6/16「共謀罪」の社説【中日新聞・琉球新報・沖縄タイムス・朝日新聞・毎日新聞・信濃毎日新聞】

自由と人権はどこへ 論説主幹 深田実

【中日新聞・一面】2017年6月16日 朝刊
http://www.chunichi.co.jp/article/front/list/CK2017061602000065.html

いわゆる「共謀罪」の導入で、私たちは何を得て何を失うのだろうか。

得るもの。テロ防止に少しは役立つのかもしれない。政府の言う通りなら外国からテロ関連情報も来るかもしれない。もちろん想定上の話で具体的に示されているわけではない。イスラムテロを防ぐのなら貧困や失業の対策など本を絶つ方が効果的にも思われる。

では失うものは。

一番は自由ではないか。日本ペンクラブの集会などでは、内心の自由、表現の自由への侵害の恐れが口々に唱えられた。それらの自由なくして闊達(かったつ)な社会はありえず、おそらく豊かさや繁栄まで奪われてしまうだろう。

もう一つ恐れるのは人権が脅かされることである。起きてもいない犯罪を防ごうとすれば、捜査の網は必然的に広く深くなりプライバシーは密(ひそ)かに侵され、誤認逮捕や冤罪(えんざい)は不可避となるだろう。

アメリカで9・11テロが起きたころ、ニューヨークの街でランチに出れば、三十回以上監視カメラに撮影されると話題になった。カメラは役立ちもするが、最近では米政府が巨大電算施設を使って国民のメールなどを「盗聴」していたと内部告発で明らかになった。

通信や検索技術の発達は社会には利便を、権力には監視社会への誘惑を与えたともいえる。

日本がアメリカのようになるとは言わないが、国家監視の恐れは消えない。

見えざる恐れの中で、自由と人権が縮減するのなら私たちの社会の最も大切な共通価値である民主主義が後退してしまう。共謀罪の是非とは健全な民主主義の成否にも等しいのである。

失われたのなら取り戻さねばならない。取り戻す力はそれでも民主主義であり、権力監視であり、国民の良識である。

 

「私」への侵入を恐れる 「共謀罪」法が成立

【中日新聞・社説】2017年6月16日
http://www.chunichi.co.jp/article/column/editorial/CK2017061602000109.html

「共謀罪」が与党の数の力で成立した。日本の刑事法の原則が覆る。まるで人の心の中を取り締まるようだ。「私」の領域への「公」の侵入を恐れる。

心の中で犯罪を考える-。これは倫理的にはよくない。不道徳である。でも何を考えても自由である。大金を盗んでやりたい。殴ってやりたい-。

もちろん空想の世界で殺人犯であろうと大泥棒であろうと、罪に問われることはありえない。それは誰がどんな空想をしているか、わからないから。空想を他人に話しても、犯罪行為が存在しないから処罰するのは不可能である。

犯罪の「行為」がないと

心の中で犯罪を考えただけでは処罰されないのは、根本的な人権である「思想・良心の自由」からもいえる。何といっても行為が必要であり、そこには罪を犯す意思が潜んでいなければならない。刑法三八条にはこう定めている。

<罪を犯す意思がない行為は、罰しない>

そして、刑罰法規では犯罪となる内容や、その刑罰も明示しておかねばならない。刑事法のルールである。では、どんな「行為」まで含むのであろうか。

例えばこんなケースがある。暴力団の組長が「目配せ」をした。組員はそれが「拳銃を持て」というサインだとわかった。同じ目の動きでも「まばたき」はたんなる生理現象にすぎないが、「目配せ」は「拳銃を持て」という意思の伝達行為である。

目の動きが「行為」にあたるわけだ。実際にあった事件で最高裁でも有罪になっている。「黙示の共謀」とも呼ばれている。ただ、この場合は拳銃所持という「既遂」の犯罪行為である。

そもそも日本では「既遂」が基本で「未遂」は例外。犯罪の着手前にあたる「予備」はさらに例外になる。もっと前段階の「共謀」は例外中の例外である。

市民活動が萎縮する

だから「共謀罪」は刑事法の原則を変えるのだ。

「共謀(計画)」と「準備行為」で逮捕できるということは、何の事件も起きていないという意味である。つまり「既遂」にあたる行為がないのだ。今までの事件のイメージはまるで変わる。

