3/30核禁止条約会議に不参加/空席に置かれた折り鶴/試される日本 どう応える【東京新聞・特報・右】

虎ノ門のホテル・オークラに泊まった時、きれいにベッドメイキングされた枕元に千代紙で折られた折り鶴が置かれていたのを思い出した。
皮肉なんてものはこの恥ずべき国の首相には分りっこない!

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核禁止条約会議に不参加

 空席に置かれた折り鶴

  試される日本 どう応える

2017年3月30日【東京新聞・こちら特報部・右サイド】

ニューヨークの国連本部で開催中の核兵器禁止条約制定交渉会議に不参加を表明し、誰も座っていない日本代表の席に、大きな白い「折り鶴」が置かれた。NGO「核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN)」が今回の交渉に貢献している国に贈っているが、「参加してほしい」と日本にも特別に贈られた。期待にどう応えるのか。(佐藤大)

ICANは、各国政府に、核兵器禁止条約制定の交渉開始を働き掛けてきたNGOの国際的な連合体だ。折り鶴の翼の部分には、英語で「wish you were here(あなたがここにいてくれたら)」という書き込みがあった。

折り鶴は、海外でもよく知られている。英語では、papercrane。

広島で被爆し、十二歳で亡くなった佐々木禎子さんの物語が大きく影している。広島平和記念公園にある「原爆の子の像」のモデルである禎子さんは二歳で被爆し、十年後に白血病を発症した。「千羽鶴を折れば願いがかなう」と折り続けたが、入院から八カ月後に病院で亡くなった。

この実話をもとに、米作家エレノア・コア氏が児童書「サダコと千羽鶴」を書き、学校の教材として取り上げられるなどして英語圏で広まっていった。関連の本が、ドイツ語やぺルシャ語、ベトナム語など各国語に翻訳され、世界中の人が知るところになった。

昨年五月オバマ氏が米大統領として広島を初訪問した際、自分で折った折り鶴を寄贈したことは記憶に新しい。

禎子さんの兄の雅弘さん(七五)や甥の祐滋さん(四六)が運営するNPO法人「SADAKO LEGACY」(東京)は、日本代表の空席に折り鶴が白かれたことについて、「平和のシンボルとして伝わっている」と話す。核兵器の問題や、日本がなぜ条約制定交渉会議に参加しないのかということを、多くの人が「考えるきっかけになるといい」と祐滋さんは話した。

「はだしのゲン」の英訳に携わった米国人の翻訳家アラン・グリースンさん(六五)は、日本が会議に参加しないことに対し、「とても遺憾だが、アメリカの核の傘に頼っている現在の政権の取りそうな態度だ。驚いてはいない。折り鶴には、日本政府が不参加で逃げていることへの皮肉の意味が込められているのだろう」と話した。

長崎原爆の被爆者らでつくる「長崎の証言の会」の森口貢(八一)は「日本政府はトランプ大統領の顔色ばかりうかがっている。こんな政治があるのか」と怒りが収まらない。「折り鶴には、何とか日本が交渉の場にきてほしい、という思いが詰まっている。まだ時間はある」

日本折紙協会によると、一六OO年前後に装飾品として使われていたものが見つかっており、日本人は折り鶴に四百年以上前から親しんできた。室町時代の紙包みの礼法から派生し、折り紙そのものが楽しまれるようになり、折り鶴も生まれたようだ。江戸時代には紙の生産量が増え、庶民も親しむようになり、健康などを祈って寺社に折り鶴を奉納する人もいたらしい。

現代でも、病気の回復を祈って千羽鶴を贈ることが少なくない。唯一の被爆国として、核保有国と非保有国の「橋渡し役」を務められない日本はいま病んでいるのかもしれない。回復には、さらに九百九十九羽が必要なのか-。

28日、国連の誰もいない日本の席に置かれた折り鶴=共同

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