1/31アウシュビッツ 蘇る証言 元収容者のメモ 新技術で解読/大虐殺を否定する89歳【東京新聞・夕刊】

アウシュビッツ 蘇る証言 元収容者のメモ 新技術で解読

2018年1月31日【東京新聞・夕刊】

ナチス・ドイツがユダヤ人を大量虐殺する舞台となったポーランドのアウシュビッツ強制収容所が、旧ソ連軍によって解放されてから今月で七十三年。最近、元収容者が地中に埋めたメモが新技術によって解読された。虐殺の非道と囚人の無念が現代に蘇った。かたや「大虐殺はなかった」と主張する八十九歳の女性がインターネットで自説を広め、歴史修正を願う若い世代の極右勢力「ネオナチ」のシンボルとして脚光を浴びている。アウシュビッツを巡る人の動きは、時代を映す鏡であり、今も歴史の教訓を人々に問い続ける。(ポーランド南部オシフィエンチムで、垣見洋樹)

 

ガス室に3000人・・・「人間が缶詰にされている」

 

アウシュビッツの元収容者が収容所内の様子を書き残し、腐朽のため未解読だったメモが画像処理ソフトを使って解説され、昨年十月にドイツで発表された。解読したロシアの歴史家パペル・ポリアンさん(六五)は「奇跡としか言いようがない」と本紙の取材に語った。

メモは一九八O年に発見。収容所で発掘作業中だったポーランド人学生が深さ約四十センチの地中から革袋に入った保温瓶を掘り当てた。十三枚の紙のメモが入っていた。長年湿気にさらされて字がにじみ、ギリシャ語の文章は当時、一割程度しか解説できなかった。

ポリアンさんが出演したラジオ番組を聴いたIT技術者アレクサンダー・ニキティヤエフさん(四九)が解続に名乗りを上げた。画像加工ソフトで元データに赤いフィルターをかけると文字が浮かび上がった。

メモを書いたのはギリシャからアウシュビッツに連行されたユダヤ人男性の故マルセル・ナジャリさん。殺された同胞の遺体運搬をナチスに強制された「特殊部隊」の一員だった。

メモは「処刑」の様子を詳述する。「人々は裸になって処刑室に入る。約三千人が詰め込まれると鍵がかけられ、ガスを浴びる。彼らは最期の六~七分間、苦しみ、もだえる。ほとんどは自分が衰弱し、あえぐ理由を知らない。水浴びだと説明され、何の疑念も待たず死ヘ向かったのだ」

看守がむちをふるい、できるだけ多くを詰め込もうとした。「人間がサーディン(イワシ)の缶詰にされている」と描写。証拠隠滅のため遺体を焼き、灰を付近の川に流した作業を説明。一人の人間が六百四十グラムの灰に帰すと記した。

メモは「同じユダヤ教信者を焼却するなどということが、どうしてできるだろう。何度も自問した」と吐露。収容所内の反乱仲間に加わろうとも考えたが、ナチスに殺された両親と妹の敵を討つため「わたしは生きたい」とつづっている。

元特殊部隊の生存者の多くは同胞虐殺への加担を恥じ、体験を語らない。このため今回解説されたメモの証言は貴重とされる。ナジャリさんは終戦後に渡米。米国で生まれた娘のネリーさんから体験を語るようせがまれたが「君が十八歳になったら」と約束したまま七一年に逝去した。ネリーさんは当時十四歳だった。

現在も米在住のネリーさんは本紙のメール取材に、亡父のメモを初めて知った時を「大変に心揺さぶられる瞬間だった」と振り返る。フェイクニュースが氾鑑、歴史修正主義がはびこる時代だからこそメモの価値は高いと信じる。「陰惨で非人道的な大虐殺の事実を疑問視する誤った主張に真っ向から反論するものだ」

一方、ポリアンさんはフェイクニュースを信じる人々の心を動かすことは難しいと考える。「問題は新たなニュースや真実ではない。人々がそれをどう扱うかだ」と訴えた。

 