金田勝年法相は「保安林でキノコを採ったらテロ組織の資金に想定される」との趣旨を述べた。キノコ採りは盗みと同時に共謀罪の準備行為となりうる。こんな共謀罪の対象犯罪は実に二百七十七もある。全国の警察が共謀罪を武器にして誰かを、どの団体かをマークして捜査をし始めると、果たしてブレーキは利くのだろうか。暴走し始めないだろうか。

身に覚えのないことで警察に呼ばれたり、家宅捜索を受けたり、事情聴取を受けたり…。そのような不審な出来事が起きはしないだろうか。冤罪(えんざい)が起きはしないだろうか。そんな社会になってしまわないか。それを危ぶむ。何しろ犯罪の実行行為がないのだから…。

準備行為の判断基準については、金田法相はこうも述べた。

「花見であればビールや弁当を持っているのに対し、(犯行場所の)下見であれば地図や双眼鏡、メモ帳などを持っているという外形的事情がありうる」

スマートフォンの機能には地図もカメラのズームもメモ帳もある。つまりは取り調べで「内心の自由」に踏み込むしかないのだ。警察の恣意(しい)的判断がいくらでも入り込むということだ。

だから、反政府活動も判断次第でテロの準備行為とみなされる余地が出てくる。市民活動の萎縮を招くだろう。こんな法律を強引に成立させたのだ。廃止を求めるが、乱用をチェックするために運用状況を政府・警察は逐一、国民に報告すべきである。

ロシアに亡命中の米中央情報局(CIA)のエドワード・スノーデン氏が共同通信と会見し、米国家安全保障局(NSA)が極秘の情報監視システムを日本側に供与していたと証言した。これは日本政府が個人のメールや通話などの大量監視を可能にする状態にあることを指摘するものだ。「共謀罪」についても「個人情報の大規模収集を公認することになる」と警鐘を鳴らした。「日本にこれまで存在していなかった監視文化が日常のものになる」とも。

大量監視の始まりなら、憲法の保障する通信の秘密の壁は打ち破られ、「私」の領域に「公」が侵入してくることを意味する。

異変は気づかぬうちに?

そうなると、変化が起きる。プライバシーを握られた「私」は、「公」の支配を受ける関係になるのである。監視社会とは国家による国民支配の方法なのだ。おそらく国民には日常生活に異変は感じられないかもしれない。だが気付かぬうちに、個人の自由は着実に侵食されていく恐れはある。

 

 

<社説>「共謀罪」法成立 民主主義の破壊許さず

【琉球新報】2017年6月16日 06:01
http://ryukyushimpo.jp/editorial/entry-515734.html

数の力を借りた議会制民主主義の破壊は許されない。

犯罪を計画段階で処罰する「共謀罪」法が参院本会議で成立した。自民、公明両党が参院法務委員会での審議を省略する「中間報告」と呼ばれる手続きで採決を強行し、与党と日本維新の会などの賛成多数で可決した。

この法律は監視社会を招き、憲法が保障する「内心の自由」を侵害する。捜査機関の権限を大幅に拡大し、表現の自由、集会・結社の自由に重大な影響を及ぼす。

衆院は十分な論議もなく法案を強行採決した。「良識の府」であるはずの参院も20時間足らずの審議で同様の暴挙を繰り返したことに強く抗議する。法案の成立は認められない。もはや国民に信を問うしかない。

中間報告は国会法が定める手続きだが、共謀罪法は熟議が必要であり、一方的に質疑を打ち切るのは国会軽視である。学校法人「加計学園」問題の追及を避けるためだとしたら本末転倒だ。

政府は共謀罪法の必要性をテロ対策強化と説明し、罪名を「テロ等準備罪」に変更した。テロ対策を掲げて世論の賛同を得ようとしたが、同法なくしては批准できないとする国際組織犯罪防止条約(TOC条約)は、テロ対策を目的としていない。

TOC条約の「立法ガイド」を執筆した米国の大学教授は「条約はテロ対策が目的ではない」と明言している。政府が強調する根拠は崩れている。

日本政府は共謀罪法を巡り、国連人権理事会のプライバシーの権利に関する特別報告者からも「プライバシーや表現の自由を制約する恐れがある」と指摘されている。だが、理事国である日本政府は国際社会の懸念に対して真剣に向き合っていない。

