10/20原点の福島から衆院選を考える 南相馬・小高区/原発事故 語らぬ 政治家/終わった問題にされ 見えぬ復興/賠償・補償 打ち切り 帰還圧力に/「忘却」求める政策 教訓生かさず/各地で住宅追い出しも/「改憲強調されても…」【東京新聞・特報】

原点の福島から衆院選を考える 南相馬・小高区

 原発事故 語らぬ 政治家

  終わった問題にされ 見えぬ復興

【東京新聞・こちら特報部】2017年10月20日

この衆院選の公示日、福島県を第一声の場に選んだのは自民党の安倍首相だけだった。とはいえ、その演説でも原発事故の被災者に触れることはなかった。帰還と復興の強調と、その裏にある賠償の打ち切り。被災者たちにとり、事故はいまだに現在進行形だ。だが、事故はろくに教訓化されず、むしろ「忘却」の波が押し寄せている。いまの政治を覆う「忘れる病」。それはこの事故以降、顕著になった。 (安藤恭子、大村歩)

 

「選挙で政治家が語るのは改憲や北朝鮮対策で、ここの間題は対象外。触れられることはない」

東京電力福島第一原発から二十キロ圏内にある福島県南相馬市小高区。昨年七月に避難指示が解除された。

その一角、JR小高駅前で旅館を営む小林友子さん(六四)はそうため息をつく。

小高区では今春に小中学校が再開し、営業を始める店舗も増えてきた。一方、庭に草が生い茂った空き家も目立つ。市によると、九月末の小高区の居住者は約二千二百人。原発事故前の二割弱にとどまり、五割以上は六十五歳以上の高齢者だ。除染ごみの入った大量のフレコンバッグが積み上げられ、山あいには放射線量の高い場所が点在する。

小林さんは商工会の女性 部長として町づくりに励むが「戻ったのは年寄りばかり。 子どもたちが安心して戻り、若い人たちが働ける場所にはなっていない」と感じている。「今の政治には誠実さが欠けている。地域に入って、住民の声を聞き、一緒に解決策を考えてほしいけれど、終わった問題になろうとしている」

カタンカタンと機織りの音が鳴り響く。小高区でかって盛んだった養蚕に取り組むNPO法人「浮船の里」を訪れた。ピンク色の糸を操る島抜里美さん(三七)は「政治家は選挙の時しか来ない。ここで何を実現したのか」と首をかしげる。

浮船の里は避難解除前の二0一三年、地元の主婦らが立ち上げた。日中しか滞在が許されなかった小高区に「明かりをともしたい」と交流拠点を設け、訪れる人々と語り合った。現在は四千匹のカイコを育てて糸を作り、小高の植物で染めて織る事業に取り組む。

理事長の久米静香さん(六四)は「復興はモノが整うことじゃなく人の心から。震災前の暮らしはゼロとなったりれど、新たな日常を積み重ねている。ここで生計を立て、一歩ずつ自立したい」と語る。「私たちはいつまで被災者なのか、と最近思う。これからは自分の歩む道は自分で決める」

帰還を断念した人もいる。小高区の元漁師志賀勝明さん(六九)は八月、相馬市に家を建てた。「祖父母が苦労した土地を離れるのはつらかったが、孫たちを自由に遊ばせられない小高には帰れない。家族と暮らす決断をし、墓も移した」と苦渋の選択を語る。

漁船は津波で大破し、仕事はあきらめた。被災した集落は散りぢりになり、荒れた自宅は昨年末に解体した。現在は福島に思いを寄せる人に、現地を案内することが心の支えだという。

志賀さんは「津波だけなら戻れたが、放射能で汚染されたから帰れない。政治家が事故の教訓を謙虚に受け止めていれば、原発再稼働なんて言えるわけがない」と悔しさをぶつけた。

