2/22福島原発から7年~ 「不条理」と生きる人びと【東京新聞・特報】

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飯舘村放射能エコロジー研究会 (IISORA) 第9回シンポジウム2018福島 原発事故から7年、不条理と闘い生きる思いを語る 2018.2.17
https://iwj.co.jp/wj/open/archives/412430

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原発事故7年 飯館村テーマにシンポ

「年20ミリシーベルト」めぐる不条理

2018年2月22日【東京新聞・こちら特報部】
http://www.tokyo-np.co.jp/article/tokuho/list/CK2018022202000171.html

福島原発事故から来月で7年。京都大の今中哲二氏らでつくる「飯舘村放射能エコロジー研究会(IISORA)」は今年も17日、福島市でシンポジウムを開いた。政府は「年間被ばく線量20ミリシーベルト以下」を基準に住民帰還を促し、福島県飯舘村でも昨年3月に帰還困難区域を除き、避難指示を解除した。20ミリシーベルト基準はどう解釈されるべきか、そして帰還を巡る村民らの思いは…。シンポでの議論を紹介する。 (新城通信局・榊原崇仁、白名正和)

 

避難指示解除 安全とは違う

 研究者は・・・

帰還「行政が決めるな」

コミュニティー また壊される

 村民の思いは・・・

被害者目線で「策講じるべき」

「加害者の立場 東電わかっていない」

 

IISORAは事故直後から飯舘村の汚終調査、支援に携わってきた研究者らが二O一二年に結成。今回のシンポは九回目になる。

「どこまで被ばくを我慢するか。それは皆さんの個人的判断です。最後の選択は私にはできません」

同研究会世話人で京大原子炉実験所研究員の今中氏はそう「リスク」を説明し、「問題は帰りたくない人まで帰らせようとしていることだ」と指摘した。

政府が避難指示の解除基準として示した年間二0ミリシーベルトの意味について、今中氏は「安全・安心を示す値ではない」と断言した。そもそも政府が飯舘村を計画的避灘区械と指定した基準が年間二0ミリシーベルト。これは国際放射線防護委員会(ICRP)の勧告を根拠とした。「『緊急時被ばく状況』という区分があり、予測される被ばく線量が年間二0~一00ミリシーベルトの範囲なら、避難などの対策を求めた。政府はこれを適用した」

避難指示解除後はICRP勧告にある「現存被ばく状況」に移行するのだが、「その状況では『汚染がある場所はそれが下がるよう頑張りなさい』と記されており、目標は年間一ミリシーベルトとなっている」と説明。「飯館のような現存被ばく状況でも、線量低減のためにきめ細かな対策をしなさいということ。ICRPが年間一ミリシーベルト以下で安全・安心と言っている訳ではない」

「ある基準を下回れば安全」と思い込ませるワナはこれまでにもあった。「思い出すのは、専門家が一OOミリシーベルト以下で被ばくの影響は『観察されていない』と言い、政治家や役人が翻訳して『影響ない』と言う。雲泥の違いなのに、被災者の皆さんに吹き込んだ」

加害責任を負うべき行政側によるリスクの過小評価は不条理でしかない。今中氏は低線量被ばくの影響についての論文を列挙し「村に戻るかは行政が決めることではない」と説いた。

同じく世話人を務める同大の糸長浩司特任教授(環境学)は、除染にまつわる不条理をこう解説した。

村内の除染済み住宅の内外などで空間線量を測定して、帰還し生活した場合の彼ばく線量を推計すると、年間で四・五八ミリシーベルト。現在ある放射性物質は半減期約三十年のセシウム137が大半なので、「自然減衰で年間一ミリシーベルトになるには約五十年かかる」。

除染を終えた山間地の土壌調査では、深さ十五センチまでのセシウム量の平均は一キログラム当たり二五O~三000ベクレルだった。特別な処理を要する「指定廃棄物」の基準である一キログラム当たり八OOOベクレルこそ下回るが、廃棄物の再利用基準の同一OOベクレルは超えている。「グレーゾーンにあるのが現状。収穫物に放射性物質がどれだけ含まれるかという移行率の問題にすり替えられている」

糸長氏は「正常とはかけ離れた『例外状態』が続いている」と断じ、「まさに産業公害。責任論を問い、補償につなげなげればならない」と語気を強めた。

現在も最大の関心事となっているのが健康への影響だが、内科医で国立研究開発法人「医務基盤・健康・栄養研究所」の研究員、振津かつみ氏は「特に次の世代の問題、遺伝的影響は非常にデリケート。差別にもつながるとも指摘される」と議論の難しさに触れた。

