市民のための自由なラジオ(2017/12​/14) 次の世代にそっと渡したい、尾道向島の帆布​と藍のにおいが指し示す大事なこと、新里カ​オリさんのお話

新里さんが藍で風邪をひかなくなったというのは、漢方薬の板藍根(バンランコン)のことだろう。藍染というのは古来身体に良いものとされ、なぜモンペが藍染めなのかというとマムシや毒蛇から守ってくれたりして、インディゴブルーの薬効成分があるからなんだそうな。城下町で必ずお城に一番近いところが紺屋になっているのはお殿様を守っていたらしい。このブログのどこかに書いた覚えがある。

インフルエンザの予防接種はしたけれど「板藍茶」をまた買っておこう。以上「藍」の話

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永岡です、市民のための自由なラジオLight Up! 第90回、今回は詩人のアーサー・ビナードさん久々の司会で放送されました。アーサーのわかるラジオです。今週はFMたるみずを聞きました。

報道するラジオの案内であったジャーナリストの平野幸夫さん、映画「否定と肯定」と南京大虐殺について、ブログで書いておられます。
https://ameblo.jp/hirano-yukio/entry-12336207494.html?frm_id=v.mypage-checklist–article–blog—-hirano-yukio_12336207494

朝日放送のおはよう朝日です、にて、伊方原発の広島高裁差し止め仮処分、規制基準は火山から160kmを考慮すべきと言っても、社会通念で裁判所は認めて、大阪国際大学の谷口真由美さん、社会通念は一般の人の常識で、裁判所の言う社会通念は常識と逆と言われて、司会の岩本計介さん、野々上裁判長は定年の直前で(この判決を出せた)、谷口さん、裁判官の出世コースがあり、最高裁の裁判官を任命するのは内閣で、内閣の覚えが良くないと出世できず、岩本さん、三権分立に反すると言われて、谷口さん、司法の独立を担保するのには有権者のチェックが必要と言われました。

アーサーさん、自由な隅田川スタジオから放送、前回ドーム語りのことを放送されて、鈴木コージさんの後に誰を出すか、半年思索されて、今回のゲストは立花テキスタイル研究所(https://tachitex.com/ )代表の新里カオリさん、尾道向島で特産物の帆布を使ってバッグやファッション小物を作っておられて、これに関するお話です。

新里さんについてすぐわかるのは染色に詳しい方orRCCラジオのヘビーリスナー、帆布、天然の染料による、見たら欲しくなる尾道に根差した産業、自然と、一種の必然性、アーサーさん広島で新里さんに出会い、ラジオも聞いて、今回、上京された新里さんを自由な隅田川スタジオに招いての放送です。

その新里さんのお話、勝鬨に来られて、尾道は生まれ故郷ではなく、実家は埼玉県、新里さんの肩書は染色家、会社を立てて5年経っても肩書なし、尾道水道を挟み向島、12000人住んでいて、向島の名前は アーサーさんいいな、迎えに来てくれる、尾道からすぐ行ける、船が行き来する最高の環境と言われて、 新里さん、見たら斜めに流されて、最後は着地点に行き、向島行きのフェリーがあり、駅の近く、船はピストン、時刻表はないが、各地から渡し船があり、最初、船が動かずおかしいと思っていたら、大きな桟橋から旗を振ると船が来る、使う人が少なく、そうしているものであり、旗を振って下さいと書いてあったら待ちぼうけしなかったが、渡船料は70円だったり100円だったり、東京の地下鉄より安く、駅の近くには人と自転車の乗れるフェリー、さらに車の乗れるフェリー、安いフェリーは座礁、漂流があり、130円のフェリーを利用する。