賠償・補償 打ち切り 帰還圧力に

 「忘却」求める政策 教訓生かさず

  各地で住宅追い出しも

   「改憲強調されても…」

原発事故から六年半。被災者をめぐる政府などの対応は「帰還と復興」と「賠償・補償打ち切り」の方向へ加速している。

政府は三月末と四月一日、四町村の「居住制限区域」「避難指示解除準備区域」の約三万二千人に出していた避難指示を解除。残るは約二万四千人が対象の「帰還困難区域」のみだ。

一方、福島県は三月末、避難指示区域外から避難した自主避難者約二万六千人への住宅の無償提供を打ち切った。二O一九年三月末には、旧避難指示区域からの避難者が住む仮設住宅約三千六百戸分の無償提供も打ち切る。

東電から避難指示対象者に支払われてきた一人あたり月十万円の慰謝料も、来年三月分で打ち切られる。いずれも避難者を経済的に追い込み、「早く福島に帰れ」という圧力となる。

安倍首相は今月十日の公示日に福島市内で第一声を放ったが、避難者に対する政策には一切触れず、「福島で開かれるニO二O年東京五輪の野球・ソフトボール競妓会場に足を運ぶ子どもたちが、復興のエンジンになる」などと語った。

東京五輪までに事故に区切りを付けるという意図がありありとうかがえるが、野党も含めた他党も、福島原発事故への優先度を落としている感は否めない。

避難者の中でも、最も厳しい状況にある自主避難者らはどう見ているのか。

福島市から東京都三鷹市に避難している四児の母・岡田めぐみさん(三五)は「原発がゼロになっても、原発事故の被害者はいなくならない。当事者からすると、原発ゼロ政策さえも遠く感じてしまう。『いま求めているのはそこじゃない』という思いだ」と訴える。

岡田さんは、国や自治体への支援を求めていく避難者らの団体「避難の協同センター」の世話人を務めている。「生活に困っても、生活保護さえ受けにくい。役所に『福島に除染済みの家があるじゃないか』と言われてしまう。でも、例えば、除染済みの私の実家の土壌からは(立ち入り制限される)放射線管理区域の二倍に当たる一平方メートルあたり八万ベクレルの放射性物質が検出された。どうやって帰って住めというのか」

田村市から東京都葛飾区の都営住宅に自主避難している熊本美彌子さん(七四)は三月の無償住宅打ち切り以降、都から「このまま居住し続けると使用料が発生します」という警告書が三回届いた。「山形県内の雇用促進住宅に入居している自主避難者には、明け渡し訴訟が起こされたと聞く。各地で追い出しが本格化している」。その上で「事故が起こった際の避難者の生活を支える法制度すらないまま、各地で再稼働が進められている」と憤る。

だが、こうした切実な声は選挙という場に届いていない。避難者らが国と東電の責任を問う損害賠償請求訴訟では、今年三月の前橋地裁判決以降、原告側の三連勝が続くが、国と東電はいまもなお「津波は予測不能」「賠償は十分」という姿勢を崩さない。東電の勝俣恒久元会長は七月、勝俣氏ら当時の経営陣三人の刑事責任を問う訴訟の初公判で「事故の予測は不可能だった」と無罪主張した。

事故の教訓を生かす構えは見られず、被災者を後景化し、国民に忘却を求めるばかりの政治。

元漁師の志賀さんはこういぶかった。「漁に出て田んぼを育て、家族と生きる生活が幸せと、追い出されて初めて分かった。戻りたくても戻れない人もいる。改憲をうたう政党が多い。けれど 、原発事故の後始末もできない政治家のとなえる改憲は、そうしたささやかな幸福の根底をも崩していくだけじゃないのか」

衆院選の期日前投票所を設けている南相馬市小高区役所=いずれも19日、同区で

人通りもまばらな小高区の中心部

無数に積み上げられたフレコンバッグ

(((デスクメモ)))
昨年暮れの環境省の推計では、福島県内の除染ゴミは一千六百万~二千二百万立方メートル。うち、来年三月末までに計七十万立方メートルを中間貯蔵施設に運ぶ。多く見積もっても全体の4%。最終処分場はまだ白紙だ。これが復興の現実だ。ウソの横行や息苦しさ。その原点にあの事故がある。(牧) 2017・10・20

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