「実験動物では、放射線による遺伝的影響が証明されている。通常なら、動物で証明されたことをヒトでも起こり得るとして対策する。薬を開発する際の副作用などがそう。しかし放射能の問題では通用しない」

チェルノブイリ原発事故の被災者支援を長く続け、原線被爆者の健診にも携わってきた振津氏は被害者目線の支援を提言。「健康と命、被害者の人権を守るのが科学者の立場。低線量被ばくを含め、放射線の影響が出る可能性を考え、必要な手当てを講じる。国は将来世代を含めた健康の保障を行うべきだ」と求めた。

 

被害者目線で「策講じるべき」

 

村の一部を除いて、避難指示が解除されて約一年。村民らは「現在」をどう受け止めているのか。

東京電力に裁判外紛争解決手続き(ADR)で賠償を求めている「飯舘村民救済申立団」団長で、行政区長の一人でもある長谷川健一氏は「東電は加害者の立場が全く分かっていない」と声を荒らげた。一四年十一月の申し立て以来、参加する村民は次々と僧え、現在は三千人を超えている。

ADRでは九ミリシーベルト以上の初期被ばくがあったと目される約二百人に、一人十五万円の賠償を支払う内容の和解案がまとまったが、東電は「事故後も村に残ったのは村民の選択」などの理由で和解案を拒否した。

「冗談じゃない。昨年十二月に抗議書を出したが、東電側は『ご理解ください』。村民が悪いという内容を、どう理解するんだ」

避難先の徳島市でカフェを経営しながら、東電を相手に東京地裁に提訴した市沢秀耕さんは「仮に裁判で賠償が満額で認められても、絶対に時間、故郷、生活基盤などは元に戻らない。事故のひどさをきちんと明らかにしていくことが裁判の意義だ」と発言した。

福島市内で菜園を活用した村民のコミュニティーづくりに取り組む菅野哲さんも「村に戻って農業をやっても作物が売れるのか。人がいなければ、商売も成り立たない。家族の離散やフレコンバッグが山ほど積まれているという環境の変化にも対応できるのか」と、帰還の困難さを列挙した。

「避難先でできたコミュニティーが避難解除でまた壊される」とも語り、帰還者には村での生活権、避難先で新たな出発をした人にもそこでの生活権を保障することが重要と訴えた。

元村役場職員の横山秀人さんは昨年十二月、「いいたて未来会議」を立ち上げた。広範囲に避難する村民も悩みや希望を話し合えるよう、ホームページや会員制交流サイト(SNS)を活用してつながる狙いだ。

「これまで個人で村政に対しての意見を出してきたが、相手にされない。議論が公的な場に乗らないと、意見が村政に反映されない。だから、団体は村の自治組織設置要綱に従って組織した。村は不条理だが、やり方によっては飯舘村は変わっていける。あきらめないでやっていきたい」

飯舘村生まれの細杉今朝代さんは、すでに村に帰還した。「もういないじいちゃん、ばあちゃんから家を建てた時の苦労話を聞いていたから。家を守ることが当たり前だと思っていた」

ただ、心中は複雑だ。野菜作り、花作りが生きがいだが、やはり線量のことが常に頭をよぎるという。

「いつも放射能のことが頭から離れない。除染しでも、土には放射能が残っている。村に戻ったからといって、東京電力を許したわけではない」と訴えた。

(((デスクメモ)))
このシンポで、ある参加者が「海外でフクシマは加害者でもあると言われ、衝撃を受けた」という体験を紹介した。虚をつかれた思いがした。そうかもしれない。しかもまだ脱原発への転換もできていない。遅すぎる手始めだが、事故の刑事責任については一刻も早く決着をつけねば。(牧) 2018・2・22

(写真)
飯舘村の村民たちや京都大の今中哲二氏らた登壇したシンポジウム=福島市内で飯舘村の村内に積み上げられている除染ごみの入ったフレコンバッグ=同村で

飯舘村

福島県北部に位値する。野菜作りや牧畜で村おこしを進め、「日本で最も美しい村」連合にも加わっていたが、原発事故により全村避難を余儀なくされた。昨年3月31日に避難指示は解除されたが、今年2月1日時点で全村民5864人(2516世帯)のうち、帰還したのは607人(320世帯)。現在も5200人以上が福島県内外へ避難したままだ。

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カテゴリー: 放射能汚染, 中日東京新聞・特報, 今中哲二 パーマリンク