共謀罪法は日本の刑法体系を大きく転換し、犯罪を計画した疑いがあれば捜査できるようになる。政府は当初「組織的犯罪集団」のみが対象であり一般人には関係がないと強調してきた。しかし参院で「組織的犯罪集団と関わりがある周辺者が処罰されることもあり得る」と答弁した。周辺者を入れれば一般人を含めて対象は拡大する。

さらに人権団体、環境団体であっても当局の判断によって捜査の対象になると言い出した。辺野古新基地建設や原発再稼働、憲法改正に反対する市民団体などが日常的に監視される可能性がある。

かつてナチス・ドイツは国会で全権委任法を成立させ、当時最も民主的と言われたワイマール憲法を葬った。戦前戦中に監視社会を招いた治安維持法も、議会制民主主義の下で成立した。

共謀罪法は論議すればするほどほころびが出ていた。強行採決によって幕引きしたのは「言論の府」の責任放棄である。過去の過ちを繰り返した先にある独裁政治を許してはならない。

 

(社説)権力の病弊 「共謀罪」市民が監視を

2017年6月16日05時00分【朝日新聞デジタル】
http://www.asahi.com/articles/DA3S12989724.html

「共謀罪」法が成立した。

委員会での審議・採決を飛ばして本会議でいきなり決着させるという、国会の歴史に重大な汚点を残しての制定である。

捜査や刑事裁判にかかわる法案はしばしば深刻な対立を引きおこす。「治安の維持、安全の確保」という要請と、「市民の自由や権利、プライバシーの擁護」という要請とが、真っ向から衝突するからだ。

二つの価値をどう両立させ、バランスをどこに求めるか。

その際大切なのは、見解の異なる人の話も聞き、事実に即して意見を交わし、合意形成をめざす姿勢だ。どの法律もそうだが、とりわけ刑事立法の場合、独善と強権からは多くの理解を得られるものは生まれない。

その観点からふり返った時、共謀罪法案で見せた政府の姿勢はあまりにも問題が多かった。277もの犯罪について、実行されなくても計画段階から処罰できるようにするという、刑事法の原則の転換につながる法案であるにもかかわらずだ。

マフィアなどによる金銭目的の国際犯罪の防止をめざす条約に加わるための立法なのに、政府はテロ対策に必要だと訴え、首相は「この法案がなければ五輪は開けない」とまで述べた。まやかしを指摘されても態度を変えることはなかった。

処罰対象になるのは「組織的犯罪集団」に限られると言っていたのに、最終盤になって「周辺の者」も加わった。条約加盟国の法整備状況について調査を求められても、外務省は詳しい説明を拒み、警察庁は市民活動の監視は「正当な業務」と開き直った。これに金田法相のお粗末な答弁が重なった。

「独善と強権」を後押ししたのが自民、公明の与党だ。

政治家同士の議論を活発にしようという国会の合意を踏みにじり、官僚を政府参考人として委員会に出席させることを数の力で決めた。審議の中身を論じずに時間だけを数え、最後に仕掛けたのが本会議での直接採決という禁じ手だった。国民は最後まで置き去りにされた。

権力の乱用が懸念される共謀罪法案が、むき出しの権力の行使によって成立したことは、この国に大きな傷を残した。

きょうからただちに息苦しい毎日に転換するわけではない。だが、謙抑を欠き、「何でもあり」の政権が産み落としたこの法律は、市民の自由と権利を蚕食する危険をはらむ。

日本を監視社会にしない。そのためには、市民の側が法の運用をしっかり監視し、異議を唱え続けなければならない。

 

 

社説[「共謀罪」採決強行]極まった暴挙 信を問え

http://www.okinawatimes.co.jp/articles/-/102693
2017年6月16日 07:30【沖縄タイムス】

「再考の府」参院の自殺行為に等しい。

「共謀罪」の趣旨を盛り込んだ改正組織犯罪処罰法が参院本会議で成立した。審議中だった参院法務委員会の採決を飛び越し、本会議で採決するという「禁じ手」を使った上での異例の採決強行だ。

