4/14お笑いで権力斬る芸人・松元ヒロさん 「憲法くん」に魂込め20年【東京新聞・特報】

お笑いで権力斬る芸人・松元ヒロさん

 「憲法くん」に魂込め20年

2018年4月14日【東京新聞・こちら特報部】

 

政治風刺が敬遠される日本のお笑い界で、安倍政権の矛盾をこきおろし、爆笑をさらっているのがコメディアンの松元ヒロさん(65)だ。テレビには尻込みされても、ライブは全国で引っ張りだこ。日本国憲法になりきる一人芝居「憲法くん」は20年以上続ける十八番のネタだ。タブーにひるまず、「笑い」で権力に切り込む芸人が、憲法にこだわり続けるのはなぜか。 (安藤恭子)

 

お笑いで権力斬る芸人・松元ヒロさん

 「憲法くん」に魂込め20年

 

「安倍昭恵さんが私人だと言うけどならなんで籠池さんは国会に呼ばれたんですか」

七日に千葉県内で開かれたソロライブで、初っぱなから森友・加計問題に切り込む松元さんに、会場は沸きに沸いた。「籠池夫妻は正月も拘置所で過ごしたんですよ。証拠隠滅のおそれ?あの人たちは何でもパアパア言っているでしょ。何も言ってない名誉校長を入れろ」

麻生太郎財務相の物まねも交えながら次々に飛び出す政権ジョークは米の人気テレビショーさながらの痛烈さだ。時事ニュースに合わせ、新鮮な話題を矢継ぎ早に繰り広げた松元さんが、この日最後に演じたのが「憲法くん」。

「五月三日の誕生日がくれば七十一歳になります。まだまだ元気ですよ。でも二O二O年にリストラになるかもって話を聞きました」

お払い箱になりかけている「憲法」になりきり、日本中が誕生を祝ったことや国民のために権力をる役割を思い出してほしいと切々と訴える。「隠居していいよというけど、私を使ってくれたんでしょうか。七十一年間暇こいてましたよ」

スポットライトを浴びた松元さんが、「憲法の魂」と言う前文を暗唱する場面は圧巻だ。大きな拍手が起こる中で、「憲法くん」は叫ぶ。「僕は皆さんのもの、僕をお任せしましたよ」初演は憲法施行五十年を迎えた一九九七年。イベントで扱露しようと、憲法学者の水島朝穂さんらと内容を練った。松元さんは前文の力に感動していた。「公演まで一週間を切っていたけれど、酔っぱらった勢いで暗唱する、と言ってしまった」と笑う。

 改憲論議で出番増え

反響は大きく、作家の故井上ひさしさんから「ヒロさんが語る前文からは、とても深い思想を感じました」と握手を求められたこともある。他のネタは移り変わっても、「憲法くん」だけは二十年たっても公演依頼が絶えず、出ずっぱりだ。同じネタを続げるのが恥ずかしくなったこともあったが、落語家の立川志の輔さんに「落語なんか毎日同じ人が同じ場所に座っていることもあるよ」と言われて腹をくくった。「これはもう古典結語だと思って魂を込めてやろう」開き直って演じるうち、改憲論議が急浮上。皮肉なことに「憲法くん」が求められる機会は培えてきた。二O一六年には絵本も刊行され、第七刷まで増刷を重ねる。

鹿児島県出身。学生運動の盛んな時代に思春期を過ごしたが、学生時代に打ち込んだのは陸上部。全国高校駅伝で区間賞も受賞している。法政大でも陸上部に入ったが、アフロへアで走る姿をOBに注意され、「個人の自由だ」と反発して退部。喜劇王チャプリンにあこがれてパントマイムを始め、卒業後はコントの世界に飛び込んだ。八五年にオーディション番組「お笑いスター誕生!!」で優勝し、売れっ子芸人の仲間入りを果たした。

