12/22戦時ほうふつ? 安倍政治の「空気感」/論理性欠く法案 次々と採決強行/「言い換え」駆使 印象操作?【東京新聞・特報】12/21福島の声に耳傾け/目に見えない挑戦状/アレクシエーヴィチ来日に寄せて 沼野恭子【東京新聞・夕刊】

自分一人が立ち上がったからといって世の中変わるもんじゃないと無関心を決め込んでる若いヒトの多いこと。
飼いならされているというのか、奴隷根性っていうのか。
今日の牧デスクの特報を読んでいたら、昨夕のアレクシェーヴィッチさんの言葉が出てきたので一緒に文字おこしをした。

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戦時ほうふつ? 安倍政治の「空気感」

2016年12月22日【東京新聞・こちら特報部】

事実性も論理性も欠いた臨時国会が17日、閉幕した。冒頭の首相の所信表明での自民党議員らによる起立と拍手。このシーンに象徴された国会だった。だが、そんな内輪のノリは外交には通じない。安倍首相は次期米大統領のトランプ氏、ロシアのプーチン大統領に軽くあしらわれた。それでも政権の支持率は高い。それはなぜか。事実より、戦時中のような「空気感」の支配が強まっていないか。 (安藤恭子、三沢典丈)

論理性欠く法案 次々と採決強行

 TPP カジノ 年金抑制

  外交空回りも高支持率維持

「この瞬間も海上保安庁、警察、自衛隊の諸君が任務に当たっています。彼らに対し、いま、この場所から、心からの敬意を表そうではありませんか」

臨時国会はこの首相の呼び掛けに応じた自民党議員らの「スタンディングオベーシヨン」から始まった。その後、法律の制定を根拠づける立法事実も、納得できる道理も乏しい法案の採決が次々と強行された。

代表例が環太平洋連携協定(TPP)だ。発効には国内総生産(GDP)の合計が85%以上を占める六カ国以上の合意が必要。しかし、その六割超を占める米国の次期大統領であるトランプ氏が就任直後の離脱を明言し、発効の見通しがないのに採決された。

カジノを含む「統合型リゾート施設(IR)」整備推進法もそうだ。ギャンブル依存症を防止するとの修正文言を入れて成立したが、現行の刑法はカジノを賭博として禁じている。

依存症の「害」を認めつつ「経済成長の起爆剤」として合法化するのは、かつて市販されていた覚醒剤の宣伝文句「(商品名のヒロポンで)体力の亢進-こうしん-」と重なる。カジノ推進派のパチンコ企業が、法案提出議員のパーティー券を大量購入していた問題も発覚した。

年金支給額を抑制する新ルールを盛り込んだ年金制度改革関連法では、支給額の見通しが示されず、不安を残した。制度の調整弁として、年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)の積立金があるはずだが、株式運用比率の倍憎で、二O一五年度には約五兆三千億円の損失を出した。

審議で、安倍首相は「短期的な評価損をことさら取り上げて、年金制度への不安をあおることは慎むべきだ」と答弁したが、運用リスクは到底消えない。ただ、こうしたむちゃは世界には通用しない。トランプ氏は首相と面会した四日後にTPP離脱を表明した。プーチン大統領との会談では、北方四島の領土問題が進展しないどころか、合意した「共同経済活動」はロシア法の下で実施することが強調され、「不法占拠」としてきた従来の日本の立場も覆されかねない。

会談前の今月七日には、シリア北部アレッポの情勢を巡り、米国と英独仏伊、カナダの六カ国首脳が、即時停戦を求める声明を出した。アサド政権と後ろ盾のロシアとイランを批判したが、先進七カ国(G7)の中で日本だけが外れた。

山本有二農相がTPP承認案の強行採決に触れて批判を浴びた後、自らの発言を「冗談」と称するなど、閣僚の放言も相次いだ。

だが、内閣支持率は依然として高い。日ロ首脳会談後の十七、十八日に共同通信社が実施した全国電話世論調査によると、支持率は前回十一月より5・9ポイント下落したが、54・8%。この「空気感」はなんなのか。

「言い換え」駆使 印象操作?

