4/14中嶌哲演 福井で原発反対運動続ける住職【中日新聞・あの人に迫る】

中嶌哲演 福井で原発反対運動続ける住職

2017年4月14日【中日新聞・あの人に迫る】
http://www.chunichi.co.jp/article/feature/anohito/list/CK2017041402000244.html

写真・河野光吉

◆必要で安全なら大都市につくれ

東京電力福島第一原発事故から六年、原発再稼働の動きが加速している。大阪高裁は三月末、地裁の仮処分で止まっていた関西電力高浜原発の再稼働を容認した。「原発銀座」と呼ばれる福井県で反対運動を続けてきた中嶌哲演さん(75)は、原発に依存しないまちづくりを考えようと呼び掛ける。その心を聞いた。

-福井県では高浜原発の仮処分が取り消され、大飯原発も近く新規制基準への適合が正式に認められそうです。なぜ今、地域の原発依存からの脱却がテーマに浮上したのですか。

何年も前から言い続けてきたのですが、再稼働で賛成と反対が競り合っている時期を迎え、推進側が勝てば第二の福島のような原発事故が起こるとの絶大な危機感があります。

これまで反対派の訴えは、危険性や事故の深刻さが中心でした。福島の事故後、反対世論が多いのに、依然として再稼働に暴走するのはなぜか。駄目押しに、地元の経済的問題の解決が必要だと考えています。

地元で再稼働を認めている人は、安全性に自信があるからではなく、自分たちの生活や自治体の財政がどうなるかという明日への強迫観念から、再稼働にきっぱりと反対できない。

例えば大飯原発があるおおい町は歳入の六割以上が原発関連です。自立した主体的な生活が営めず、原発マネーで物が言えないファシズム的な支配に甘んじないといけない。

-それを変えるには何が必要だと思いますか。

再稼働しなくても抜け出せるという施策やビジョンを示せば、存続しなくていい。福島の事故まで国策に貢献している誇りがありましたが、もはや原子力に必然性はありません。行財政の面でこういう対策を講じるべきだという運動が必要です。

私が大学に進学するため上京した一九六〇年代初頭、炭鉱労働者が街でデモをしていました。六〇年安保で騒がしい時代でしたが、当時の私は政治に関心がない「ノンポリ」もいいところで、道端から見ているだけでした。いま思えば、石炭から脱却して石油が主力の時代に、国が支援して切り替えていくのを目撃していたのですね。今は原子力から脱皮する時代に直面している。当事者として、安穏としているわけにはいかないのです。

-ノンポリ学生が、なぜ反原発運動を?

大学では美術史を専攻し、人間の死の問題や不安が大きなテーマになっていた実存主義に関心を持っていました。ロシア文学を読み、映画ばかり見ていて不眠症になり、入り直した高野山大で学友に連れられて和歌山での平和行進に行き、ある広島の被爆者に出会ったのです。

平和問題にも社会問題にも警戒感を抱いていた私は浮いていたと思いますが、その方はずっと私のそばについて戦争や被爆の体験を語りました。思わずメモをとった三首の短歌があります。一つは「死ぬる気で出征したる故郷(ふるさと)へ隠れ病む身となりて帰りぬ」という歌で、この「隠れ病む身」という言葉が、キーワードとして深く焼きつきました。

放射線は遺伝子を傷つけ、結婚差別や子や孫を持つときに苦悩を伴う。身を縮めて隠れ住み、病気を恐れる宿命。福島から避難した子どもがいじめに遭う問題もそうですが、軽はずみに公にできないのに、よくわかっていない若造に伝えてくれた。小浜市の寺に戻ってから地元の被爆者を訪ね、托鉢(たくはつ)で支援を始めたころ、小浜に原発誘致の話が浮上してきました。

-それから四十年以上にわたる反対運動が始まったのですね。

私が目覚めたときには、若狭湾岸では敦賀市や美浜町、高浜町などに七基が建設・計画中でした。私が参加していた宗教者団体や小浜市原水爆禁止日本協議会など六つの団体とオブザーバーとして三団体が加わり、七一年に「原発設置反対小浜市民の会」を結成しました。「美しい若狭を守ろう!」を合言葉に、原発の立地計画が三回、使用済み核燃料の中間貯蔵施設の計画が二回浮上しましたが、すべて阻止しました。

