【7/5東京新聞】「核戦争に勝者は存在しない」 被爆者治療続く「原爆は今も」/核廃絶訴える「人道の巨人」 国際赤十字連盟会長・近衞氏/「核戦争の恐怖よみがえってきている」 近衞氏の寄稿全文

「核戦争に勝者は存在しない」 被爆者治療続く「原爆は今も」

2017年7月5日 朝刊【東京新聞・社会】
http://www.tokyo-np.co.jp/article/national/list/201707/CK2017070502000132.html

国際赤十字・赤新月社(せきしんげつしゃ)連盟の近衞忠〓(このえただてる)会長(78)が、米ニューヨークの国連本部で開催中の「核兵器禁止条約」の制定交渉に合わせて、核廃絶を訴える文章を本紙に寄せた。唯一の被爆国として「核戦争に勝者は存在しない」と主張している。一方、条約最終案には「核兵器使用の被害者(HIBAKUSHA=ヒバクシャ)の受け入れ難い苦しみと損害に留意する」との表現が残り、七日に採択されるとみられる。 (加藤行平)

近衞会長は二〇〇九年、アジア出身者で初の連盟会長に就任し、現在二期目。制定交渉が始まった先月半ば、オーストラリア紙に英語で、フランスの新聞にフランス語で会長としての思いを寄稿。先月末、「日本の読者に読んでほしい」と本紙に日本語で寄せた。核保有国や日本が参加していない交渉の行方に「強い危機感があった」と話す。

冒頭、北朝鮮のミサイル発射に備えて国内の一部で実施された避難訓練を踏まえ、「核戦争の恐怖が学校に職場に家庭によみがえってきている」と指摘。核攻撃に対して「人類は完全に備えを欠いている」「文明は地上から抹殺される」と警告した。国内の被爆者が治療を続けている現状にも触れ、「原爆は今もって爆発し続けている」と訴えた。

制定交渉では、史上初めて核兵器を非合法化する条約が生まれるかが注目されている。寄稿文で近衞会長は「すべての国家がこの機会を生かすことを要望する」と呼び掛け、「明快な真実は、核戦争に勝者は存在しないという、ただそれだけ」と結んだ。

近衞会長は取材に「唯一の被爆国である日本から(連盟の)会長が出ているのだから、何らかの発信をしてもいいと思った」と語った。

連盟は各国の赤十字と、イスラム教国での名称の赤新月社が加盟する世界最大の人道支援団体で、災害時の救援活動を行う。本部はスイスのジュネーブ。

※〓は、火へんに軍

 

 

核廃絶訴える「人道の巨人」 国際赤十字連盟会長・近衞氏

2017年7月5日 朝刊【東京新聞・社会】
http://www.tokyo-np.co.jp/article/national/list/201707/CK2017070502000122.html

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国連の「核兵器禁止条約」制定交渉に向けて、核兵器廃絶への思いを本紙に寄稿した国際赤十字・赤新月社連盟の近衞忠〓(このえただてる)会長(78)は、五十年以上にわたって赤十字ひと筋に歩んできた。「人道の巨人」。赤十字内部でそう呼ばれ、尊敬を集めている。

学習院大卒業後、一九六二年から英国に約二年間留学。その後、冷戦下の中東やアジアを放浪しながら帰国し、日赤に入社。各地で目撃した体験が、赤十字の大原則である「中立」の視点を育むことに役立ったという。

二〇〇五年から日赤の社長。一一年の東日本大震災では全国から集まった日赤救護班の陣頭に立って活動したが、東京電力福島第一原発事故では日赤の救護活動が十分行えなかった。対策の不備を痛感し、一三年に赤十字原子力災害情報センターを設置。救護活動のガイドラインをまとめた。連盟会長に就任した〇九年以降、世界各地の現場を訪れ、移動距離は地球三十四周分に及ぶという。

