6/21「共謀罪」法 危険性知ろう 横浜事件発端の地から警鐘/来月5日 朝日町の旅館で集い【中日新聞・富山】

旅館「紋左」
〒939-0742富山県下新川郡朝日町沼保1184
交通アクセスJR 泊駅よりお車にて5分、徒歩にて13分
TEL 0765-82-0011
FAX 0765-82-2936

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「共謀罪」法 危険性知ろう 横浜事件発端の地から警鐘

【中日新聞・富山】2017年6月21日
http://www.chunichi.co.jp/article/toyama/20170621/CK2017062102000041.html

昨年6月、細川嘉六の墓参りをする金沢敏子さん(左)と阿部不二子さん。集いでは横浜事件と共謀罪法について語る=朝日町の大安寺で
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来月5日 朝日町の旅館で集い

法律は成立しても、「共謀罪」法の恐ろしさを訴え続ける-。戦時中の治安維持法による言論弾圧「横浜事件」の発端の地となった朝日町沼保の旅館「紋左」で来月五日、横浜事件と共謀罪法について考える集いが開かれる。(伊東浩一)

共謀罪法は、治安維持法の再来と懸念されており、横浜事件を教材に共謀罪法がはらむ危険性を考え、風化させないことが狙い。事件を研究するグループ「細川嘉六ふるさと研究会」が企画した。

横浜事件は、同町出身の国際政治学者、細川嘉六が一九四二(昭和十七)年七月、親しい出版関係者らを故郷に招いて紋左に宿泊。この際、細川らが紋左で撮影した記念写真を根拠に、神奈川県警特高課は「共産党再建の準備会を開いた」と決め付け、治安維持法違反容疑で関係者六十人以上を芋づる式に逮捕した。

集いでは、研究会代表の金沢敏子さん(66)=入善町=らが、横浜事件と共謀罪法の関連性を解説。横浜事件では、紋左で撮影した一枚の記念写真で、戦争に否定的だった文化人らが次々と投獄された。共謀罪法も取り締まりの対象や、何が犯罪の準備行為に当たるのかがあいまいで、捜査機関が恣意的(しいてき)に捜査する懸念が消えないことなどを訴える。

生前の細川と家族のように付き合っていた同研究会の阿部不二子さん(97)=朝日町=も登壇。細川が逮捕された後、東京の細川の家を訪ねた際、自身も憲兵に尾行された経験から、治安維持法による息苦しかった時代を証言する。

集いは午前十一時から。金沢さんは「共謀罪法は東京五輪のためとか、テロ対策を口実に、十分な審議もないままに成立した。絶対に忘れず、その怖さを訴え続ける」と話している。(問)金沢さん0765(72)2565

 

「横浜事件」の発端、富山の旅館 「共謀罪」戒めの地に

2017年4月12日 夕刊【東京新聞・社会】
http://www.tokyo-np.co.jp/article/national/list/201704/CK2017041202000221.html

細川嘉六(後列中央)らが「紋左」の庭で撮った記念写真。この写真が横浜事件のきっかけとなった=1942年7月、平館道子さん提供
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新潟県との県境にある富山県朝日町の老舗旅館「紋左(もんざ)」は戦争中、治安維持法による言論弾圧「横浜事件」の発端の地となった。「共謀罪」の趣旨を盛り込んだ組織犯罪処罰法改正案が国会で審議入りし、治安維持法の再来を懸念する声が強まる中、市民団体が訪れ、事件の教訓を学び取ろうとする動きが出ている。 (伊東浩一)

「これが危険を企てる秘密の会議に見えますか」

事件を研究している地元グループ代表の金沢敏子さん(65)=同県入善町=が、一枚の写真を見せながら問い掛けた。紋左の一室で耳を傾けるのは、金沢市の市民団体「石川県平和委員会」が募った「平和の旅」の一行二十八人。

写真の中で、朝日町出身の国際政治学者・細川嘉六(かろく)らが浴衣姿で穏やかな表情を浮かべる。だが、一九四二年に紋左で撮影されたこの集合写真を基に、神奈川県警特別高等課(特高)は細川らが共産党再建準備の会合を開いたとして、関係者を投獄していった。

「紋左に泊まった細川らは、船遊びをし、料亭に芸者を呼んで酒を飲んだ。そういう写真の中から警察は一枚の写真だけを問題にし、拷問で事件をでっち上げた」。金沢さんの言葉にも力がこもる。「治安維持法が拡大解釈され、少しでも戦争に批判的とみられる人たちが取り締まりの対象になった」と解説した。

