5/1<貫く人たち>核への怒り ゴジラで学ぶ 原子力報道の研究者 伊藤 宏【東京新聞・特報】

フリー記者としての伊藤宏さんを存じ上げておりますので、熊取の先生方の集会では前から2列めというかぶりつきの席を私に譲って下さったり、その切はありがとうございました。
小出さんは松本にゴジラのフィギュアを持って行かれたのかどうか、是非お聞きしてみなくては!

和歌山の金原弁護士のブログで見つけた「ゴジラ」の論文
http://web2.nazca.co.jp/rituko31/itogodzillaconstitution2018.pdf

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<貫く人たち>核への怒り ゴジラで学ぶ

 原子力報道の研究者 伊藤 宏

   映画の焼け野原まさに戦災

2018年5月1日【東京新聞・こちら特報部】

四月上旬和歌山市内で「ゴジラVSシン・ゴジラ」と題して開かれた憲法講演会。「(一九四六年の)十一月三日に日本国憲法が公布された。自由と平和を愛し、文化を進める日だが、一九五四年の初代ゴジラもこの日、映画が封切られた。憲法とゴジラは、誕生日が同じなんです」

和歌山信愛女子短大(和歌山市)の教授、伊藤宏(五五)は、歴代ゴジラやラドンなど映画に出てくる怪獣のフィギュア百数十体を会場に持ち込み、にこやかに話を切り出した。「ゴジラ」シリーズは、アニメ版を除き、近作「シン・ゴジラ」までの二十九作品で観客動員数は一億人超。伊藤は愛する「ゴジラ」を通じ、「水爆実験から生まれたゴジラに込められた、反戦・反核のメッセージを受け止めてほしい」と平和憲法の理念を伝え続けている。

くしくも「ゴジラ」封切り前の五四年三月、太平洋・ビキニ環礁で米国が行った水爆実験で、第五福竜丸が被ばくする事故が起きた。国会で原子炉構築予算が初めて認められた年でもある。この話を紹介する段になると、伊藤の語りが、がぜん熱を帯びてきた。「原子力利用の大転換の年に、『水爆大怪獣』を名乗るゴジラが現れた。何百回見たか分からない。私の人生の土台にもなってきた」

六二年生まれの伊藤がゴジラの一作目を見たのは、五、六歳のころだ。どこで見たかはっきりしないが、近所の映画館のりバイバル上映だったかもしれない。うめき声を上げ、山の稜線-りょうせん-から顔を出すゴジラ。「放射能火炎」を吐いて一帯を焼き尽くす。足音に逃げ惑う人々を見て怖くなった。

伊藤の父親は戦争体験者で、労働組合の専従として原水爆禁止日本国民会議の大会に毎年出席するなど、原子力に詳しかった。帰り道、映画について尋ねる伊藤の質問に一つ一つ答え、「ゴジラは人間が生んだものだ。戦争であり水爆そのものだ」と教えてくれた。

「いやね。原子マグロだ。放射能雨だ。その上今度はゴジラときたわ」

「そろそろ疎開先でも探すとするかな」

作中、電車の中で男女がこんな会話を交わすシーンがある。当時は「死の灰」を浴びた太平洋産のマグロが敬遠され、各地で放射性物質を含んだ雨が降った。幼かった伊膝も「傘を差さないとハゲる」と、うわさを聞いたことがある。銀座の路地には、戦争で手や足を失い物乞いする白装束の男性がいた。映画の焼け野原は、戦争の空襲や原爆投下と重なって見えた。

ゴジラは、小中学生の伊藤の夢にもたびたび出てきた。追い掛けられて、大きな足で踏みつぶされそうになり、しゃがみ込んだところを汗だくになって目が覚める。ラグビー部に入った高校生の時、勇気を持って振り返り、ゴジラに一発パンチを食らわしたら、夢に出なくなった。「やっと私も大人になれた」と笑う。ゴジラ映画から受け取ったのは、核兵器への「怒り」だ。それが、人生に強い影響を与えることになった。

 

映し出す時代の憲法観

  「安全神話」疑い記者から転身

   「シン・ゴジラ」危機感の薄れにじむ

 

伊藤は八六年に共同通信に入社し、三重県で中部電力芦浜原発の計画を取材した。同年四月、チェルノブイリの事故が起き、推進派と反対派の住民がいがみ合っていた。結局、計画は頓挫したが、「地域の衰退から推進に転じた漁師もいる。原発は計画だけでも地域を壊す」と知った。

