3/24<寄稿>独協医大 木村真三准教授 ばっぱたちのなみだ チェルノブイリ31年 原発事故 6年福島【東京新聞・朝刊】本社ロビーで写真展 27日から

「クパバーテ村のオーリャ」の写真が1枚Web上にある。
【東京新聞・TOKYO発】ばっぱたちのなみだ チェルノブイリ31年 原発事故

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ばっぱたちのなみだ

チェルノブイリ31年 原発事故 6年福島

<寄稿>独協医大 木村真三准教授

2017年3月24日【東京新聞・朝刊】

東京電力福島第一原発事故から六年がたち、旧ソ連ウクライナのチェルノブイリ原発事故から三十一年になろうとしている。両地で住民らの被ばく調査を続けている独協医科大の木村真三(しんぞう)准教授が、放射能で汚染された場所で暮らす高齢者を写真撮影し、その現実をつづった。

 

木村真三 1967年愛媛県生まれ。放射線衛生学者。放射線医学総合研究所などを経て、2011年8月から独協医科大准教授・国際疫学研究室長。チェルノブイリ原発事故での住民の被ばく調査を、00年から続ける。東京電力福島第一原発事故の直後に現地入り、福島いわき市志田名地区を中心に放射線量を測定、住民の被ばくを防いだ。東京湾や福島第一、チェルノブイリ原発周辺の海・山・農地の汚染を本紙とともに調べた。写真は中学時代から続ける。今回の研究は、JSPS科研費JP26293485、JP25257504の助成による。

 

本社ロビーで写真展 27日から

写真展「汚染地帯の今~チェルノブイリ・福島」 27日~4月7日(1、2日は閉館)午前10時~午後5時、東京新聞本社(千代田区内幸町2の1の4)正面玄関ロビー。無料。木村准教授が撮影した、チェルノブイリと福島の汚染地帯で暮らす高齢者らの写真20点を展示。30日午前と4月7日、木村准教授が会場で解説する。 東京メトロ霞ヶ関駅C4出口すぐ、都営三田線内幸町駅A7出口から徒歩5分。

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「生まれ育ったところが一番さ、そこが放射能に汚染されていても」。本心なのか虚勢なのかー。

チェルノブイリ原発事故(一九八六年四月二十六日)で強制的に避難させられた後、違法と知りながら自宅に戻った、サマショール(自発的な帰郷者)と呼ばれる人々の言葉だ。戻った理由は「移住先に、なじめなかった」「元の生活の方が良いと聞いた」などだ。

二O一五年十一月、チェルノブイリ原発周辺の「ゾーン」と呼ばれる地域で、サマショールの老人たちに会った。以後現地の生活から見えてくる問題を福島で繰り返さないようゾーンに通っている。

雪も解けた昨年五月、再訪すると、思いがけないことになっていた。オパチチ村のオーリャ(八七)が、雪解けで滑りやすくなった玄関先で転んで骨折。寝たきりになっていた。失聴と認知症も加わり、別人のようだ。六百キロ離れた街から介護に来ている息子イワン(六O)は、意思の疎通ができないいら立ちと介護疲れで、憔悴-しょうすい-していく。四回会った後の昨年十月二十二日、彼女は鬼籍に入った。

クパバーテ村の同じ名前のオーリャ(七八)も転んで大腿-だいたい-骨を折った。リハビリをかねて歩いていてまた転び、骨折。ゾーン外で暮らす姉から借金をして手術をしても、思うように歩けない。「死にたい」と泣き語らす。介護するいとこのソーニャ(六O)は「この先、どうしよう」と頭を抱える。

そして、福島の山村を思う。汚染がひどいのに避難指示が出なかった福島県いわき市志田名-しだみょう-地区では、子どもたちが疎開し、高齢者ばかりが残った。

フクばっぱ(九一)=ばっぱは、いわき地方の方言でおばあさん=は原発事故までは野良仕事にせいを出していたが、事故で田畑が汚染された。じっち=おじいさん=と二人、夏でも掘りごたつに脚を入れ、テレビを見るだけの毎日。事故から二年目の夏、石臼を抱え溝をまたいだ瞬間、股関節を骨折。リハビリ中に転び、今度は大腿骨を骨折。思うように動けない自身を嘆く。

故郷とはいえ、汚染地帯での老後は幸せなのだろうか。日々の暮らしや農業、地元の祭りを続けていけるのか。チェルノブイリでも福島でも、年月がたとうとも、現実が横たわる。
=敬称略

チェルノブイリ原発の新石棺(巨大カバー、右奥)と事故を起こした4号機(左奥)。現在は新石棺を移動させて4号機を覆っている=2016年10月撮影
クパバーテ村のオーリャ
オバチチ村のオーリャ
チェルノブイリではこの2年、キノコの季節に雨が降らない。収穫量は例年よりもかなり少ない。住民の貴重な食料だが、汚染されている。

紙面構成・武田雄介

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