3/25【寄稿】「共謀罪」と泊・横浜事件 向井嘉之【中日新聞・北陸文化】

明日7/5「泊・横浜事件」のきっかけとなった旅館「紋左」で集会がある。台風3号が通過してよかった。

6/21「共謀罪」法 危険性知ろう 横浜事件発端の地から警鐘/来月5日 朝日町の旅館で集い【中日新聞・富山】
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【寄稿】「共謀罪」と泊・横浜事件 向井嘉之

2017年3月25日【中日新聞・北陸文化】
http://www.chunichi.co.jp/hokuriku/article/bunka/list/201703/CK2017032502000211.html

「共謀罪」法案の国会提出に反対を訴えデモ行進する人たち=3月19日、金沢市内で

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治安維持法と似る「共謀罪」新法案

一般市民 本当に 関係ない?

政府は今の国会で「共謀罪」の趣旨を含む組織犯罪処罰法改正案の成立を目指している。犯罪を計画段階で処罰する「共謀罪」新法案は、戦前猛威を振るった治安維持法を想起させる。

「組織犯罪集団のみで限定的」 「犯罪実行のための準備行為も処罰」 

といっても→境目あいまい 捜査側がどう決めるか心配 市民活動に影響も

治安維持法による知識人や言論人の逮捕者六十余名に及ぶ戦前最後にして最大の言論弾圧事件が「泊・横浜事件」である。事件の展開を詳しく述べる紙幅はないが、富山県泊町(現・朝日町)出身の国際政治学者・細川嘉六が、太平洋戦争下の一九四二年七月、ふるさと泊町の旅館「紋左(もんざ)」に雑誌社の友人らを招待した。その時に撮影した一枚の記念写真を証拠として、神奈川県特高が、「共謀して『共産党再建準備会』を行った」とでっちあげたことが事件の端緒となった。「泊・横浜事件」という呼び方をすると何か実体のある刑事事件があったように思われがちだが、そのようなものは一切なかった。

一九二五年に初めて公布された治安維持法は、「国体(天皇制国家体制)変革」と「私有財産制度否認」を目的とした結社を組織する行為を処罰する法律であったが、三年後には緊急勅令による改正で「国体変革」目的の結社の組織は最高刑死刑となっただけでなく、「結社ノ目的遂行ノ為ニスル行為」つまり、目的遂行罪も新設された。

二五年の治安維持法の成立時、政府はこの法律は決して危険な悪法ではないと強調していたが、あっという間に任意の市民を捕らえ、治安維持法違反に問うようになった。さらに四一年の新治安維持法では「国体変革」結社を支援する結社の組織を禁止する規定や結社を組織しようと準備する結社の組織をも禁止する規定を設け、さまざまな集団や規模の小さな研究会、グループまでも検挙できる拡大適用を可能にした。

「泊・横浜事件」のきっかけとなった「紋左」での記念写真。後列の真ん中が細川嘉六(1942年7月、平館道子さん提供)
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「泊・横浜事件」では、この治安維持法を使い、警察権力が反体制的な市民を徹底的に弾圧した。相互に同志的結合の強化と共謀を図ったとして逮捕された編集者らは、凄(すさ)まじい拷問の末、手記や自白を強要され、四名が獄死した。

政府は今回の法案の罪名を「テロ等準備罪」と呼び、二〇二〇年の東京五輪に向けたテロ対策をアピールしている。そして、捜査対象になるのは「組織的犯罪集団」に限られると主張するが、一般市民のグループも捜査側が認定すれば「組織的犯罪集団」にされる。また、「話し合っただけで処罰されるのではないか」という反対論を意識し「計画した犯罪を実行するための準備行為が処罰には必要」としているが、これも捜査側の判断でいくらでも拡大解釈の余地がある。

「共謀罪」新法案はどんなに名前を変えようとも「泊・横浜事件」のように人権を蹂躙(じゅうりん)し続けた治安維持法の再来である。残念ながら公権力の前で市民の力は極めて弱い。政府の政策に批判的な市民運動は萎縮するだろうし、警察の恣意(しい)的な取り締まりが何より怖い。

犯罪とされる行為と違法な行為との境があいまいで、人の心の中にまで踏み込んでくる危険性がある「共謀罪」新法案は認められない。戦前のような監視社会にしてはならない。

むかい・よしゆき 1943年、東京生まれ。富山市在住。ジャーナリスト。イタイイタイ病を語り継ぐ会代表。北日本放送のニュースキャスターなどを経て、聖泉大学教授を務めた。著書に「泊・横浜事件70年 端緒の地からあらためて問う」「イタイイタイ病とフクシマ」「米騒動とジャーナリズム」など。

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