6/30 脱原発の声残したい 越前市の永田さん発刊 『野の仏が起つとき』【日刊県民福井】

(関連書評)
【たんぽぽ舎発】原発現地(町や市)で署名すると推進側はどういう圧力・攻撃をかけてくるか 『野(や)の仏が起つ時』から  柳田 真

【日刊ベリタ】2017年6月21日

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脱原発の声残したい 越前市の永田さん発刊

http://www.chunichi.co.jp/kenmin-fukui/article/kenmin-news/CK2017063002000210.html
2017年6月30日【日刊県民福井】

 県内外で活動の人たち紹介

元新聞記者でフリージャーナリストの永田康弘さん(62)=越前市北千福町=が、県内や福島県などで脱原発を訴える人たちの原稿やインタビューをまとめた「野(や)の仏(ほとけ)が起(た)つとき あとから来る者のために」を発刊した。 (藤共生)

「野の仏が起つとき」を発刊した永田康弘さん=福井市で
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永田さんは新聞社で三十二年間、主に文化部記者として勤務。一九八七(昭和六十二)年には広島原爆による県内の被爆者を追った連載記事を担当した。その連載で出会ったのが、小浜市にある明通寺の住職中嶌哲演さん(75)。托鉢(たくはつ)による地道な反対運動を続ける中嶌さんを見て「いつかこの人を何らかの形で書き残したい」と思ったという。

七年前に退社。三年前、県内や福島県の人たちの脱原発への訴えをまとめた本の出版を思い立った。一番の理由は「脱原発で闘っている方々の言葉を記録しておきたかったから」。関西の市民団体「憲法9条・メッセージ・プロジェクト」の協力を得て、延べ五十二人の言葉を収録した。

第一章は中嶌さんが原発設置反対小浜市民の会の会報「はとぽっぽ通信」に投稿した二百十六の巻頭言の中から二十一編を選んだ。中嶌さんは「この会の目的は、会を解散すること。会の存在が必要ない世の中が来ること」と記している。永田さんは「哲演さんは日本の脱原発運動にとって大きな存在。巻頭言には歴史的な価値がある」と語る。

第八章には「敦賀の二人の菩薩(ぼさつ)」と題して脱原発運動の先駆者として活動し、近年亡くなった敦賀市の二人の女性の思い出や手記を紹介した。一人は敦賀市内で無言の抵抗運動を行った太田和子さん。二〇一一年まで八年半、土日を除く午前の一時間、日本原電の事務所前で立ち続けた。手にした垂れ幕には「原発必要ならば、まず東京へ」。たった一人で抵抗の姿勢を貫いた。

もう一人は元養護教諭の杉田厚子さん。原発作業員として働く教え子が、家を訪ねてきては体の不調を訴え、お金を無心する様子をつづった手記を生前に公表した。「悲しくて悲しくてたまらんような話をこのごろ聞くんです」「本当に原電って言うのは人間をだめにするんだなあ」。手記には、杉田さんの嘆きが記されていた。

最終章で沖縄県で基地反対運動をしている人たちの文章などを収録。「原発問題を通じて社会矛盾の根っこが見えてきた」と語る永田さんは「だんだんと元気がなくなっている脱原発の活動に、この本が『もうひと頑張りしよう』と勇気を与えられたら」と期待を込める。

A5判、二百五十六ページ。千二百円(消費税込み)で送料は三百円。本の注文や問い合わせは、永田さん=080(3048)3931=へ。

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