いわゆる「中間報告」と呼ばれる国会の運営手法で、過去に衆院で4回、参院で18回使われた。しかし大抵は、野党が委員長を務めることによる審議停滞解消を目的としてきた。直近2009年の改正臓器移植法成立時も、与野党から相次いで修正案が出されるなど、曲がりなりにも活発な審議の末の行使だった。

だが今回はどうか。自公が圧倒的多数を占める国会で、審議停滞の懸念は全く見当たらず、早期成立の必要性もない。逆に、各社の世論調査では、法案の徹底した審議を求める声が根強くあった。

必要のない「中間報告」の行使は、国会での議論を一方的に封じ込める暴力にほかならない。

「共謀罪」の参院での審議は20時間に満たず、自公が目安としてきた衆院法務委員会の30時間にも遠く及ばない。審議不足の同法が、テロ対策を口実に国民の監視強化を招く危惧は深まっている。

「共謀罪」成立を受け安倍晋三首相は「東京五輪・パラリンピックを3年後に控えている。一日も早く国際組織犯罪防止条約(TOC条約)を締結し、テロを未然に防ぐため国際社会としっかり連携していきたい。そのための法律が成立したと考えている」と発言した。

■    ■

しかし首相のこの言葉こそが、審議の未成熟さと異常さを露呈している。

首相が同法成立の目的とするTOC条約は、マフィアなどの経済犯罪が対象だ。条約の「立法ガイド」を執筆した米国の大学教授ニコス・パッサス氏も「テロ対策が目的ではない」と切り捨てる。

こうした条約締結とテロ対策の必要性の「すり替え」は、早くから国会内外で指摘されてきたが、政府は同法の通称を「テロ等準備罪」とするなど、見解を改めるどころか前面に打ち出した。

首相は衆院代表質問で「条約を締結できなければ東京五輪を開催できないと言っても過言ではない」とも明言。だがそれが事実なら、そもそも五輪招致などできないはずで、答弁には疑問符が付く。

あからさまな矛盾でさえ、今国会では修正されることもなかった。

それどころか、二転三転する答弁で厳しい批判を浴びた金田勝年法相の挙手を、首相や副大臣が制止。代わって法務省刑事局長が説明に立つなど、これまでの国会では見たことがない醜態をさらした。

結果として審議は一向に深まらず、逆に審議するほど同法への疑念が新たに湧いてきた。当初「組織的犯罪集団に限定」と説明した対象者についても、審議終盤で「環境保護団体」や「周辺者」も対象とするなど、捜査機関による恣意(しい)的運用への疑念はますます高まっている。

異なる意見に耳を貸さない。「印象操作」や「レッテル貼り」などの発言を繰り返し質疑に正面から答えない-。参院審議では、これまでもあった安倍政権の特異な国会対応がさらに際立った。

■    ■

今回の採決は、横暴とも言えるこうした政権の本質を表しているといえよう。首相が矢面に立たされている「加計(かけ)学園」や「森友学園」問題の早期の幕引きと、都議選を念頭に置いた党利党略にほかならない。

異例の「禁じ手」が断行された15日、松野博一文科相は、これまで「確認できない」と突っぱねてきた「総理のご意向」文書の存在を一転認めた。

奇妙なタイミングの一致に「国会が閉会すれば追及もされまい」との「安倍1強」のおごりが透けて見える。

「特定秘密保護法」「安保法」など、数を盾に「違憲立法」の採決を次々と断行してきた安倍政権の強行姿勢は、ついにここまできた。行政府・内閣をチェックするはずの立法府・国会がその役割を放棄するなら、ただすのは国民しかいない。

安倍首相は選挙で国民に信を問うべきである。

 

 

(社説)「共謀罪」法の成立 一層募った乱用への懸念

【毎日新聞・社説】2017年6月16日 東京朝刊
https://mainichi.jp/articles/20170616/ddm/005/070/030000c?fm=mnm