 「新基地建設」→「移設」 「武力紛争」→「武力衝突」

  変わらぬ一億総懺悔「声上げ、現状変革を」

「空気感」を支えている一つは「言い換え」という印象操作にありそうだ。

安倍政権は武器輸出三原則を覆し、武器輸出を解禁したが、新たに閣議決定したのは「防衛装備移転三原則」だった。安保関連法も反対派は「戦争法案」と批判したが、政府は「平和安全法制」と名付けた。

自衛隊が派遣されている南スーダンで今年七月、政府軍と反政府軍の戦闘が起きた際も、稲田朋美防衛相は国会答弁で「武力衝突」と主張し、撤退条件となる「武力紛争」であることをかたくなに否定した。

犯罪計画を話し合うだけで処罰対象とする共謀罪法案も「テロ等組織犯罪準備罪」と名称を変え、次期国会に提出されそうだ。

沖縄県名護市辺野古沖の米軍基地建設計画も、建設反対の県側の認織は「新基地建設」だが、政権は「移設」と譲らない。十三日に起きた米軍輸送機MV22オスプレイの事故も、政府は「不時着」としている。

これらは戦時中の「大本営発表」を想起させる。

日本軍の敗走を「転進」と表現、全滅を「玉砕」と美化して広報した。この印象操作は当時、大半の国民の目をくらましたが、こうした客観的事実や論理よりもムード(空気)優先という「空気感」による世論支配が現在、再び社会を覆いつつあるのではないか。

東京大の高橋哲哉教授(哲学)は「いまは次に起こる戦争の『戦前』ではないか」と危機感を募らせる。

「安倍政権の全体主義的傾向は強まっている。やりたい放題やっても国民からの抵抗がほぼない現在、中国と尖閣諸島問題などでもめれば、九条改憲まで突っ走っても不思議ではない」 高橋教授は日本人を包んでいる現在の空気を「明治以来のお上にまかせるしかないという根強い意識」と指摘し、先日、来日したベラルーシのノーベル文学賞作家、スベトラーナ・アレクシエービッチ氏の発言である「(全体主義の時代が長かったベラルーシと同じく)日本には抵抗の文化がない」を重く受け止める。

戦前は空気にのまれて、無線な戦争に走ったが、戦後、初の内閣を率いた東久邇宮稔彦首相は天皇への戦争責任追及を避けるため、国民に「全国民総懺悔をすることがわが国再建の第一歩」と呼びかけた。

この「一億総懺悔」論は戦争責任を戦前の国家指導部から国民へ転嫁する論理だったが、当時の大半の国民はさして抵抗することなく受け入れてしまった。

「現在も沖縄県民や本土で抵抗する一部の勢力を除けば、国民の大半はお上のやることを追認している」

「一億総懺悔」は過去の話ではないという。高橋教授は福島原発事故を「第二の敗戦」と規定する。

国や東電の事故責任は依然として暖昧なまま、二十一兆円にまで膨らんだ廃炉までの処理費用は税金や電気料金の形で国民に転嫁されようとしている。ツケ回し以外の何物でもない。

「この構図は先の戦争とその責任処理とまったく同じだ。次の戦争も責任は国民に押しつけられる」

どうすればいいのか。高橋教授は一九四O年、帝国議会で「反軍演説」をした衆院議員の斎藤隆夫氏を引き合いに、野党議員に奮起を促す。「斎藤は反戦主義者ではなかったが、多数の戦死者が出ている日中戦争の処理について質問し、軍部におもねる当時の内閣を批判した。その結果、国会から除名処分を受けたが、国民の支持を受けて再び当選した。こうした先達に学ばねばならない」

高橋教授は、国民にも意識改革を訴える。「空気は変えられないと、あきらめてはならない。朴槿恵大統領を弾劾に追い込んだ韓国市民のように、いずれ必ず変えられる。一人一人が声を上げ続けなくては」

 デスクメモ

先月下旬、首相側近の官房副長官が「首相はおぼっちゃま育ちの割には不良と付き合うのが上手だ」と言った。「不良」にはプーチン氏らも含まれる。他国の元首に失礼なのはもちろんだが、この見立てがまるで見当外れだったことも証明された。有権者の見立てもいま問われている。(牧)  2016・12・22