入社四年目の青森支局時代、六ケ所村の使用済み核燃料再処理工場の取材で、警備員ともみあう反対派をフェンスの内側から見た。「原発には反対だ。自分の居場所はここじゃない」と決意し、辞表を出した。

フリーの記者となったが、原発の安全神話は根強く、それに反する取材成果を発表できる媒体はなかなかない。三十五歳で大学院に入り、メディア論を学んだ。二O一四年から今の短大に務める。専門は原子力報道の検証。地元ラジオのコメンテーターもしている。

ゴジラへの愛情は、単なるファン心理とは異なり、複雑だ。「核や戦争を象徴する許せない存在ではあるが、憎さ余ってかわいさ百倍。私の人生のそばにいて、問い掛け続けてくれた」。集めたゴジラのフィギュアは三百体を超える。

迷った時は、ゴジラに立ち返る。子どものころは怖かった映画も、今見返すと新たな発見があるという。

第一作では、水中酸素の破壊でゴジラを窒息死させる架空兵器「オキシジェンデストロイヤー」が登場する。しかし、開発した博士は「為政者たちが必ず武器として使うに決まっている」と使用を拒む。最終的には使われるが、「原爆投下の正当性を主張したトルーマン米大統領へのアンチテーゼだ。科学の軍事利用への問題提起は今も色あせない」と伊藤は指摘する。

ゴジラを倒すため、映画ではたびたび核兵器の使用も提案されてきた。八四年公開の第十六作「ゴジラ」では、米ソの特使が「爆発はごく狭い地域に限られる。精密な誘導装置により正確にゴジラを葬れる」と「戦術核」の使用を日本の首相に迫る。

しかし首相は「わが国には非核三原則がある。使われてしまえば抑止力としての均衡が破れ、世界の破滅につながる」と突っぱねる。「八四年の日本はゴジラの危機にも三原則を守り抜いた」と伊藤は評価する。

「なぜ太古の生物であるゴジラはミサイルが当たっても死なないのか」。こんんな素朴な疑問に答えたのが、二OO一年公開の「ゴジラ モスラ キングギドラ大怪獣総攻撃」だ。作中で老人が「ゴジラは、強烈な残留思念の集合体。太平洋戦争で命を散らした数知れぬ魂が宿っている」のが原因だ、と解き明かす。SFらしい趣向だが、伊藤は「私たちは、戦争で死んだ市井の人々の無念を忘れてはいないか。ゴジラが現れ続ける理由はそこにある」と受け止める。

ただ、憲法とゴジラを結び付けて語るようになったきっかけは、震災後の一六年に公開された「シン・ゴジラ」という。なぜか。

庵野秀明監督が自衛隊や政治機構のリアルにこだわり制作したシン・ゴジラは、核廃棄物のエネルギーを取り込んで生まれたという設定だ。首相は、国民の私権を制限する緊急事態宣言の布告を促される。竹野内豊が演じる首相補佐官は東京の中心部に上陸したゴジラに対し、「確実に駆除するなら、核攻撃は正しい選択」と認めてしまう。

結局、核は使わず、ゴジラを凍結させることに成功するが、「水爆から生まれたゴジラの生い立ちも変わり、シン・ゴジラが象徴するのは核や戦争ではなく、津波や原発事故による巨大災害に見えた。核兵器使用へのためらいはあるが、非核三原則は、もう議論に取り上げてもらえない。元来の反戦・反核への願いが簿れた」と伊藤は危ぶむ。

短大でも憲法を教えるが、前文を読んだことがある学生はほとんどいない。「改憲、護憲を論じる前に、まずはゴジラから憲法を知ろう」と呼び掛ける。

「ゴジラには、敗戦後の日本が目指した憲法の理念が込められている。武器を持たない理想が現実と離れているから改憲というが、どこまで理想を実現しようと努力してきたのかは疑問だ。世相を反映してきた六十年余りのゴジラの変容から考えていきたい」 (安藤恭子、敬称略)

((((デスクメモ))))
伊藤氏は否定的だが、「シン・ゴジラ」も、安倍政権下で非核三原則が空疎に感じられる今のリアルな憲法観をよく表現していると感じた。憲法を学ぶなら、「この世界の片隅に」などのアニメも教材になる。サイボーグ009のテレビアニメ「太平洋の亡霊」もぜひ見てほしい。(典) 2018・5・1

(左)「ゴジラをきっかけに憲法を考えて」と話す伊藤宏=和歌山市で


(右)映画ゴジラのDVDと伊藤の論文

ゴジラコレクションを並べた講演会場で市民と触れ合う伊藤宏(右)=和歌山市で

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