みんな尾道に行きたくなるもので、新里さんの会社は1933年からある尾道帆布という会社があり、尾道に帆布工場は10社あり、ピットに船が入り、船を直す、船員で賑やかな町で、工場の一角を借りて、そこで布を染めて、帆布は真っ白、もともとは麻と綿の混紡が、綿100%、造船の町の工員さんのものを100%綿でやり、会社の一角に新里さんの会社があり、帆布を染めるのは、工業製品の帆布、大半ナイロンに代わり、鉄工所など地元にあり、材料、一般の方の廃棄物、鉄の粉、フルーツを剪定した枝、テーブルの端を染料にして、白い帆布を染めてバッグにしている。

味わい深いチャーコールブルー、鉄の粉と糊を混ぜて、船になる鉄板は表面に酸化膜があり、パイの生地みたいに浮いて爪で取れて、これを取り、鋼の球を当てて取る、そうしないと溶接できず、真っ黒い酸化鉄、安定して、鉄は安定した第二酸化鉄、これを布に塗り込み、職人さんが、左官屋さんが塗るようにやって、乾かして、木の棒に紙やすりをつけて磨き、ジーンズっぽくなり、布は染めると浸透するが、裏に行かないスピードで、表面に浸透させて乾かせて、最初は滲みでるのを、酸素と触れたら固まり、固まる→やすり、蒸す、熱を加えて、それで完成。

その後、洗ったりせず、材料は産業廃棄物、すすぎも少なく、柿渋は熱を加えず、水を少し使うのみ、染色というと煮るのを想像するが、柿渋は木になっている青い柿を絞り、液体を2年寝かせて、発酵して液体ができて、瓶や樽にためて、フルーツは成熟していないと青く、虫に食べられないように、虫に嫌がる味の酸味、タンニンを持ち、これを取り、帆布を柿渋に染めるのを30回、漬けては乾かし、これを繰り返して赤褐色にして、回数により濃さが変化して、紫外線に反応して色も変わり、秋、冬になると変わり、夏は28回、冬は35回繰り返して、良い色に、革製品の高級品にみえて、海外のユーザーも評価する、ブイトート、船を止めるブイにちなんだもの。

ガスも使わず、柿さえあったらやれて、途上国でもやれる染色技術、世界3大染色、アフリカの泥染めと、日本の藍染、柿染め、ジャパンブラウン。

他にも作品があり、どこか入っているベージュ、縞々のもの、綿の栽培を8年前からして、尾道の耕作放棄地、荒れていて、耕作放棄地を無償に高く借りて、綿を植えて、4年貯めた綿を糸にして、綿の茎は捨てられて、種は綿実油になるが茎は利用されず、染めたら柔らかいピンクベージュになり、煮詰めて、糸を染めるとむらが出て、それがきれい。

畑をやり、畝織トート、帆布の糸を手織りで、半分藍染、どちらが表でもOK、耕作放棄地で育てるもの、藍は農家に依頼して、昔の農家は農業以外の仕事を持ち、岩手の雫石、食べるために牛も飼い、冬は藁でくつを作っていたが、今の農家は忙しく、中国地方では畑に出て、売れる野菜は限られて、藍の栽培を委託して、買い取っていて、日本の藍染は特別、発酵させるものであり、地元の大工さんに風呂を作ってもらい、藍の葉を取り、茎を取り、発酵させる、温度チェックも大変、放置したら50度になるものです。

ここで音楽、新里さんの選曲、旅番組ではなく、新里さんと話すと尾道、向島の旅、加藤登紀子さんの知床旅情をリクエストされて、尾道→北海道の旅、これは私も良く知っている曲です。71年のライヴ映像がYouTubeにありました。

後半のお話、新里さんは尾道で帆布を使って、天然の染料による、優れたバッグなどを作られて、藍を扱うと風邪を引かなくなり、それまでよく引いていたものが、藍のためか、柿渋のためか、藍染で体調は良くなり、液化したもの、泡で自分の手も染まり、糖分をエサにするので、麦芽糖、PH、温度計で測るのを途中から止めて、数字を入れない方がよく、あれっと思うとにおいを見て、においで感じると、工場に来て元気ないと思うと、油膜ができて、動物も目を見て健康状態を見て、PHが低いと調節する、PHと糖度、温度で管理して、冬寒いのが苦手で、土の中に瓶を埋めて、いつも15度、様子を見て、毛布を掛けて温度調節して、においでわかるようになるまで、最近までかかった。

