【1/30東京新聞 ・ニュース読者発・向き合う】七年目の福島 被災者の暮らし 追う/・七年目の福島(上)分断の街を写し続ける

被災者の暮らし 追う

2017年1月30日【東京新聞・1面・ニュース読者発・向き合う 七年目の福島】

荒れ果てた部屋のソファに放置されたランドセルの持ち主はこの春、福島県内の高校を卒業する。

ここは福島第一原発事故で被災した当時のままの民家。本紙読者で元小学校教諭の写真家、菊池和子さん(七一)が福島県双葉町の帰還困難区域で、住民の一時帰宅に同行して撮影した。

菊池さんは東京と福島を行き来し、原発被災地と向き合い続けている=2016年5月、福島県双葉町で(2面に連載)

 

七年目の福島(上)/分断の街を写し続ける

2017年1月30日【東京新聞・2面・ニュース読者発・向き合う 七年目の福島】

除染作業員の説明を聞く菊池和子さん(右から2人目) =福品県双葉町で

本紙読者で元小学校教諭の写真家、菊池和子さん(七一)=東京都品川区=Hが三月、福島市で写展を開く。福島第一原発事故から七年目を前に、帰郷をあきらめた人や自宅ヘ戻った人、仮設暮らしが続く人。現地でさまざまな生き方に向き合い、撮影を進めている。その足取りを追った。

一月十六日。原発が立地し、ほぼ全域が帰還困難区域の福島県双葉町に、防護服姿の菊池さんがいた。除染廃棄物を保管する中間貯蔵施設の予定地に来たとき、案内役の町職員橋本靖治さん(四三)が切り出した。 「ここはあまり撮影してほしくありません」

荒れた畑に重機が置かれ、あぜ道には除染ごみを入れた袋が列をなす。町内ではありふれた光景だが分断の町を写し続ける橋本さんは理由を続けた。

「建設予定地と分かると町民の聞で『あいつは裏切って土地を売った』とあつれきが起きるんです。反対派と賛成派に分かれ、町は分断されてしまいました」

けげんな表情をしていた菊池さんは「はんこをつくかつかないかで、町民同士がいがみ合うのは、つらいですね」とうなずいた。

町内にはあちこちにつぶれた家屋が手つかずで残る。地震では傾く程度だったが、年月をへて完全に倒壊した建物も。住宅地の生活道路を悠然と歩くイノシシの姿もあった。原発との敷地境界では、国の除染の長期目標を約六・五倍上回る毎時一・五マイクロシーベルトの放射線量を検出した。

◇    ◇

菊池さんは東京都の公立小学校教諭として、府中市や日野市などの学校で教えてきた。四十八歳のとき、自分で何かを表現したいと、仕事の傍らで写真学校に入って学び始め、五十四歳で退職。筋ジストロフィーを患う男性と母親を十三年間、川崎市に暮らす在日コリアンの人たちを二年半にわたり撮影するなどしてきた。被写体と交流を重ねて「心を通わせた写真を撮りたい」と話す。

福島での撮影は、避難指示が解除される地域が出始めた二O一四年から開始。月二回ほど現地に向かい、六十人ほどを撮影、写真集を二冊発行した。

首都圏各地で写真展を計画しているが、事故から丸六年の節目には、福島で展示する。「私が福島と、きちんと向き合ってきたか、福島の人たちに見てもらいたいから。大きな試験を受けるような気持ちです」

◇    ◇

写真展「フクシマ漂流はつづく」は三月十~十三日、JR福島駅前のコラッセふくしまで開催。問い合わせは実行委員会代表の松崎敦子さん=電080(5228)7779=ヘ。

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