テロなどを防ぐ治安上の必要性を認めるにしても、こんな乱暴な手法で成立させた政府を容易に信用することはできない。

「共謀罪」の構成要件を改め、テロ等準備罪を新設する改正組織犯罪処罰法がきのう成立した。与党側は、参院法務委員会の採決を省略するという異例の方法をとった。

警察などの捜査機関が権限を乱用し、国民への監視を強めるのではないか。そこがこの法律の最大の懸念材料だった。

しかし、政府・与党は懸念解消どころか増幅させる振る舞いに終始した。法律への不安は一層深まった。

組織犯罪の封じ込めは必要だ。ただし、こうした活動はあくまで広範な国民の同意の下でなされなければならない。そのため、私たちは、大幅な対象犯罪の絞り込みと、捜査権乱用の歯止め策を求めてきた。

組織的犯罪集団が法の適用対象だ。それでも、一般人が捜査対象になるかどうかが、法案審議では一貫して焦点になってきた。

参院段階では、政府から「周辺者」も適用対象との説明が新たにあった。これでは、一般人とは、警察の捜査対象から外れた人に過ぎなくなる。重大な疑問として残った。

法は来月にも施行される見通しだ。法務省刑事局長は国会答弁で「犯罪の嫌疑が生じていないのに尾行や張り込みをすることは許されない」と述べた。国民の信頼を損ねない法の運用を重ねて警察に求める。

仮に強制捜査が行われる場合、令状の審査に当たる裁判所の責任が重いことは言うまでもない。

捜査機関が捜査を名目に行き過ぎた監視に走る可能性があることは、これまでの例をみても明らかだ。

2010年、警視庁の国際テロ捜査に関する内部文書がインターネット上に漏えいした事件があった。そこには、テロとは無縁とみられる在日イスラム教徒らの個人情報が多数含まれていた。「共謀罪」法によって、こうした監視が今後、社会に網の目のように張り巡らされていく危険性は否定できない。

政治的な活動を含めて国民の行動が警察権力によって脅かされてはならない。監視しようとする側をどう監視するか。国民の側の心構えも必要になってくる。
 

(社説)共謀罪法成立 民主主義の土台が崩れる

【信濃毎日新聞】2017年6月16日
http://www.shinmai.co.jp/news/nagano/20170616/KT170615ETI090005000.php

議会制民主主義を破壊しかねないやり方で共謀罪法が成立した。参院法務委員会での審議を与党が一方的に打ち切り、本会議での採決に持ち込んだ。

加計学園問題での追及を避けるため、会期は延長しない。共謀罪法案は何としても成立させる―。政権の意向に従い、「中間報告」という奇策で委員会採決を省く強硬手段に出た。

国会議員は、主権者である国民を代表する。数の力に頼んで反対意見を封じる姿勢は、立法府の存在意義を根本から損ない、国民をないがしろにするものだ。

情報統制と監視強化

どう洗い出したのかはっきりしない277もの犯罪について、計画に合意しただけで処罰を可能にする。実行行為を罰する刑法の基本原則を覆し、刑罰の枠組みそのものを押し広げる。

内心の自由や表現の自由を脅かし、民主主義の土台を揺るがす立法だ。個人の尊厳と人権を重んじる憲法と相いれない。

戦時下、思想・言論を弾圧した治安維持法に通じる危うさをはらんでいる。政治権力によって異論や抵抗が抑え込まれていく、息苦しい社会を再び招き寄せないか。懸念が膨らむ。

政府が持つ広範な情報を隠し、漏えいに厳罰を科す特定秘密保護法、固有の番号で個人情報を管理するマイナンバー制度…。情報を管理・統制し、監視を強化する法整備が安倍晋三政権の下で次々と進められてきた。

改定された通信傍受法は、対象犯罪を拡大し、捜査機関への縛りを大幅に緩めた。憲法が「通信の秘密」を保障しているにもかかわらず、電話などの傍受(盗聴)が市民の活動や生活に広く及びかねない状況になっている。

そして共謀罪によって、監視国家化は一段と進むだろう。

弾圧が強まる怖さ

まだ起きていない犯罪を取り締まるには、「危険」とみなした組織や個人の動向を常日頃からつかんでおくことが欠かせない。通信傍受のほか、室内に盗聴器を置く「会話傍受」の導入を求める動きが強まりそうだ。

ひそかに市民の情報を収集して思想信条を調べる、協力者を送り込んで組織の内情を探る、といった公安警察的な活動を正当化する根拠にもなる。その実態を把握する仕組みはない。

