5/28(日)24時50分から 『全村避難6年~福島・飯舘村と科学者の記録』【MBS・映像‘17】

京大の今中哲二さんの番組で、ディレクターは毎日放送の津村健夫さんです。

関西圏の方々は、日曜深夜に録画をセットしてて下さい。
それ以外の方にはWeb上に動画がすぐに上がってくると思われますので、しばらくお待ち下さい。
(なお、音声だけの文字情報なら、過去40時間のテレビ番組の「Mediacrit」という手もあります)

また、今中さんが”飯舘村初期被爆評価プロジェクト”を進めることができた背景を知るために、下記を再読して頂きたい。

『本当に役に立つ「汚染地図」』
http://shinsho.shueisha.co.jp/kikan/0719-b/
沢野伸浩  (集英社新書)

地理情報から“危険”が見える。
「自分の家がどれくらい汚染されたか、皆、知りたいはずだ」

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【放送予告『映像‘17』の最新作】

 『映像‘17全村避難6年~福島・飯舘村と科学者の記録』

【facebook・MBSドキュメンタリー『映像』】 5月22日 23:25
https://www.facebook.com/MBS.eizou

□放送日時:5月28日(日)24時50分-25時50分
□番組内容

番組は、のどかな田園風景から始まります。

しかしカメラが徐々に遠景を映し出すと、田んぼの上には緑 色のシートに覆われた土の塊があらわれます。放射性物質に汚染された土です。あの事故が起きるまでは、田んぼや畑で豊かな作物を育てていた、農家の宝物ともいえる土壌でした。  ここは、福島県飯舘村。原発事故で全村避難を余儀なくされた村です。

場面は6年前にさかのぼります。

2011年3月11日の東日本大震災と大津波。電源を失って核燃料を冷却できなくなった福島第一原発から漏れた放射性物質は直近の町を汚染しただけではなく、風に乗って遠く30キロ以上離れた飯舘村に降り注ぎました。原子力と無縁だった村は「安全のためには全村民が村を離れるしかない」という危機に直面しました。こうして6千人の村民は住みなれたふるさとを離れ、県内外へと避難して行きました。

この間、科学者としてこの村の放射性物質の測定を続けたグループがありました。京都大学原子炉実験所の今中哲二教員たちです。事故の2週間後に飯舘村で調査を始め,その後も定期的に測定を続けました。今中さんは声高に警鐘を鳴らすのではなく、データを住民に示した上で「将来、村に戻るかどうかは住民ひとりひとりが判断すること」という姿勢をとり続けます。

そして政府は2017年3月末をもって、飯舘村に出していた「避難指示」を解除することを決めました。ある集会で女性が今中さんに質問します。

「村で取れた野生のキノコの汚染値は2万5千ベクレルといわれた。自然のキノコが食べられるまでには、あと何年かかりますか?」。

今中さんはセシウム137という物質の性質を丁寧に説明して「(キノコが食べられる値である)1,000分の1になるまでには計算上300年かかります」と答えると、会場からは思わず笑いが漏れたのです。あまりにも現実から遠い時間に、住民たちはもう笑うしかなかった、そんな心境が見て取れた場面でした。

そして迎えた3月31日。飯舘村には「おかえりなさい」という看板がたち、村長が「待ちに待った6年」をアピール。はたして住民は戻ってくるのでしょうか…。

番組は、全村避難を余儀なくされた飯舘村6年の記録です。ふるさとを奪われた住民たちと村に通い続けた科学者たちの苦悩を通して「原子力災害」とはなにか、わたしたちはどう向き合えばいいのかを考えます。
(報道局番組センター)

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