旧熊本藩主細川家の生まれ。母方の祖父は太平洋戦争直前まで首相を務めた近衞文麿(ふみまろ)。近衞家の当主が亡くなったため養子に入り、近衞姓を継いだ。細川護熙(もりひろ)元首相は実兄。 (加藤行平)

※〓は「火」へんに「軍」

 

「核戦争の恐怖よみがえってきている」 近衞氏の寄稿全文

2017年7月5日 朝刊【東京新聞・社会】
http://www.tokyo-np.co.jp/article/national/list/201707/CK2017070502000123.html

近衞忠〓会長の寄稿文の全文は以下の通り。

日本海の沿岸では、ミサイルが飛んできた時に備えて、子供たちの訓練が始まっています。先生が子供たちを体育館に誘導し、万が一爆弾が爆発したと聞かされても落ち着いていなさいと諭している光景は、いやでも真っただ中の冷戦時代を思い起こさせます。

一発の核の攻撃と、それが引き金になるかもしれない核戦争の恐怖が、われわれの学校に、職場に、そして家庭によみがえってきています。朝鮮半島で高まっている緊張は、千八百発以上の核弾頭が、いつでも発射できる状態にあるという世界の現実に改めて光を当てることになりました。

この恐怖は、大きな不確実性があることによって生じています。攻撃が起きるのか、起きるとすればいつ起きるかは誰にも分かりません。それでもわれわれが絶対確かと思えることが一つあります。

それは、われわれは人類全体として、このような攻撃がもたらす恐るべき結果に対して、完全に備えを欠いているということです。もし、核爆弾が都市や人口密集地に命中すれば、何万いやそれ以上の命が無残にも一瞬にして奪われることになるでしょう。また、たとえ多くの、はるかに多くの人々が生き残ったとしても、彼らの苦痛は筆舌に尽くしがたいものとなるでしょう。一度核兵器が使われたなら、生き残った一部の人々ですら、効果的に救う、実行可能な手段がないのですから。

病院やその他の医療施設も消滅するでしょう。亡くなったり傷付いたりする人々の中には、医師や看護師も含まれ、彼らが仮に生き残って使命を果たそうとしても、その術(すべ)は残されていないでしょう。道路や輸送網は壊滅し、急がれる救援の手を差し伸べようにも、どうすることもできません。降り注ぐ放射性物質が、救援の努力を一層妨げ、人々は寄り添う人もないまま、苦しみの中で息を引き取ることになります。そして文明は地上から抹殺されるでしょう。

そして誤ってはいけません。核爆弾による死の灰は、国境を越えて降り注ぎ、何百万という人々が破壊や被爆から逃れて避難を強いられることになります。

これは推理ではありません。私は、これらのことには、ことごとく確信を持っています。それは、私が数十年にわたって人道分野に身を置いてきたこと、そして日本人として生きてきたことと無関係ではありません。人道活動家として、私は紛争、故郷の喪失、自然災害や人災のあおりを受けた人々の極限の苦しみに触れてきました。しかし、その一つですらも、例えば津波後のアチェ(※)の沿岸ですら、核兵器のもたらす結末とは比べるべくもないと思うのです。

国際社会が人道的な対策を強くすることは可能だとしても、それは十分とは程遠いでしょう。

私は日本人として、核兵器による攻撃の長期にわたる影響についても承知しています。広島と長崎の原爆投下から七十二年たった今日現在でも、私たちの赤十字病院は被爆した人たちのがんや白血病の治療に追われています。彼らの人生は、絶えることのない差別や偏見との闘いでした。多くの家族にとって、原爆は今もって爆発し続けているのです。

最新の核兵器がもたらす結末は、はるかに大きなものになることは明らかでしょう。

私はここで警鐘を鳴らすのではなく、事実をひたすら述べているつもりです。たった一回の発射、一回の過ち、一回の事故でも取り返しがつかないというのに、世界にはその道理が通用していません。

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