15日未明にカジノ法案を可決、成立した衆院本会議

(左)(下)=柔道の形の演武を見学する安倍首相とロシアのプーチン大統領=16日、東京都文京区の講道館で

オスプレイの事故で現場近くの浜辺に残飯を集める米軍関係者=17日、沖縄県名護市で

 

 福島の声に耳傾け

 目に見えない挑戦状

アレクシエーヴィチ来日に寄せて 沼野恭子

2016年12月21日【東京新聞・夕刊】

ちょうど一年前の今頃、ベラルーシの作家スヴェトラ-ナ・アレクシエ-ヴィチはノーベル文学賞受賞スピーチでこう語った。著書『チェルノブイリの祈り』を書いてわかったのは、「共産主義、民族主義、新興宗教といった人類への挑戦の他に、さらに私たちの行く手に立ちはだかるものがあるということ。それは、より無慈悲で全世界的だけれど、今のところまだ目に見えない挑戦だということ」と。つまり、私たちは放射能から挑戦状を突きつけられているということだ。

東日本大震災後の福島を訪れたいと前から思っていたという。折しも先月、東京外国語大学が名誉博士号を贈ることになり、アレクシエ-ヴィチは新刊の訳書『セカンドハンドの時代』(松本妙子訳、岩波書店)のプロモーションも兼ねて来日した。その際、福島に足をのばし、二日間にわたって南相馬市や飯舘村で被災者に話を聞いた。福島第一原子力発電所まで約三キロというところを通っている国道6号も車で走り抜けた。停車してはいけない区間があり、そこでは右左折できないよう道の両側が閉鎖されている。

福島への旅に同行した私は、彼女の創作手法である「証言」の現場に立ち会うことになり、相手の顔や手を見ながらじっと聞き入るその姿を探く心に留めおいた。質問はあらかじめ考えておくのではなく、相手の話を聞いて自然に浮かんでくることを投げかけるという。相手と信頼関係を築きながら、ぽつりぽつりと聞いていく。この方法で最初の単行本『戦争は女の顔をしていない』から「セカンドハンドの時代』まで何百何千という人のドラマを聞き、できる限り加工せずに生-なま-の声を伝えてきたのだ。

「避難命令が出たとき何を持っていきましたか」「そのときどんな気持ちでしたか」「事故の前と後で原子力に対する考えは変わりましたか」。アレクシエ-ヴィチはそんな問いを発した。

福島から戻った翌日、東京外国語大学で記念講演をした後、彼女は学生たちとの対話に応じた。福島での印象を訊-き-かれ、「荒廃した村、打ち捨てられた家々など、チェルノブイリの光とまったく同じでした」と話した。と同時に、チェルノブイリと比べて二つのことに驚いていた。ひとつは、ウクライナ・べラル-シではいまだに原発から三十キロ圏が立ち入り禁止になっているのに、日本ではなぜ解除が進んでいるのか。もうひとつは、旧ソ連のような全体主義国家では表立って公権力に抵抗するのは難しかったが、日本のような自由な国でなぜ被災者は団結して政府に立ち向かわないのか(被災者の方々を非難しているのではなく、心から不思議に思ったようだ)。

それは、彼女がこれまで何よりも深く考えてきたのが「自由」についてだということと関係しているだろう。さまざまな機会におこなわれた過去のインタビューでたびたびドストエフスキーを引き合いに出し、せっかく与えられた自由を手放してしまう人間の本性に言及している。

利便性よりエコを

彼女の真摯な、どこまでも温かく人間らしい応答は、福島で接した人々にも、学生にも、ジャーナリストにも深い感銘を与えたようだ。彼女の来日は一過性のイベントではなく、永続的・根源的な問いを私たちに残していったという点できわめて大きな意味があったと思う。グローバルな被害をもたらす放射能の挑戦を人類はどう受けて立つのか。利便性ではなくエコロジーに比重を置いた「新しい哲学」が必要なのではないか。そうアレクシエーヴィチは問いかけていった。

(ぬまの・きょうこ=東京外国語大教授、ロシア文学者)

東京外語大で学生との対話に臨んだアレクシエーヴィチさん=11月、東京都府中市で

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