金沢敏子さん(右)から横浜事件について説明を受ける参加者たち=富山県朝日町沼保の旅館「紋左」で
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石川県中能登町から参加した山下美子さん(70)は「仲間と政治の愚痴を言っただけで密告され、捕まる恐れがあるかと思うと寒けがする」。法政大名誉教授で同県白山市の須藤春夫さん(74)は「共謀罪も何が違反かを決めるのは捜査機関。逮捕されなくても、警察が調べに来るだけで市民は萎縮する。政府に批判的な動きを抑えるのが真の狙いでは」と警戒した。

紋左には八月に東京からツアーが見学に来る予定。経営者の柚木(ゆのき)哲秋さんは「近年、横浜事件を目的に訪れる人は途絶えていたが、再び関心が高まっている」と話している。

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横浜事件 1942年、細川嘉六(1888~1962年)が雑誌「改造」の掲載論文を「共産党の宣伝」と批判され、警視庁に治安維持法違反容疑で逮捕された。その後、神奈川県警特別高等課(特高)が押収した紋左の写真をもとに、細川らが共産党再建準備会を開いたとして、同容疑などで言論、出版関係者ら60人以上を投獄。拷問で4人獄死、30人余りが起訴される戦時下最大の言論弾圧事件となった。2010年2月、元被告5人の刑事補償を巡る横浜地裁決定は「共産党再建準備会の事実を認定する証拠はない」とし、「実質無罪」と認められた。

 

横浜事件 言論弾圧語る写真 元ディレクターが語り継ぐ

【毎日新聞】2017年5月2日 08時30分(最終更新 5月2日 08時57分)
https://mainichi.jp/articles/20170502/k00/00m/040/119000c.

細川嘉六(後列中央)らが旅館「紋左」で撮った記念写真を手に「横浜事件を知ってほしい」と話す金沢敏子さん=富山県朝日町で

戦時下最大の言論弾圧とされる「横浜事件」。その発端となった富山県朝日町の旅館で撮影された1枚の写真を手に、地元民放の元ディレクターが事件を語り継いでいる。「共謀罪」の成立要件を改めた「テロ等準備罪」を新設する組織犯罪処罰法改正案が国会で審議される中、「権力による弾圧がいかに恐ろしいか。事件を知らない人に伝えるため全国で講演したい」と訴える。

元北日本放送ディレクターの金沢敏子さん(65)。横浜事件の中心人物で朝日町出身のジャーナリスト、細川嘉六(1888〜1962)研究会の代表者を務める。

金沢さんは、旅館の隣町、入善町在住だが2005年の再審開始決定まで、横浜事件発端の地だと知らなかった。取材を始め、07年にドキュメンタリーを制作する中で出合った1枚の写真から冤罪(えんざい)の恐ろしさを学んだ。

1942年7月、細川が出版編集者や研究者ら7人とともに旅館「紋左(もんざ)」で開いた慰労会で撮影された記念写真。特高警察はこれを「共産党再建準備会」の会合の証拠とした。金沢さんによると、船遊びなど旅行の様子が複数枚撮られていたが、警察はこの1枚を問題にした。「浴衣姿の写真を見て、危険を企てる秘密会議に見えますか」と金沢さん。料理旅館として営業を続ける紋左には今も事件を知ろうと訪れる人がおり、依頼を受ければ、写真を見せながら事件を語る。

治安維持法は1925年の成立後、改正で取り締まりの対象が広がり、思想や言論弾圧の手段となった。拷問が使われ、歯止めがきかなくなった歴史がある。

国会で審議中の「テロ等準備罪」について金沢さんは「お墨付きを一度与えてしまえば、治安維持法のように取り締まりの範囲が拡大される恐れがある」と強く反対する。フェイスブックやツイッターなどSNSが普及した今の社会を踏まえ、「写真の後ろに写った人物が共犯者と考えられるかもしれないし、何気なくつぶやいた中傷が拡大解釈されるかもしれない。冤罪によって日常生活がどう変わってしまうかを考えるきっかけとして横浜事件を語りたい。写真1枚を持ってどこへでも行きます」と語気を強めた。問い合わせは金沢さん(0765・72・2565)。【鶴見泰寿】

(毎日新聞)

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