公安警察による人権侵害はこれまでも度々表面化してきた。2010年には、イスラム教徒を広範に監視していたことを示す内部資料が流出している。

岐阜では14年、風力発電施設の建設に反対する住民らの情報を集め、事業者と対応を協議していたことが明るみに出た。警察庁は国会で「通常の業務の一環」と答弁している。住民を見張ることが警察の仕事なのか。

市民運動を敵視するような警察の姿勢も目につく。沖縄では、米軍基地反対運動のリーダーが器物損壊などの疑いで逮捕、起訴され、5カ月も勾留された。現場で抗議行動に参加する人たちの強制排除も繰り返されている。

共謀罪は、市民運動へのさらに厳しい弾圧につながりかねない。適用対象の「組織的犯罪集団」とは何か。何をもって合意したと判断するのか。核心部分はぼやけ、裁量の余地は広い。警察権限が歯止めなく拡大する恐れがある。

誰か1人でも「準備行為」をすれば、合意した全員を一網打尽にできる。何が準備行為にあたるのかも曖昧だ。資金・物品の手配や下見を例示しているが、日常の行為とどう見分けるのか。

基地建設を阻もうと座り込みを計画した人たちが、組織的な威力業務妨害の共謀罪で一掃されることさえ起こり得る。原発再稼働や公共事業への抗議を含め、政府の方針に反対する人たちが標的にされる心配がある。

廃止を見据えつつ

密告を促す規定も人を疑心暗鬼にさせるだろう。目をつけられないようにしようと人々が縮こまり、口をつぐめば、民主主義は窒息してしまう。

共謀罪法案は2000年代に3度、廃案になっている。政府は今回、「東京五輪に向けたテロ対策」を前面に出したが、法案にその実体はない。五輪、テロという“錦の御旗”の陰で、国民を監視下に置く体制の強化が進む。

テロを防ぐためなら仕方ない、と思い込んで、監視が強まっていくことへの警戒を怠れば、権力の暴走は止められなくなる。プライバシーの不当な侵害は、個の尊厳を脅かす。

共謀罪が民主主義と両立しないことは明らかだ。廃止を見据えつつ、人権侵害や市民運動の弾圧につながらないよう、運用に目を光らせることが欠かせない。

安倍首相は、9条に自衛隊を明記することを含め、20年までに改憲を目指すと表明した。権力の強化は憲法を空洞化するとともに、改憲に結びついている。政権の動きに厳しい目を注いでいかなければならない。

(6月16日)

 

1925年「虎狩りの殿様」の警鐘-「共謀罪」という虎に、言論という武器を使い続けることができるか。

http://www.chunichi.co.jp/article/column/syunju/CK2017061602000108.html
【中日新聞・中日春秋】2017年6月16日

幕末の傑物・松平春嶽(しゅんがく)の実子にして、尾張徳川家の十九代目当主・徳川義親(よしちか)氏は、「虎狩りの殿様」と呼ばれた。マレー半島で野生の虎に襲われそうになりつつ、ひるまずに仕留めたという武勇伝のためだ

▼そんな「殿様」が言葉を武器に時の政権に挑んだのは、一九二五年三月十九日のことだ。その日、貴族院本会議では、治安維持法案の採決が行われようとしていた

▼衆院への法案提出から、わずか一カ月。大臣の発言は脱線続きで、官僚が釈明に追われた。言論や思想の自由を脅かしかねぬものとして世論の反対は強く、衆院で可決された時は「満天下の非難をよそに、生まれ出(い)づる悪法案、多数の力でひた押しに遂(つい)に衆院を通過す」と報じられた

▼貴族院での審議時間は、ごくわずか。そういう状況での採決に、侯爵・義親氏は「特権階級中の特権階級である我々がこの法案に賛成せぬのは、勇気がいること」と断りつつ、反対意見を述べた

▼治安維持というが貧困という根を絶たねば、過激思想という葉も枯れぬ。政府は言論弾圧など乱用を許す曖昧な点はないと言うがとても信じられぬ。ひとたび誤用されたならば、その結果は極めて恐ろしいものになる、と

▼そんな「殿様」の警鐘が九十年余の時を経て、生々しく響く。「共謀罪」という虎が放たれた今、ひるまずに、言論という武器を使い続けることができるか。

広告
カテゴリー: 共謀罪 タグ: パーマリンク