アウシュビッツ強制j収容所

第2次世界大戦中、ナチス・ドイツが欧州のユダヤ人らを送り込み、虐殺した強制収容所。一度に大勢を殺害して遺体を処理するため、大量の毒ガスと焼却炉が使われた。犠牲者はユダヤ人やポーランド人など推定計約110万人。1945年1月27日、旧ソ連軍に解放され、その後に博物館となった。

 

 アウシュビッツをめぐる動き

1940年 ナチス・ドイツがアウシュビッツに強制収容所設立
42年 強制収容所に収容されたユダヤ人の殺害が始まる
45年 旧ソ連軍が強制収容所を解放
〃   ニュルンベルク裁判で元収容所長ヘスがユダヤ人に対するガス虐殺を証言
47年 元収容所に博物館を設立
63年 フランクフルトでアウシュビッツツ裁判。元収容所幹部22人が有罪
79年 元収容所がユネスコの世界文化遺産に指定
2000年 英国でアービング対リップシュタット裁判。ホロコースト否定派が敗訴
2017年 元収容者ナジャリ氏のメモ解説が発表される
〃   ドイツ人のホロコースト否定派ハーファーベックさんに有罪判決

(写真)
27日、ポーランド南部オシフィエンチムで、アウシュビッツ強制収容所解放記念日の式典に惨加する元収用者ら。「働けば自由になる」 とドイツ語で書かれた門をくぐる=AP

ユダヤ人らの大量輸送に使われた線路。収容所内のガス室近くにつながる=垣見洋樹撮影

(右より)ナジャリさんの残したメモの原本、画像加工ソフトで処理したメモ、復元後のメモ=ポリアン氏提供

元収容者のマルセル・ナジャリさん=1971年撮影、娘のネリーさん提供

 

 

大虐殺を否定する89歳

ドイツ西部フロートーの丘陵地帯に立つ一軒家。1人暮らしをするハーファーベックさん(89)ははっきりと言い切る。「ホロコースト(大虐殺)はなかった」

ドイツでは、ナチスによるユダヤ人虐殺の否定はタブーとされ刑事罰の対象となる。ハーファーベックさんは2016年1月のイベントで「ガス室(の存在)は非現実的だ」と発言したとして昨年10月、民衆扇動の罪でベルリンの裁判所から懲役6カ月の有罪判決を受け、現在控訴中だ。社会の厳しい批判にさらされながら、国際的にも波紋を広げる自説を曲げないのはなぜか一。

「われわれは(連合国の)空爆や故郷からの追放で苦しんだ世代」。自身を含め、旧東部領などから追放されたドイツ系住民は計約1500万人。このうち200万人は死亡、または行方不明とされる。甚大な被害は語られず、加害の側面だけが強調されるのは不公平といい、「民族の自由のため命を懸ける」と主張する。

ホロコースト否定の根拠には、ユダヤ人ジャーナリストの故J・G ・ギンスブルクさんらアウシュビッツでのガスによるユダヤ人虐殺を否定したとされる複数の有識者や著作を挙げた。

1963年にナチ党幹部だった亡失と教育施設を設けて以来、右翼活動家と交流。いまやネオナチの象徴的存在だ。転機はインターネットの普及。「ユーチューブに動画を投稿し、私の意見を広めることができた」

一方、過激思想を取り締まる北部ニーダーザクセン州の憲法擁護庁は「ネット時代に極右による反ユダヤ思想扇動を止めるのは難しい」とのリポートを公表した。

真実の見極めが難しい時代に客観的な歴史認識をどこに求めればよいか。ドイツの政治学者ハヨ・フンケさん(73)は本紙に、ホロコースト否定論者とホロコースト史家が全面的に闘って否定論者が敗訴した2000年の英国での「アービング対リップシュタット裁判」を挙げた。

裁判では歴史研究者や建築学者がアウシュビッツのガス室や毒ガス使用の立証に協力。判決は「客観的で公平な歴史家であれば、ガス室が数十万人のユダヤ人を殺すため相当規模で稼働したことに疑念を抱く根拠はない」と結論づけている。

(写真)
ドイツ西部フロートlの自宅で1月18日、ハーファーベックさんはあらためてホロコーストを否定した=垣見洋樹撮影

広告
カテゴリー: 戦争法案, 中日東京新聞・特報 タグ: パーマリンク