でも、すぐ隣のおおい町に大飯原発があります。大飯原発の3、4号機の増設計画が浮上したとき、はがきを送ってもらう市民投票を実施したら、小浜市民の91%が反対だったのに原発はできました。十キロ圏内の住民の75%は小浜市民でしたが、立地する自治体にしか発言権がないからです。

大地震で事故が起きたらどうなるでしょう。福島では、放射能で暮らしも思い出も奪われ、ふるさとを捨てさせられています。人工妊娠中絶をした女性もたくさんいると聞いています。

-事故から六年たち、脱原発の世論は多いですが、風化も指摘されています。

背景の一つに立地の差別構造があると思います。火力発電所は都会に林立しているのに、原発は過疎地に押しつけられてきた。大量生産、大量消費の高度成長を下支えしたのが原発かもしれませんが、電気を必要としたのは大都市です。必要で安全なら、なぜ大都市につくらないのか。

原発には三つの地元があると思います。立地する地元と被害を受ける地元、消費する地元です。福島の事故で「被害地元」という考えは広がり、昨年三月に大津地裁が高浜原発の運転差し止め仮処分でそれに応えました。

でも原発を田舎に押しつけて電力だけ享受してきた「消費地元」は、「犠牲にしてまで電気はいらない」とは言ってくれなかった。福島の事故で、東京に電気を送ってきた福島が犠牲になるという構造が、一時的に可視化されましたが持続していない。それでも反対運動は続けられ、応援してくれる人もいますが、多くは危険を押しつけてきた自覚や反省がなく、自分の問題として捉えられていないのではないかと思います。

-高浜原発の仮処分が解ける前から、電力会社は「再稼働したら値下げする」とPRしてきました。

目先の損得でしょうが、事故が起きれば後始末は国民がしなければなりません。安くつくどころか天文学的なコストがかかり、本当は破綻している。こういう機運で突き進めば第二のフクシマが起きるのは必然だと思います。次に福島のような原発事故が起きたら日本は滅びます。

この四十年以上にわたる構造的な問題の解決が間に合うのか。緊急の問題です。若狭湾岸は何度も大地震が起きています。だから、立地だけでなく、被害地元や消費地元の人も巻き込んで脱する道を掘り下げ、説得力のある運動を早く具体化しなくてはなしません。

戦前の日本は、本土を空襲されても広島に原爆を落とされても、戦争をやめなかった。福島の事故はヒロシマです。長崎に原爆が落ちるまで、第二のフクシマが起きるまで目覚められないのでしょうか。

釈迦(しゃか)は最晩年に「自灯明、法灯明」という言葉を弟子に残しました。自分の足元を見つめ、節理に照らして生きよという意味です。一人一人の自覚と行動が大事です。

◆あなたに伝えたい

今は原子力から脱皮する時代に直面している。当事者として、安穏としているわけにはいかないのです。

<なかじま・てつえん> 1942年、福井県小浜市生まれ。実家は、9世紀初めに坂上田村麻呂が蝦夷征伐に際して創建したと伝わり、国宝の本堂や三重塔がある明通寺(真言宗御室派)。東京芸術大を中退後、高野山大を卒業。現在は同寺住職を務める。被爆者支援活動をきっかけに仏教者の立場から原発に異を唱え、「原発設置反対小浜市民の会」の事務局長として長年活動。現在も「福井から原発を止める裁判の会」代表として、若狭湾岸にある関西電力の大飯、高浜原発の運転差し止め訴訟や高速増殖原型炉もんじゅの設置許可取り消し訴訟などに携わる。「いのちか原発か」(風媒社)や「原発と宗教」(いのちのことば社)など多数の共著がある。

◆インタビューを終えて

初めて中嶌さんと話したのは二月下旬。大飯原発3、4号機の再稼働についてコメントを求めると「忘れないうちに根本的な話を」と語りだし、「私は本当にウンザリしているんですよ!」と受話器から怒気が漏れ伝わってきた。

沖縄の基地問題と同じく、差別への怒りは原発がある限り解消されない。国の立地指針で、事故時の被害を抑えるため人口密集地に建設できないからだ。事故が前提なのに、起きないと言いくるめてきた国や電力会社の責任は重い。そしてこの問い掛けも。

「都会の住民に、福島の事故の責任がないと言えますか?」

(中崎裕)

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