自分が、藍、微生物の体調を気にするようになったら体調も良くなり、ある程度便利で考えなくていいまで、においを感じるくせ、ごはんのにおいにも敏感になり、環境の気配に気がつくようになり、昔の人は測定器なしでやっていて、植物のにおい、日本だと大事にせず、ホメオパシーの文化もなく、今はアルマオイルも浸透したが、これを日本も取り入れるべき。

和食は基本冷たく、ソース、高音ではなく、においに結びついて、視覚に重点を置いており、そういう文化がある。

今は、先人の時代より鈍くなり、眠る→病気であり、敏感になったら、体調も変わる。

自分が染色の世界に入ったのは、母親が裁縫が好きで布にまみれて、シャツの布などで遊び、ミシン、貼箱もあり、学校から帰ったら縫物をして、大学も美術大学で布を勉強して、染める面白さ、子供の頃は朝顔を取って遊び、その延長、尾道は、旅行で行き、大学は東京、仕事も都内、尾道に行き帆布工場と出会い、ある方が、大学で美術をしていると知ると、尾道は旅行客、日本一リピーターが多く、染色を勉強していると言うと、帆布工場に連れて行ってもらい、大学院2年、出たらイタリアに留学しようとしていたのを止めて、日本にこんないいところがあると知り、帆布に関わり、尾道に行かなかったら、人生は変わっていた、イタリアに行っていた。

日本に魅力を感じず、ものがたくさんある中で、イタリアで勉強しようと思い、ファッション、インテリアを学ぼうと思っていたが、尾道の工場を見て、武骨な工業製品を見て、80年なぜ生き残ったか、疑問で、いろいろ勉強して、そして原点に立ち返り、自分を見つめ直している。

キャンパス、油絵の土台であり、航海のエネルギーを見るもので、自分が関わらなかったら、工場は潰れると思い、日本のこういう工芸は1日400社潰れており、自分の役割、まだ生き残る文化を残し、グレーゾーン世代、高度経済成長を支えた親から生まれて、戦争もなく育った世代の存在意義、ここで見つけて、自分より下の世代はもっとしんどくなり、下の世代は苦労して、グレーゾーン世代のやるべきことを見つけて、自分から大きなアクションを見つけるより、右から左へ引き継ぐものの、役割を見つけられた。

帆布工場、大学生に見てもらい、インターンでやってもらい、若い人に実習してもらい、これから立花テキスタイル、HPを見て、興味があると注文してもらい、さらに尾道、向島に来てほしい、

大元の帆布が必要で、工場で生きているうちに、見てもらい、帰って風景を思い出してもらったら、心の糧になるもので、帆布工場はもともと軍事産業、日露戦争で潤い、大日本帝国の注文で生き残り、そして今は本物の平和利用、廃棄物を有効利用する重要なものなのです。

今度は、工場を取材したいとアーサーさん言われて、製品に、鉄のにおいがあり、アーサーさんアメリカで妹たちに見せたいと締めくくられました。

今回の特集、市民のための自由なラジオ、新里さんに、尾道から来てもらい、においを伝えられるメディアはなく、そんなものができても偽物のにおいしか伝わらず、しかし環境、体調もにおいで分かり、においに敏感になると、メディアリテラシーになり、においを生活の情報源にすると、胡散臭い、マスコミ、政府からの情報や企業のPRを判別できるようになるとアーサーさん言われて、大きな収穫と締めくくられました。

自由なラジオは、大きなメディアの伝えないことをこれからも伝えます、以上、今週の自由なラジオでした。

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