12/14伊方3号機 運転差し止め/人生で非常に画期的な日/地裁訴訟被爆者の原告団長【中日新聞】

伊方3号機 運転差し止め 

    人生で非常に画期的な日

               地裁訴訟被爆者の原告団長

【中日新聞】2017年12月14日

「原子力と人類は共存できない」。四国電力伊方原発3号機(愛媛県伊方町)の運転差し止めを求め、仮処分と並行して広島地裁で争っている訴訟の原告団長堀江壮さん(七七)は、広島に投下されだ原爆の被爆者だ。放射線被害の恐ろしさを知る立場として、仮処分で運転差し止めを命じた広島高裁決定を「人生で非常に画期的な日だ」と喜んだ。

「このまま引き下がるわけにはいかない」。三月に広島地裁の決定で差し止めが認められず、悔しさを押し殺すように語ってからも諦めずに闘った九カ月だった。自身の訴訟だけでなく、各地で同様の裁判を続ける人々とも交流を続けてきた。

その間、七月には松山地裁も仮処分の申し立てを却下。「司法は一体どこを向いているのか」。やりきれない思いが胸をよぎることもあった。

広島市で被爆したのは四歳の時。遺体を焼く臭いが立ちこめる町を歩きまわり、黒い雨でシャツが真っ黒に染まった記憶は今も残る。五十五歳で甲状腺腫を発症して原爆症と認定され、薬は手放せない。放射線は七十二年余りを経た今なお日々の暮らしに影を落とす。

二O一一年の東京電力福島第一原発事故。故郷を奪い、目に見えない放射線と隣り合わせの恐怖を強いる悲惨さを目の当たりにした。「負の遺産を子や孫の世代に引き継がせたくない」。被爆者の責務として原発をなくすため、最も近くに存在する伊方原発を対象とした提訴に踏み切ったのは、福島の事故から五年後の一六年三月十一日だった。

決定後の記者会見では「これで次の世代に、一応われわれができることは頑張ったと申し開きができる」と笑顔で胸をなで下ろした。

高裁段階で初めて差し止め決定が出たことで、原発ありきの国のエネルギー施策も変わると信じている。「司法は自分の役割を忘れなかった。地裁での訴訟判決にも大いに期待したい」と語った。

四国電力伊方原発3号機の運転を差し止めた広島高裁決定後、記者会見する被爆者の堀江壮さん=13日午後、広島市で

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