パントマイムから麻生氏物まねまで

 委縮進む社会にツッコミ

転機が訪れたのは、一九八八年だった。昭和天皇の闘病による自粛ムードで、イベントが次々とキャンセルされた。「こんなご時世ですからと言われたけれど、笑っちゃダメなんておかしい」。仕事のなくなった三つのグループが集まり、結成したのが社会風刺をテーマとするコント集団「ザ・ニュースペーパー」だった。

「さる高貴なご一家」とうたい皇室を模したコントは大受けし、故筑紫哲也さんがキャスターを務めた「ニュース23」で披露された。九八年に独立してから、ソロライブで全国を飛び回り、多くのファンを魅了してきた。

松元さんの芸を愛した故立川談志さんとの逸話も多い。失言の多い石原慎太郎元都知事を皮肉るネタを、親友の談志さんの目の前で演じもした。内心ドキドキしたが、談志さんはその場で何も言わず、しばらくして別の高座で自らそのネタを演じてみせた。「舞台のそでで見ていた僕にウインクするんです。この『間』でやるんだ、と言わんばかりに。度量が広いんです」

だが近年、そんな芸はテレビから消えてきた。松元さん自身もテレビとは一線を画しているという。「政権を批判すれば、テレビはカットする。自分が言いたいことが言えなくなる」と考えるからだ。

昨年十二月、フジテレビ系で放映された漫才番組で、お笑いコンビ「ウーマンラッシュアワー」が原発や沖縄の基地問題を取り上げ、話題を集めた。「度肝を抜かれて、ちょっと悔しかった」と感心するが、彼らは誹謗中傷やレッテル貼りにもさらされた。

「権力者に批評の目を向けた笑いは皆無。地上波テレビはオワコン(終わっているコンテンツ)」。こうツイッターで発信した脳科学者の茂木健一郎さんが、「おもしろくないから刺さらない」「茂木もオワコン」と著名な芸人たちに批判され、謝罪に追い込まれたこともある。「そんな風になるのが今のテレビ」と松元さんはみる。

昨夏には旧知の映画監督リラン・バクレー氏に誘われ、トランプ政権下の米国を訪問。その模様を収録したドキュメンタリー映画「トランプのアメリカ 希望と勇気を探す旅」(仮)も近く完成予定だ。

米国では警察官に息子を殺された黒人活動家や、排除の論理にあらがう移民の歌手たちと交流を重ね、中南米出身者に人気のフォークソングバンドのライブにも飛び入り参加した。

トランプ大統領の物まねが受け、意を強くした松元さんは、通訳を介して憲法九条の話をしてみた。静まりかえったので「伝わらなかった」とがっかりしたが、終演後、観客から「感動して拍手を忘れた」と言われ、「九条の理念は世界共通なんだ」と心を強くした。共演者の一人はフェイスブックで九条を紹介してくれた。

「託された9条バトン次代へ」

その憲法は今、風前のともしびだ。「血が流れれば痛い、という想像力に欠けている政権の下で『憲法くん』はいないことにされ、集団的自衛権も通っちゃった」とため息だ。

ニO一六年七月に亡くなった放送作家の永六輔さんとは二十年来の付き合いだった。人を介して病床の永さんから最後に「九条をよろしく」と託された。

「戦争を体験し、平和の大切さを僕に話してくれた人たちがいなくなってきている。みんなが同じ方を向くんじゃなくて、一人一人がすばらしいのが基本的人権。だから平和が大事っていうのが、日本国憲法ですから。教えてもらったことをステージから次の世代に渡すのは僕の役目。そのバトンを持ってしっかり走りますよ」とカを込めた。

 

((((デスクメモ))))
松元さんの芸に出会ったのは立川流の落語会。物腰は謙虚なのに、ずばり急所を突く話芸に腹を抱えて笑った。「テレビに出れない芸人」が売りだが、不快な用語は使わず差別とも無縁。徹底した庶民目線で権力をからかっているだけだ。それが「タブー」とはどんな世なんだか。(洋) 2018・4・14

(写真)
ソロライブで会場を沸かせる松元ヒロさん=いずれも7日、千葉県酒々井町で

警官に息子を殺された黒人活動家らの話を聞く松元さん(右から2人目) (c)Free Pacific Productions

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