小泉純一郎元総理「日本の歩むべき道」(3)

2017年9月8日 小浜市文化会館

小泉純一郎元総理「日本の歩むべき道」(3)

「日本の原発が安全だということが重要だ」と主要新聞に載っているが,、それでは法律は全国民がOKするわけなのか?原発から30km圏内でもしも事故が起こったらどうなるのか、避難計画を作ることが義務づけされているのに、作られていないのは法律違反だ。避難計画を作る義務がある。
函館の人たちは怒っている。大間原発から函館は30km圏内で道路は1つしかないのに、1度も説明にも来ない。

コストが安いと言いながら、
停電が起きたらどうするとか国が支持しなければいけないと5兆円を上限にするというのが、9兆円といいだし
廃炉は東電がすべきこと。始めは五千億円とウソをつき新たに一兆円かかるという。
福島の住民は故郷がなくなっていくというのに。
イギリスでは廃炉は90年から百年かかるというのに、日本では40年以上考えることはないという。
現在40代の人が40年経って帰るのか?20代の人は40代になっている。故郷へ帰ることを考えないから(日本では40年以上)。

今ではもう6年経っている。メルトダウンして溶け落ちて核燃料を1本1本取り出すのは大変なこと。ロボットは入れたら壊れる。取り出せないというのに廃炉。ではその先は?政府が面倒みてくれるのか?

若狭湾に原発があるのはパイプから海水で冷やすため。温水を排水するため配管には微生物が入り割れたり,腐食物を溶かす薬品を若狭湾に流しているので、魚の生態系は変わるだろう。

事故をおこしてはいけないと検証委員会、政府事故調が発足した。起こりうるであるということは起こる。起こり得ないという事故も起こるものだ。 2月の栃木スキー場雪崩などもそうだ。
地震、津波や火山のあるところに原発は作ってはいけない。

国会事故調の黒川委員長は地震や津波は要因ではない。最大の原因はヒトです。人災です。こういう地震が来るかもしれないと知見していたのに、採算が合わないからと。だから人災。

アメリカのバーモント州では原発の誘致に反対で喜んでいる。州は作るというが連邦裁判所が反対した。

1985年「もんじゅ」夢の原子炉と言われ、1995年完成して事故を起こし30年経っても発電実績ゼロ。組織が出来ていない。今までに1兆円といわれ毎日5千万円かかっている。

事故後、基準に合格しましたと再稼働。規制委員会の田中俊一は「私は安全とは申し上げられない」という。
日本の原発は安全で世界一厳しいというが、アメリカより甘い。避難計画もない。

原発は日本国民に対する原爆を持っているようなもの!

産廃の会社を作りたいというなら自分で処理する場所を作らないと行けないのに、原発はどうだ!私も自民党だったとは言いたくないものだ。
原発の依存度を下げてゼロにしますというはずだったが、ベースロードとして20%から22%維持しますとなり、それが事故前の7割維持する、それは30基新設する。自民党は言いたくない。

2014年「東京で原発を使わない知事にしたい。細川さんと私が応援してくれるなら出馬する」と言われ、1月20日から応援をすることになった。1、2ヶ所だと思っていたら全てだということで、毎日自分の選挙の時以上に応援に出た。風の日も雪の日も応援演説をしたが、人が集まっても票にならないから、選挙応援は一切しないことにしたが、原発ゼロにしなきゃならないという話はしている。

推進論者は100年から200年先と言っている。2013年9月 2年半2基だけ稼働していたが、2013年5月から2016年9月まで原発はゼロだった。
6年半の間1日も停電したことはなかったし、原発なしでも支障ないということで、原発ゼロでやれば出来るということを世界に証明できた。
これまで太陽光発電はバカにされてきたのだが、蓄電して原発10基分になる。政府は支援していないのに。

自然エネルギー発電でドイツはフランスから電気を買っている所もあると言われることもあるが、近いから隣のフランスから買うことはあっても他は自然エネルギーで保っている。

千葉の農家が行っているソーラーシェアリングに注目している。

畑に3メートルの支柱を立てて太陽光発電をしている。畑の脇に隙間を作って太陽光発電の施設を作る。ほどほどの陰がある方が作物の成長も良いものもある。ブルーベリーとか。
全国的に太陽光発電をによる売電収入も増えてきているが、山を削ってなど環境問題になりかねない。太陽光パネルの下が草がボウボウだとかも聞かれる。

井伊 直弼が暗殺され開国して10年も経つと殺し合いで日中の戦争となった。
明治27年に日清戦争、明治37年に日露戦争。人口は4000万人で戦争が4回もあった。明治時代の人は困った時代に生きていた。健康保険もないし生活保護もない。(笑

東京都知事を辞めた猪瀬さんは著書に 『昭和16年夏の敗戦』というのがある。
昭和16年近衛内閣がシンクタンクみたいなのを作り「もし今アメリカと戦ったらどうなるか?」と30人に聞いたところ、「日本は必ず負けます」という結論になった。それでも12月に戦争が起き300万人が亡くなった。16年に満州から撤退していたら・・・。

変わり身の早い日本はアメリカが敵だったのに、戦後は(1)二度と戦争はしない (2)長生きできる世界を作る と変わったが、昭和48年(1973)石油ショックが起きた。それまで1バーレル2ドルだったのが10ドルとなった、いわゆる「石油ショック」でガソリンスタンドはパニックになった。
その後1バーレル10ドルが50ドル、100ドル、5~6年前に150ドルとなったが、ガソリンスタンドではパニックにならなかった。金さえあれば油は買えるということだ。
40年かけて
(1)金さえあればということで備蓄していない
(2)省エネを真剣にる
(3)油に変わる代替資源
備蓄をしないが、少ない油で動かす技術、ピンチをチャンスに替えることをしてきた。
アメリカはシェールオイルを開発し1バーレル50ドル以下とした。油の値段が上げられたら他のエネルギーを開発させるようにしてきた。

仮設住宅に住んでいる人たちがいるのに、汚染水はコントロールできだなどと堂々と言っている。 金ばっかりかけずに、原発をやめなくてはならない。

 総理が「ゼロ」と言えば原発はなくなるのです!

 

引退しましたが、原発の本を読みだして、勉強は面白いと思った。知らないことが分かってくるとやる気が触発され、学生の時そうできればよかった。

記録は破られない。尾崎行雄は明治23年33歳で衆議院に当選し、明治大正昭和と60年間連続25回当選し、昭和26年に94歳で亡くなり、憲政記念館の玄関にに尾崎行雄像がある。
「人生の本舞台は常に将来に在り」―尾崎行雄の言葉。

「少にして学べば、則ち壮にして為すことあり。 壮にして学べば、則ち老いて衰えず。 老いて学べば、則ち死して朽ちず」 佐藤一斎。
学問の重要性。年取って学べば腐ることはない。
人生50年から長寿になった。平成元年に厚生大臣になった時「百歳以上の人が何人いるか?」と聞かれて分からなかったが「大臣、2000人を超えています」
昨年で6万人を越えている。80歳以上は一千万人いる。

今日はお忙しい中をお集まり下さってありがとうございました。これは希望を持つことが出来ます。自然エネルギーは原発ゼロに向けてやりがいのある事業です。

(((参考)))

昭和16年夏の敗戦 (中公文庫)
12/8日米開戦「日本必敗」予測生かされず 「立場主義」今や社会にまん延/若手の「総力戦研究所」で結論/決断せず無責任に突き進む【東京新聞・特報】「昭和16年夏の敗戦」(中公文庫)

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