用促進住宅に無償入居している。先月、同住宅の居住者に「意向確認書」が配られた。

無償提供の期間が来年三月三十一日をもって終了するため、その後の有償による継続入居を希望するか、希望しないか、該当する方へ丸を付けよ、という内容だった。

「無償で継続入居を希望するという選択肢がない。どうしたらいいの」。子供二人を連れて避難をしているシングルマザーの女性(39)が顔を曇らせた。

子供を連れて、まだ放射線量の高い福島県内に帰るつもりはないという。だが米沢市で見つけられた仕事はパートだけだった。保育費やミルク代に困り、抑うつ状態になった。誰にも会いたくなくなり、部屋に閉じこもった。このうえ家賃の支払いが増えれば家計は破綻する。

避難者は一様に東京電力からの賠償金を得ているという誤解が世間では横行している。だが避難指示区域外から逃げてきた自主避難者の場合、賠償は大人で原則十二万円にとどまる。

福島県は自主避難者に対し、来年四月以降、最初の一年間は家賃の半額を、二年目は三分の一を補助するとしている。しかし三年目にはゼロになる。

ところで、話を聞いた避難者の中に、福島県への帰還を決めた人は一人もいなかった。

理由はおおむね三つだ。

第一は、やはり放射能汚染の恐怖。夫を県内に残して幼い子供三人と暮らしている女性(38)は、「会社員の夫は帰ってきたらどうかといいます。でも私はとてもそんな気持ちにはなれない。この話をするとけんかになるので黙っている」と話す。

逆に夫の方が避難に積極的だったと話す女性(40)もいた。

「二人の娘が小学生だったので。夫は福島県内まで片道二時間をかけて通勤しています。それでも本人は耐える覚悟でした。さすがに最近は疲れがたまってきたようで心配です」

第二は、歳月が避難先との強い結び付きを生んだこと。

子供が山形で高校に進学したり、就職したという人もいた。

「最初は不登校だった子供も、山形は避難者が多いせいか人の気遣いがあり、少しずつ慣れたんです。子供に五年半は長い。今はここが故郷です」

また六十八歳の女性の場合、一緒に避難していた夫が昨年四月に急性心不全で亡くなった。

「嫁に入った家に一人で帰れといわれてもね。友だちもできたし、このままの方がいい」

そして三番目。言葉の端々からうかがえたのは、「納得できない」思いだ。避難は、仕事を捨てたり、家族と別れたりと、大きな犠牲を払った選択だった。人生の歯車は狂った。

帰れば、そうした苦難はなかったも同然となり、被災者は普通の県民に戻る。国も県もそれを望んでいるらしい。では、この五年半は、ただの悪夢だったとでもいうのか…。

山形県に避難する人々と支援者たちは「住宅支援の延長を求める会」を結成し、署名を集める一方で、内堀雅雄・福島県知事との面談を求めている。現時点で内堀知事は面談に応じていない。米沢では雪が舞い始めた。長い冬が始まる。 (福島特別支局長・坂本充孝)

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